謎の美少女現る!
ノウンの強靭な肉体と落下の衝撃を抑えた鮮やかな着水によって無事溺れかけた俺はノウンに抱き抱えられるまま川原の砂利の上に転がる。
「今世紀最大のタマヒュン事案だよこれ……」
「そんな大袈裟な。……所でタマヒュンって?」
男にしか分からない感覚を言われたノウンは首を傾げて興味津々と聞く。だが男にあるたった2つの勲章だ。説明できる訳がないまま流していると静かに砂利を踏む足音が近づいてきた。
「ん、まおか?案外早くー」
「こんにちわ、愚かな雄……っ!」
「ぬわわっ、あぶなっ?!」
開口一番大剣を振り回し始めたその少女は、よく見るとコバルトに遊ばれた初日。俺に注意をしてくれた通称匿名希望さんだった。
「出会い頭に!水を大量にかけられたのは!!人生で初めてよ!!!」
「こっちも出会い頭に大剣を振るう女なんて初めてだよ!!」
腕を器用に使い自由自在に大剣を振るう匿名希望さん。それを見てふと思う。もしかしてこの剣偽物か?コスプレイヤーがよく使う張りぼてなのではないか?
しかしそんな思いは即座に消える。何故なら俺の真後ろにあった大岩が、避けた拍子にバターの如くあっさりと横一閃され勢いを殺す事なく吹き飛んで行ったからである。
ありゃマジモノだ。当たると死ぬ奴だ。
だが不幸にも俺の足は小さな小石に取られ尻餅をつかせる。そして大上段で振りかぶった匿名希望さんのチラリと見える絶対領域に思わずゴクリと生唾を飲み込む。
「死んで詫びなさい、変態さん?」
「おっおちつ……あっ」
その時だった。匿名希望さんの背後の滝壺に落ちていくコバルトの姿が見えたのは。だがそんな事を知る由もない匿名希望さんは見事に振り上げられた大剣を今正に振り下ろそうとしている。その直後、俺の視界が全てスローモーションになった。
ゆっくりと指先に力が加わり、大剣が降り降りてくる。それに合わせる様にコバルトが着水した衝撃で起きた津波が此方へと向かい始める。すぐ様声をだし警戒を促す俺。
「あ……ぶ……な……」
「ぅ……え……ぇ……ぇ……っ……?!」
全てがスローという事は俺も遅くなっている。それを忘れていた俺は背後をゆっくりと指をさし津波の方へと向かせる。それに合わせてゆっくりと匿名希望さんがゆっくりと振り返った瞬間。
「ぶべぼばべべべばぼっ?!」
時間が元の早さに戻り俺と匿名希望さんは津波に襲われた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「全く……風情の無い人かと思えばこないだの人だったなんて……くちゅんっ!!」
「全くだ……いきなり殺しに来ると思えば乙女(?)だったとは……へくしっ!!」
全身びしょ濡れになった俺と匿名希望さんは、まおが魔法で出した炎を焚べて川原で薪をしつつ、水で冷えた体をあっためていた。
ちなみにわざとでは無い事を理解した匿名希望さんは剣を収め、今ではノウンが周囲の麻で編んだ即席の服に着替えている。対する俺はパン1。ボクサーパンツで良かった。ブリーフとかだと死んでしまいそうになる。
「成る程、知り合いだったのね。しかもコバルトとも知った仲とは驚きよ」
『うむ。我が主と戯れていた時に勇敢にも剣を振るった少女だったな』
「あ、あの時の事は忘れてください!!」
この世界に来て初日の事を話し出したコバルトに対し赤面しながら匿名希望さんが話を中断させる。そう言えばあの日この子転んで大剣を丘に突き刺してたよな。
「成る程……ご主人様と最初にあったのは我では無かったのですね……」
「まぁな。最初はこの匿名希望さん。その次がコバルトだな」
「あら、あれがこの地で最初の出会いだったの?それは何とも偶然ね」
遂に出会いが最初という特権すらも失ったまおが落ち込む中、匿名希望さんは不思議そうにまおを見つめた。
「……ところで何でここに貧乏神がいるの?」
「貧乏神?!どこですか?!」
『そりゃお前だろ』
家賃が払えず前代未聞の経営破綻で魔王を止めた魔王ことまおは、全員から指をさされ頬を膨らませる。
「失礼な!我は魔王であって神では無いですしあれも少し家賃を滞納しましたが後から払うつもりでー」
「何ヶ月分だ?」
