《閉幕》
《閉幕》
『君は力を持つ。それを我々は加護と呼び、君は呪いと感じるだろう。聖邪、正悪、陰陽、所詮は人の見方。力は力。そして、力を殺すのも力。
我々は、君を対抗処置として創り上げた。君が役に立つ時が来るかどうかはわからない。来ない方が良いに決まっている。不確定な事象の為に、対抗処置を生み出すとは、我々は何とも心配性であり、浪費家であるな。
ともあれ。
君は産まれた。おめでとう。そしてこれからの人生、その力は間違いなく重荷になる。来るか、来ないか、わからないものの為に、長い旅路重い荷物を持つのは辛いだろう。
なので、重い荷物を降ろす方法を教えてあげよう。
君は強い。
その上に、更にとてつもなく強い力に守られている。
それでも尚、その強さを破り君を守ると誓う男が現われたなら、君はその男と結ばれなさい。心から愛して、尽くしなさい。何故なら負けた瞬間、君を加護する外宇宙の彼方にある核は、連結を解いて自由になる。そう設定しておいた。何、君を倒すほどの男だ。それすらも容易に滅ぼすだろう。では、幸多く。人の守護者たれ。我らが女神よ』
変わらず中庭、
芝生の上に皆で座り、龍神町と皆久を囲んでいる。
「と、いうのが。私を作成した方々の、ありがたいお言葉だ。私は当時、産まれて五分ほどでな。今一意味を理解していなかったし、最近まで忘れていたのだが、皆久と会って偶然とはいえ、私に傷を負わせて、これはもしや? と思った」
『へぇ~』と話しを聞いてメモを取るのが一割、残り九割はブルーシートに各々用意した料理を広げてガヤガヤと食事中。後で報告書読むから聞いておいて、だそうな。
「そうか! なるほど。知るか! 離れろ。僕には一切関係ない!」
「断る! 私が満足するまで絶対に離れない! ここで暮らす!」
龍神町は、皆久を後ろから抱き締めて頭の上にアゴを置いていた。離れろと何度も何度も皆久はもがき苦しんでいたが、捕食する蜘蛛のように龍神町は手足を体に絡め離れようとしない。
「ハハハ、仲が良いな。オレは嬉しいぞ。これでもうオレが夕顔の面倒見なくて良いと思うと………………せいせいする。多恵と、どっか旅行行こう」
太刀川はお茶をすすって遠くを見ていた。その先には吸血鬼には不釣合いなのどかな青空。
「夕顔、皆久が嫌がってるし、離れた、ら? ね?」
月下の笑顔を浮かべた言葉に、周囲の喧騒が一斉に止む。
彼女らは、同属として何か恐ろしいものの一端を感じとっていた。一言でいうなら、動いたら殺られる。
「ヤダ! 絶対にヤダぞ!」
倍子供っぽくなって龍神町は拒否していた。子供っぽくなったせいで殺気にも気付いていなかった。
「いっておくけどね! それアタシのだから! 何、後から来て所有者気取ってんのよ!」
「月下、僕の所有権は僕に帰属するもので」
「皆久は黙って」
黙った。
「そもそも何故、月下が皆久のことでそんな目くじらを立てるのだ? 私は意味がわからないぞ」
「え、その………………夜ちゃん助けてくれたし、あ、いや、今思うとドサクサに紛れて凄いことしたような気も」
「それはパパ許さないぞ!」
「はいはい、秀一。面白いから止めないでね~」
後ろから来たメイドの五人に太刀川は引きずられて退場した。よく見ると食事をしていた連中まで箸を止めてギャラリー化している。
「つまり、月下と皆久はどんな関係であるか?」
「ど、どんな関係って」
月下は顔が赤くなる。照れたり怒ったりよく赤くなる娘だ。
「恩人っていえば、そうだけど、そもそも夜ちゃんが先に助けたんだしノーカンよね。あれ? アタシってあんまり関係ない? あ、居候! そうよ、皆久がアタシのマンションに住んでいるんだから大家的な」
「皆久は今日から私と暮らすのだ。別に、月下のマンションに居なくてもいいぞ」
「断固拒否する。僕はまだ月下のお風呂上りすら見ていないのに」
ほかほかの湯気を上げる月下だけは、死ぬ前に一度見ておきたい。というか、この後またしばらく入院だろうが。
「それじゃ皆久、一緒にお風呂入ろう」
「………………は?」
龍神町の発言に、だーいたーん! と黄色い歓声。
「私は、皆久に見られて恥ずかしい所なんて何もない!」
「は、はしたない!」
苛立ちが頂点に達したのか、月下が龍神町を殴り倒した。まあ、効果がないのはいつも通りで、ただの八つ当たり的な。
「ふぎゃん!」
龍神町は、額を殴打され皆久から離れた。一同、唖然となる。
「痛いぞ月下」
「え、痛い?」
「そうだ。今の私には、物理的な理を肩代わりしてくれる加護がない。つまり、下手をしたら転んでも死ぬ。基の性能はそのまま残っているが、ちょっと力が強いくらいだぞ。気をつけてくれ」
「あの、それでは、今後の部隊運用はどうすれば?」
責任者っぽい眼鏡の女が手を上げる。
「私抜きで頼む」
「秀一連れて来て! 旅立つ前に捕獲! 早くッッ!」
