ところでこの体どう思う?……凄く、大っきいです……
夜も更け皆が寝静まった頃。
ふと俺は目が覚め起き上がる。別に違和感があった訳ではない。トイレだ。流石に俺もトイレに行きたい時はある。しかしこの一夜城ならぬ一夜家にはトイレが無い為外に行かなければならない。何とも悲しい世界だ。
さっと野ションを済まし部屋へと戻ろうとする俺。その頭上を何かが通ったのか、月明かりに影が差した。
「おおぉ……あれ、もしかしてドラゴンじゃね?」
空を駆ける一対の羽。その持ち主は長い尾と遠目でも分かる強靭な手足。ファンタジーの重鎮にして生物の頂点に立つドラゴンがそこには居た。
まるで自らの領地を誇示するかの様に俺の上空を旋回しているドラゴンは、正に生物の王者の貫禄で咆哮し徐々に降下していた。
「やっべぇ……流石にあんなのには勝てねぇよ……っ!逃げろっ」
溢れる好奇心を抑えながらログハウスに向かい走り出す。このままこの場に居ると恐らく捕食されるだろう。ゆっくりと降臨する絶対王者に背を向け疾走した俺は、扉を開けて入る手前でちらりとドラゴンを見る。
綺麗に手入れされた白銀の鱗に透き通る様な緑色の眼。その姿は最早1つの芸術とまで言える造形に思わず息を呑む。
結局ドラゴンが地に降り立ち羽を閉じるまでの間目が離せず、扉の陰から見つめ続けた俺は我に帰るや否や急いでログハウスの中へと駆け込み、高鳴る心臓を必死に押さえつけながら横になった。
「ドラゴン?こんな所に居るわけ無いわよ」
翌朝。昨日の興奮が冷め止まぬ俺は、あの後一睡もする事が出来ずに朝を迎えた。そして皆より先に目を覚まし朝食の支度を始めたノウンにドラゴンの話をすると、呆れた反応を返してきた。
「ドラゴンはその強さ故に自ら定めた自治区以外は基本動かない様モンスター自治会で決定しているの。それを犯す様な真似をする程彼らは難しい性格はしてないわよ」
「まじか……つかモンスター自治会なんてあるんだ」
予想以上にまともなモンスター界隈に驚きつつも、昨日のドラゴンについて想いを馳せる。果たしてあれは幻だったのか。それとも、間違いなく本物だったのだろうか。
「とは言え他の自治区に行ってはいけないのは殆ど高位のドラゴンなんだけどね。下位のドラゴン……所謂レッサードラゴンやワイバーン、それと擬態化出来るドラゴニュートは自由に動いているわ」
「そうなのか……」
ドラゴン自体動けば災害クラスの存在ではあるものの、単体では然程脅威では無いレッサードラゴンやワイバーンはともかく、高位のドラゴンながら交流を重んじているドラゴニュートは自由に動いているらしい。だが、それでもその個体数は少なく、オーガ自治区で確認されているのは学生をしているドラゴニュート一体のみだとか。
「まぁ主様の話を聞く限り羽を休めにきたドラゴニュートでしょう。彼らは擬態化している方が長い分飛行能力は他のドラゴンより低いからね」
「なんだ……それなら話しかけても大丈夫だったのか」
「……ぷっ。ドラゴンにはスライム語は通じないわよ?彼らは彼らの言語しか話さないもの」
まじかよ。スライム語万能説敗れたり。つかなんで俺がスライム語話せると知っているのか。
「そりゃ主様変な話だよ。私と会話しているのもスライム語じゃないか」
「えっ……そうなの?」
「気づいてなかったのかい?益々変な主様」
クスクスと笑いながらエプロン姿でこちらを向くノウン。おいやめろ、その姿でその顔、そしてそんな無垢な笑顔とか可愛すぎて直視できないだろ。と言うかオーガもスライム語なのかよ!コバルトと契約切ったらノウンも「プキュッ!」とか言ってるのか?!こいつなんだかんだ萌え要素高いなおい!
