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プロローグ 地球に召喚されたが、どうやら扱いが悪いらしい

 我輩わがはいはグレーターデーモンである。


 名前はあるが人間の聴覚では聞き取れない発音なので割愛かつあいする。


 魔界の火山でぐおーっと産声をあげ、由緒ゆいしょ正しきグレーターデーモンの家系で育った。赤茶色の体毛とバッファローよりも強固な角と金属よりも硬い筋肉が自慢だ。


 成人してからは魔王殿の側近の一人として活躍しているぞ。具体的な仕事内容だが、勇者と名乗る無職たちを就職させることだったり、労働者をいじめる悪徳経営者をとっちめることだったりする。


 そんな我輩だが、地球で行われた召喚しょうかんの儀式によって、とある古ぼけた長屋に呼び出された。


「ずいぶんと毛深いお方ですが、どちらさまでしょうか?」


 雲みたいにモコモコした髪の女性が、こくっと首をかしげた。


 どうやら物置の棚を掃除していたら指を切ってしまい、我輩を呼び出すための魔方陣の描かれた書物に血が垂れてしまったわけだ。


「我輩はグレーターデーモンだ」

暮田伝衛門くれたでんえもんさんですか。古風な名前ですね」

「違う。グレーターデーモンは種族名だ。わかるか?」

「失礼な。いくらわたしでも一度聞けば名前ぐらい覚えられますよ」


 どうやら頭のネジが何個か欠落してしまった女性らしい。


 こういう手合いは細かい追及をしても無駄なので、とりあえず暮田伝衛門という奇怪きっかいな名前を受け入れた。


「それで貴様の名前はなんだ?」

花江陽子はなえようこです。この長屋〈霧雨〉の管理人をやっています」

「管理人か。なるほど。しかしずいぶん幼いように見えるが年齢は――あいだっ」


 いきなりナギナタでぶん殴られた!


 いくら勇者という名の無職の攻撃を跳ね返す我輩でも、不意打ちされたら痛みぐらいある。


「花江殿、いきなり殴るなど、無礼ではないかな?」

「とんでもない。女性に年齢を聞いちゃいけないんですよ。そんなに大きな図体なのに初歩的なマナーも知らなかったんですか?」


 まったく首も手足も柳のように細いくせに口だけは一人前である。


 これだから人間は嫌なのだ。


「我輩が知りたいのは労働環境の問題だ。幼い子供が労働しては虐待になるから、花江殿の年齢を知りたかったのだ」

「……あら、労働基準監督官さんですか?」

「故郷でやっていた職業は、その名称から連想する業務内容でだいたいあっているぞ」

「暮田さん、外国の人だったんですね。どうりで身体は大きいし毛深いわけですねぇ。なんだか角も生えているし。世界は広いですよね」

「いや、いくら地球人だって角は生えないだろう」

「なら外国で流行するファッションですか。わたしお洒落が苦手なので、よくわかりません」


 たしかに彼女の衣服は若い女性にしては地味であり、化粧もしていないから健康的な女性の甘くて爽やかな体臭だけが香ってくる。だが、そういう問題ではないというか、やっぱり頭のネジが何個か失われているというか。


 もういちいち訂正するのがめんどくさくなってきたので、とにかく年齢を聞きだそうと思った。


「それで、花江殿はもう大人なのかな?」

「ちゃんと二十歳は越えています。お酒だって飲めます。子ども扱いしないでください」

「二十歳、か。魔族からすれば若すぎるのだが、人間にしてみればちょうどいいのだろうな」

「ちょうどいいって、あなたに結婚のことをとやかくいわれる筋合いはありません。本当に失礼な人ですね」

「……結婚のことなど触れていないではないか」

「いいえ触れました。親戚のおばさんたちみたいに、結婚適齢(てきれい)期はちょうどいい年齢だって」


 かみ合わない会話に疲れてきた。


 まぁいい。我輩が地球へやってきたのは他でもない。


 この花江陽子なる女性の願いごとを一つだけ叶えるため。それが儀式のお約束だ。


「さぁ花江殿。願いごとを一ついいたまえ。我輩の力量の範囲内で叶えてやろう」

「え、お仕事手伝ってくれるんですか?」

「……お仕事とはいったい?」

「ちょうど男手が足りてなかったんです。まずは物置の清掃、それから雨どいの泥を抜いて、最後はゴミ当番をお願いします。あ、それと長屋の壁もコケがたまっちゃって」

「いや、そういう雑用ではなくてだな、もっとこうかっこいい内容が……。いやまて、そもそも願いごとは一つだけといったのに――」

「え、もっと大がかりな掃除もやってくれるんですか!? 暮田さん、実はいい人だったんですね。はい、それじゃあ、これ掃除道具です。よろしくお願いしますっ!」


 こうして我輩は、花江殿のお手伝いとして、徹底して長屋〈霧雨〉を清掃することになった。

 

 なんだか締まらないのである――だが花江殿に召喚されたことそのものが、我輩の運命を揺るがす大きな事件だったとは、この日は思ってもいなかった。

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