この魔王、馬鹿である。
しばらく仮眠を取っていた俺は、部屋の扉をノックする音に気付き目を覚ました。気がつくと外は暗くなっており、いつの間にか夜を迎えていた。
部屋の灯りを点け縛り付けられたまま幸せそうに眠るまおに何故か苛立ちを覚えた俺は、寝ている間に頭を一度叩いてから扉を開ける。
「竹倉様。夕食を運んで参りましたのでどうぞ」
「あ、どうも。こちらに置いてください」
丁寧に一礼して中に入った配膳係のおばさんは、テーブルに2人分の食事を置いた後縛られたまおを見てギョッとする。だが、何故か暖かい眼差しを送ったおばさんはそそくさと部屋を後にして扉を閉めた。
「あの部屋のカップル中々特殊な趣味を持ってるみたいわ」
「聞こえてんだけど?!違うからね??こいつと恋人とか童貞守って死んだ方がマシだからね?!」
「わ、我と恋人なんて……ぽっ」
「頬染めんな気色悪い!!」
いつの間にか目を覚ましたまおの頭を置いてあった本の角で殴りつつ、縄を解いた俺は楽しみにしていた異世界料理にありつく。
「なぁお主よ、本の角は流石の我でも本気で痛いからやめて?」
「おかしい。あの角度で殴れば記憶が飛ぶと昔読んだ本に書いてあったのに」
「お願いだから我を置き去りとかにしないでね?!不安なんだけど?!」
頭に巨大なコブを作ったまおは、その痛みよりもぼっちの寂しさの方が辛いらしい。だが、確かにそれはわかる。自分も学校ではぼっちだった分、この世界にきて数時間は楽しいー楽しい…楽しい?
「あーあ、しばらくぼっちになりてぇなぁ……」
「やーめーてぇぇぇぇっ記憶から我を消さないで!!一生のお願いだから!我死なないけど!」
「えーっと、近くのプリーストはっと……」
「それ死ぬというか消滅!!だめだよ?!こんな都合のいい魔王を消しちゃダメだよ??」
必死の懇願をするまおの言葉にピンとくる。確かにそうだ。大体こんなに可愛らしい姿になれる位だからこの魔王は女の子なのかもしれない。だとしたらこの姿のまま居てくれたら中身はともかく見た目はいい彼女になる。
「そうだな。所であんた、男なの女なの?」
「ん?悪魔にそんな概念はない。が、強いて言うなら男ー」
「近くに腕のいいプリーストはいませんかー?!」
「男よりは女に近いかな?!オシャレとか好きだし!!スライムとか肌に塗ってるし!」
俺に好きなだけ振り回されたまおは、それからというものの魔王という上位の存在である筈の威厳や尊厳を尽く打ち破る程の懇願(最初からない気もするが)をして最終的には死んだ目で床の木目を数え始めた。
「あはは……我って魔王……いや、もうまおでいいや……」
「ふぅ、美味かった。おいまお。お茶」
「はい、ご主人様……あはは……」
言われるがままお茶を入れだしたまおは、不気味に微笑みながらお茶を差し出し真正面に座る。それを見て流石に可哀想になった俺は救いの手を差し伸べた。
「まぁ、かなり虐めたがその姿なら可愛いのは間違いない」
「!!ご主人様のデレ期……?!ヤバい、お風呂入ってきますね!」
「ごめんやっぱ無し」
訂正。この馬鹿を褒めるのは止そう。
結局調子に乗り機嫌を取り戻したまおは、嬉しそうに鼻歌を歌いながら日誌を書いていた。
「何を書いてるんだ?」
「あ、日誌です。これから付けようと思いまして」
「ふぅん。あ、あれか。冒険の日誌みたいな感じか。どれどれー」
笑顔で返答したまおの隣に行き日誌を見る。するとそこにはー
『アスタ歴309年8月45日。今日は初めてご主人様と会った日。言葉はトゲトゲしいけどなんだかんだで優しくしてくれるご主人様と初めてのお泊まり♡このまま末長く幸せになれたらいいなぁ……なんて思っちゃったり?夜とかドキドキしちゃうっ!子供できちゃったらどうしよ……名前とか一緒に考えて、次の魔王にしちゃったり?ご主人様と初めての夜……どんな気分かな。ご主人様も私を意識してくれるとー』
無言で破り捨てた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝。
口約通り天井に縛り付けたまおのいびきで目覚めた俺は、まおを縛っているロープを切り床に叩きつけた後2度寝に入る。現実ではもう既に起きないといけない時間ではあるが、異世界の冒険者となった今時間に縛られる必要はない。
「おはようございます。朝食の配膳に来ました」
暫くして扉をノックする音で再び目を覚ました俺は、変な誤解を招かぬ様泣きじゃくるまおを布団に放り投げ、朝食を受け取った。昨晩とは違う配膳係の為、今回は変な誤解は受けずに済んだらしく、ひそひそ話は聞こえなかった。
「ご主人様、さっきもしかしてロープ切りました?」
「記憶にない。勝手に落ちたんじゃないか?」
「いやいや、めっちゃロープ切られてましたけど?!完全に犯人いましたが?!」
「朝から煩いぞ。少しは黙れ」
朝が苦手な俺は朝から騒ぐまおを睨み、朝食を食べ終えた後まおに準備をさせて部屋を後にする。
昨日の一件以降完全に従僕化したまおはまるで散歩を楽しむ犬の如くご機嫌で俺の後をついて回り、道具屋や装備屋に入った時なんかは値切り交渉をして成功させる位の活躍はしていた。
「さて、それじゃあ俺の相棒を捕まえに行くぞ!!」
「おーっ!……あれ、おかしい。我は違うのですか?!」
「あんたはペットだろ」
「酷いっ!……けど昨日より扱いがましな所にキュンとしてしまいましたっ」
最早手遅れな魔王を置いていこうかと考えながら街を出た俺は、ふと大切な事に気付いた。
「しまった。この辺りのモンスター情報を聞くのを忘れた」
「おや、ご主人様は知らないのですか」
すると珍しく自信満々に胸を張ったまおが説明を始めた。
「この辺りはスライムキングが治めるスライム自治区となってます。彼らは個々の戦闘力はないものの群生生物なのでヒットアンドアウェイが求められます」
「成る程。偶には役に立つな」
「!!ちなみにここを抜ければオーガ自治区、はるか遠くに見える山がウィングドラゴン自治区となってます!」
褒められた事に喜びを感じたのか、興奮した顔で説明を続けるまおを置いて先に進む。暫くして着いたのは昨日スライムに襲われた場所だった。
「ぜぇ……ぜぇ……ご主人様置いていくのは酷いです……」
「なんだ、来てしまったのか。惜しい」
通常営業でまおを虐めつつ周囲を見渡す。狙いは昨日のスライムだった。
「昨日俺を襲ったスライムは半端なく感触が良かった。野営用のベッドにしたい」
「あの、モンスターブリーダーですよね?!モンスターを家具にしようとしてないですよね?!」
「どうした、全自動便利人形」
「酷すぎませんっ?!」
飽きもせず縋り付くまおの顔を掴み振り回しつつ周囲を見回すと、愛嬌のある音と共に昨日のスライムが現れた。
「おし、現れたな……いけっまお!!お前の力を見せる時だ!」
スライムを指差しまお改め魔王に戦闘を命じる。異世界にきて職を身につけての初戦……スライムは腕慣らしに丁度いい!
意気揚々とスライムを見つめた俺は、隣でやる気に満ちたまおに期待しつつ戦闘開始のゴングを鳴らした。