新妻感溢れるノウンに悶えつつ頭を抱えていると、寝間着姿で目をこすりながらコバルトを引きずるキュリアが現れる。
「おはよー……ふぁぁっ……眠い……」
「朝弱いのなキュリアは。と言うかコバルトを離してあげて?」
「そういう奏は早起きなのね……朝は苦手……」
「まぁ俺は鍛え抜かれたゲーマーだからな。それよりコバルトを解放してあげて?」
大きな欠伸をしつつふらふらと歩くキュリアは、そのままコバルトに倒れ込みリビングで寝息を立て始めた。美少女の可愛い寝顔に寝息。そしてその下で愛らしい顔をしながら寝るコバルト。何とも微笑ましい雰囲気だがキュリアの右手はコバルトの体を強く握りしめており、このままでは体の一部をもぎ取りそうな勢いだった。そろそろ離してあげて?
結局リビングには鼻歌交じりに朝食を作るノウンと可愛らしい寝息を立てるキュリア、そして目が覚めて困り果てるコバルトとそれらを見つめる俺という何とも暖かな家庭がそこにはあった。
「今の感じだとコバルトが父、母がノウン、長男の俺と妹のキュリアだな」
「それだと私はコバルトの伴侶じゃないの」
『す、すまんな……我は既婚だからそれはできないぞ……』
慌てふためくコバルトに俺とノウンは笑う。ちなみにスライムキングが既婚なのは結構有名らしく、特に嫁の家庭内での強さはモンスター界随一だとか。
『それならば我が主の伴侶としての方が似合おう。齢も近いのだしな』
「ちょっ……コバルト何言ってんだい?!」
顔を赤くして手を振り否定するノウン。えっなにこれ。脈あり反応なの?
「成る程。未婚のまま30歳超えたらお願いするか」
「ちょ…主様まで……あれ?それって何年後なの?ねぇねぇ主様?」
表情一転。にこやかな笑顔のままこちらに近づいてきたノウンは、表情が固まった俺の頭を撫でながら鼻が触れ合う距離で問いかける。
「近いっ!近いからっ!!俺女の子と此処まで接近した事ないから!!!」
「そんな事は良いから、何年後か教えてもらえるか・し・ら?」
「いだだだだだだっ!割れる!!頭割れる!!」
遂に頭を掴み出したノウン。おいやめろマジでシャレにならん。俺の頭がりんご並にぐしゃっとするからこれ!
軽く意識が飛びかけた俺の頭を離し、溜め息を吐いたノウンは不機嫌なまま朝食を差し出す。
「そんなに魅力ないかしら私」
「ん?どうした?」
「なんでもないですよーだっ」
結局不機嫌なままキュリアを起こしたノウンは、4人分の朝食を机に置き合掌する。しかし何か忘れてる気がするけどまぁいいか。
「皆さん!!朝食用にこんな物用意しましたよ!!」
「あっまお。おはよう。」
「ちょっ……今忘れかけてましたよね?!けどこれを見れば2度と忘れない筈ですよ!見てください!!野生のグリズリーです!!」
「おまっ、ふざけんな!!!食えるか!!野に帰せ!!!ついでにお前も帰れ!!」
入り口を勢いよく開け入ってきたまおの背中には、どうやって懐かせたのか分からない巨大なグリズリーが乗っかっており、俺の罵声で落ち込んだのか2人でとぼとぼと森に向かい始めた。グリズリーの様子がちょっと可愛いとか思ってないからな?!
仕方なくまおの分まで朝食を作ったノウンは全員が食事を終えた後食器を川で洗い、その間に俺らは出発の準備を行う。目指すはゴーレム自治区にある第3の山。出来れば今日中にゴーレム自治区の村には辿り着きたい!
「おし、行くぞお前ら!」
「おー」
気合いのこもっていない掛け声で進み出す一同。コバルトの背に乗り川を渡りきり、とうとう俺らはゴーレム自治区へと足を踏み入れた。




