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理由

 推理小説とはいいものだ。

 殺人なり強盗なり、何らかの事件が起こり、謎に包まれたその真実を探偵役が鮮やかに、論理的に解き明かす。その真実に神秘的な現象などが介入する余地はない。

 だから俺は推理小説が好きだ。

「京ちゃん、なんかサークルとか入るの?」

 特に好きなのは十九世紀が舞台のもの。シャーロック・ホームズ、エドガー・アラン・ポー、モーリス・ルブラン……

「京ちゃん聞いてる?」

 思うに何事においても原点に立ち返るのが重要で……

「京ちゃんってば」

「うるさいな。朝からぎゃーぎゃーぴーぴーと喚くな」

「そんなにうるさくしてないでしょ」


 俺はこの春大学に進学した。地方でも有数の国立大学で、自分でもよく頑張ったと褒めてやりたい。

 ところが何の間違いか、桜も同じ大学に進学した。桜にそれを報告されたとき、新手の冗談かあるいは悪い物でも食って脳が残念な方向へねじ曲がってしまったのかと本気で心配した。

 だが驚くことに実力で合格したらしく、俺は桜と小学校から大学に至るまで同じ進路を辿るという、典型的な幼馴染パターンに陥ることになった。

 そして俺が一人暮らしを始めても、引っ付き虫のようにくっついて一緒に登校している。何度言っても堪えないようなので、俺はもはや文句を言うことを諦めた。

「そういうお前はなんかサークル入ったのか?」

「テニスサークルかバレー部か、どっちにしようかなって迷ってる。どっちにしたらいい?」

「知らんがな」

 桜は女子にしては背が高く力が強く、スポーツが得意だ。だいたいの競技で活躍できる天性のセンスみたいなものがある。

 運動することを苦手としている俺からしたら羨ましい限りだ。



 昼休みは普段弘樹と過ごすが、今日は休んでいるらしい。入学したばかりで友達も少ない俺は、一人寂しく食堂でラーメンをすする羽目になった。

 食べ終わって食器を返却したところで桜からラインが来た。紹介したい人がいるから今から会えないか、という内容だった。



 指定された広場に行くと、既に桜が待っていた。桜の隣にいる人の顔を見て、俺は訝しんだ。

 ―なぜこの人がここに?

「あ、京ちゃん。早かったね。香織先輩、こいつが辻宮京一です。京ちゃん、この人は神崎香織さん」

 桜のセリフにあわせて神崎さんが頭を下げる。

「か、神崎香織です」

「あ、どうも。辻宮です」

 顔を上げた神崎さんともろに視線が交錯した。

 大きく丸い、ぱっちりした目。小さく整った鼻。

 綺麗な人だと思った。やっぱり最初に出てきた感想はこれだった。

 そして不思議に思った。この人が俺を紹介してほしかったのはなぜか。果たして偶然なのか。

「あの…昨日…」

 昨日俺をオカルト研究会に誘った人ですよね―。

「昨日もお願いしましたが」

 俺の言葉をさえぎって神崎さんが切り出す。

「辻宮くん、オカルト研究会に入っていただけませんか?」



「一つ聞いてもいいですか」

「何なりと」

「なぜ、俺なんですか。新入生ならごまんといる。オカルトが好きな人なら入るでしょう。俺は昨日誘われて断りました。なぜ俺に固執するんですか」

「それは、…その、入ってもらいたいから…です」

「率直に言って、嫌です。オカルトは嫌いなんです」

「それでも、でも入っていただかないと困るんです」

「なぜですか」

「それは、その……」

 神崎さんは気まずげにうつむいた。大事なことだが言うことはできないらしい。

「失礼します」

「ちょっと、京ちゃん」

 咎める桜の声を背に、俺は席を立った。

 大事な理由があるなら明かせばいい。それを隠そうとするのは、やましいことだからではないのか。仮にやましくないのだとしても、曖昧な理由で人を動かすことなどできない。自分に従ってほしいならば、相応の説明をしなければならない。何の説明もなく、ただああしてほしい、こうしてほしいというのはムシが良すぎる。

 ただ、神崎さんの目は嘘をついている者の目ではなかった。

 彼女の瞳には真摯な光が宿っていた。

 その彼女の頼みを無碍に断ったことが、ほんの少し罪悪感として胸の片隅に残った。



 一人で暮らしていると、誰に気兼ねすることなく気ままに生活できるが、その代わり身の回りのことは全て一人でこなさなければならない。わかっていたことではあるが、帰り道に食材を買い込み歩くことがこんなにしんどいとは思っていなかった。

 十キログラムの米をどうやったら一番楽に持てるか熟考した末に、俺は胸の高さで抱えることが最適だと気づいた。持ち替えて再び荷物を持ち直して顔を上げたところで、ふと誰かの視線を感じた。

 あたりを見渡しても誰もいない。背筋が凍えるような薄気味悪さを感じ、気持ちを整えるために深呼吸を繰り返す。

 再び周辺に視線を向けるが、やはり誰の姿もない。

「気のせいか」

 一人路上できょろきょろと不審な行動をとった気恥ずかしさを紛らわせようと独り言を言い、一歩踏み出したところで、彼女に気付いた。

「…神崎さん」

 さっきの視線は神崎さんか……?

「なんですか」

 声に苛立ちがこもるのを抑えられない。俺はオカルト研究会に入らないと意思を表明した。それなのにこのしつこさは何なのか。

 それに帰宅途中で待ち伏せなど、されていい気などするはずもない。

 俺の声にこもる険を感じ取ったのだろう、神崎さんは今までよりもはるかにか細い声で応じた。

「か、考え直してもらえませんか? 仮入部でもいいんです。お願いです」

「理由を言ってもらわないと、話にもなりません」

 無駄な時間だ。さっさと家に帰ろう。神崎さんの隣をすり抜け、速足で歩く。

「悪霊が」

 俺は足を止めた。なんだって?

「辻宮くん。わ、笑わないで聞いてください。辻宮くんは悪霊に魅入られているんです」

 なんと答えればいいのか。思考より先に、間抜けな音が口から漏れ出た。

「はあ?」

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