「はんと「腐れ閣下?」2年分です……」
どうやら最初こそ魔王として恐れられ並いる軍に暴虐の限りを尽くさせていた分家賃の滞納に大家は煩く言わなかったものの、経営の為に部下を切り捨てる事約1年。次第に恐れなくなった大家との上下関係が逆転したとか。
どこかの魔王みたいに働けばいいのに。心底使えない魔王だ。
「今や魔王城はそこの貧乏神が残した分の家賃代として観光名所化されてるわ。ちなみに1番人気なのは謁見の間ね。通称ぼっちの間」
「ひぐぅ?!」
「ごふぅ?!」
当然のダメージを受けたまおと想定外のダメージを受けた俺は同じ方向へと目線をずらす。だが、それを気にせず匿名希望さんは言葉を続ける。
「で、次にぼっち食堂で3位がぼっち部屋ね。通称ぼっち城は今も多数の人間が笑いに来てるわ」
「がふっ?!……モウヤメテ」
「うぐっ?!……鬱だ死のう」
ほぼ同時に膝をついた俺ら。その見事なコンビネーションに思わず拍手を送ったノウンとコバルトだが、こんなのはただの晒し上げでしか無かった。
「ま、巷では存在価値無いどころか存在を既に忘れられてるからね。あるのは無駄遣いした子に親が魔王になるよ?!って言うくらい。100%皆倹約を始めてるわね」
「魔王なんて居なかった」
「まおぉぉぉぉっ諦めんなぁァァァァっ!!」
匿名希望さんの言葉に死んだ目で笑い始めたまおは、川原に立ち流れる川に立つ泡の数を数えだした。そんなまおに同族の憐れみを感じた俺は必死に応援をかける。だが、匿名希望さんは言葉を止めなかった。
「まぁそんなぼっちなんてこの世に居ないよね。居たら見てみたいわ」
「ひとーつ。ふたーつ……」
「主様ぁぁ?!」
匿名希望さんの言葉に致命傷を受けた俺は、まおの横に並んで泡の数を数えだした。
「ところで何でこの山に来ているの?」
「にじゅうさーん……ん?ゴーレム自治区を目指してんだよ」
思い出したかの様に声をかけてきた匿名希望さんは、泡を数えていた俺に目的を聴き始めた。
「成る程、ゴーレム自治区に棲むマンドラゴラをねぇ……中々大変な事するのね」
「まぁな。けどそれだけの価値はあるんだよ」
「ふぅん?でも何で今のこの世界で?言っちゃ悪いけどめちゃくちゃ平和よ?」
「ふっ……甘いな。世界を旅するのに平和も混沌も関係無い。そこに道があるからするんだよ」
ごめんなさい嘘です。異世界に来て楽しみたいだけです。つか本来なら魔王を討伐して勇者様〜的な黄色い歓声とハーレムを築き上げたいです。
「なんか珍しい人間も居たのね……面白いわ。ね、私もしばらくついていっていい?」
「なぬぃ?!」
突然の要望に何故か最初に驚くまお。だが俺としては性格こそあれだが美少女を供に出来るのはありがたい。何しろ初めてまともな人間が仲間になるというのだ。しかもそれが戦士の麗しい美少女。わかるか?むさいおっさんじゃなくて美少女なんだよ。
「ああ、構わないぜ。改めて俺は奏。こいつがスライムキングのコバルト。そしてー」
「エンシェントオーガのノウンよ」
「で、これが雑用係のまお」
「扱いの酷さ?!」
「うん、よろしく。私はキュリア。匿名希望さんじゃなくてキュリアって呼んでね」
微笑んで握手を求めてきたキュリアの手を握り返す。剣だこはあるが女の子らしい柔らかさ。これだよこれ。最高だよ!!しかもキュリアからはフローラルな香りがふんだんに立ち込めている。あぁやっと俺のパーティに華が現れた……!
「それじゃ行きましょう?少しでも先に行かないともうすぐ夕方になるわよ。暗い山道は奏にとって危険になるわ」
「うふぉ、そ、そうだなっ!!」
ヤバい。テンション上がる。こんな美少女に名前で呼ばれてるとかヤバい。しかも俺もキュリアを名前で呼んで返事されるだろ?なんかもう同世代のぼっち共とは一線を引けてるんじゃ無いかこれ?!
そんな俺の高揚感に気づいたまおはニヤリと笑う。そして息を吸い微笑みながら声をかけてきた。
「奏、頑張りましょうね?」
「おいまお。お前は軽々しく名前で呼ぶな」
「なんでですか?!こんなの絶対おかしいですよ?!?!」
泣き喚いて纏わりついてくるまおを足蹴にしながらも俺らは第3の山を目指し止めていた足を進める事にした。