大隊は一斉に立ち上がると狂乱に近い形で騒ぎ出す。
「ぜ、全隊、再編成! 鹵獲小隊! 遊撃班も全員呼び戻せ! 多恵さんに至急連絡! マキナちゃんを通信室に待機させて! 各自の連絡中継を!」
「人事担当! 全員分の評価データを!」
「前にやったの半年前のだから。再評価しないと」
「装備装備! この間売り払ったUAV買い戻さないと! 後、弾っ!」
「誰か倉庫行って外装服が大隊全員分あるか確認して来て! それに対弾装甲の品質期限チェック! 早く早く! 駆け足っ!」
「自分で行ったら!」
「それと、あれと! あーもー!」
「誰か陸将補の連絡先知らない?!」
「携帯のメアドしってます!」
「おお、おおおお、落ちつくであります!」
「お腹減った」
「あんた、食べながらお腹減ったって」
「ねーねー、ボクらも再編されんのかな?」
「そりゃないでしょーねぇ、不動の落ちこぼれのメイド小隊なんだし」
大変そうだった。
テラリウムの生徒と講師たちは他人事のように、のっそりと去って行く。
この混乱を狙って光樹を動かせば、制圧できるかもしれない。もう意味はないが。
「だが、皆久は私を守ってくれるのだ」
龍神町は、また後ろから絡み付いてくる。
「あのなぁ、僕は光樹の人間。お前みたいな化け物といつまでも一緒にいられるか」
「それなら大丈夫だ! 私はもう、ただの人間程度!」
「あの、皆久。それ、なんだけどね」
月下が、とても申し訳なさそうにいう。
「皆久が入院している間に、えーと光樹の四天王とかいう二人が」
「いや、その二倍は強いのいた気がする」
「その人たちから言付かったの。あの、怪我に響くと思ったから、もっと後でいおうと」
月下が可愛らしくモジモジしている。
「アタシ、ちょっと張り切って皆久に血をあげすぎちゃったでしょ」
「え、ああまあ、その件はありがとうございます」
「アタシの血って、多少変異してるけどレアエッジ・レプリカの血。つまりは元吸血鬼の血だよね」
「ん、でも感染能力はないのでは?」
別に血が欲しいとは思わないし。これとして体の傷の治りが早いわけでは、むしろ遅くなっている。傷の治りが遅く………………あれ?
「その、皆久の同僚さんね。皆久が寝ているうちに体を調べてくれて、その、龍神町の加護って言葉で正しく思い出したのだけど」
「あ」
当たり前過ぎて忘れていた。光樹の兵は、霊木光樹の加護を受けている。武運長久、無病息災、体を頑丈に、傷の治りを早くする加護だ。
「吸血鬼の血って、何よりも強い呪いらしく。色々な加護を上書きして消しちゃうんだってね。あの、それで皆久は、加護が消えていて、むしろ退治すべき血らしくて、でも今までも付き合いで見逃してやる、って可愛い少年が。それと、むっつりした女がそういう人間は、組織に置いておけないから、あの」
月下は何故か精一杯の笑顔を浮かべる。
「クビだって♪」
ビキッ、と自分の中にある何かが砕けた音がした。
「あのトドメみたいで悪いけど、美津ちゃんから電話で『兄さんを、いつか殺しに行きます』って底冷えした声でいわれた。あ、あはははは」
「ハハ、ハハハ、ハハハハハ」
壊れたラジオみたいな笑い声が自分の口から流れる。思わず両手で顔を覆い、天の師に報告した。
「師匠、すみません。皆久は皆久は、あなたの汚名を濯ぐ所か、更に泥を塗っています。これもう、どうすりゃいいんだよ」
「皆久、安心しろ! 私が二十四時間一緒だ!」
「銀衛隊入っちゃったら? アタシもそろそろ現場が恋しくなってきたし」
暇そうな小隊面々が寄ってくる。
「お、チワチワ。ここの小隊入る?」
「新人、パン買ってこーい!」
「お腹減ったから、パン買って来い」
「血脇さんなら即戦力であります」
「当たり前だけど全員メイド服だよ! 比良坂にも着せる?」
「月下………着てくれるか?」
その姿を想像したら、ちょっとだけ生きる元気が湧いた。
「うん、まあ、その程度でいいなら着るわよアタシ」
「誰か! 比良坂のメイド服、スカート極小スリット入れまくりに脇、下乳見えるよう改造してきなさい! ヘソも背中も丸出しね!」
「マジか?!」
「そんなもん着るかッ!」
「私も着るぞ?」
「お前は遠慮しておく」
「何故なのだ!」
更にガヤガヤと、人の集まりが混乱する中、比良坂夜来はうるさいのが嫌いなので集団から離れていた。
ふと、足元を見ると皆久が捨てたプレートを発見。落ちてるよー、と声をあげるが誰も気付かないので、拾って中身を空けた。
四つ折りの紙が入っていた。墨字で達筆、内容は簡潔。
『好きだ』
これでも、一応ラブレターなのだろう。自分が書く時の参考にはなりそうもないが。
幸せ半分、絶望半分の顔。自分を観測してこの世界に留めてくれている存在。
皆久と目が合う。
彼は曖昧な笑顔を浮かべる。
ケダモノにしては、優しい微笑みだった。
《終》