試練その1
バスに乗り込み空いている席に腰を下ろし、並んで座ったリョウを改めて見てみる。
デニムのストレッチパンツに白地のTシャツにサマーニットか。まぁ口さえ開かなきゃ可愛いんだろうなぁとは俺も思う。まぁ口を開かなければ・・・だが。
「昨日のカレー美味しかったでしょ?おばさんに隠し味まで教わっちゃった♪」
やっぱそこは避けて通れないか・・・しゃぁない。認めよう。
「ああ。まぁまぁだったんじゃね?親父も完食してたからなぁ」
案の定、大鍋のカレーは昨夜のうちにもう一人のカレージャンキーにより完食されていた。
「そっか、おじさんにも好評だったのね?良かったぁ。じゃ来週も作ってあげるね」
ん?来週?来週も作るのか?まぁカレーならいいかと軽く頷き、流れる景色に目を移す。
いつもは自転車で見る景色だがやっぱり視点が違うと見えてくるものも違う。
自分達が通う高校を過ぎた辺りで次の停車ボタンに手を伸ばし、小銭入れから二人分の運賃を用意する。
まもなくバスは目的地の郊外型ショッピングモール脇の停留所に停車し、自分達を含め乗客の大半を吐き出した処で去っていった。
「いやしかし今日も人多いなぁ」と俺は軽く愚痴ってみるが一向に取り合わない様子のリョウ。
慣れた足取りで人込みの中を目的のショップに向かいドンドン進んで行ってしまう。
「ちょ、ちょっと待って!置いてくなよぉ」情けない話だが俺は人込みは苦手だしこのショッピングモール内のショップ配置も把握してないのだ。
見慣れた後ろ姿を追いかけ、急ぎ足で隣に並ぶと手が伸びてきた。
「はい。アンタ迷うでしょ?手繋いでてあげるからはぐれない様にね」とおもむろに俺の手を掴み、目的地へ進んでいくリョウ。
あれこれなんて罰ゲーム?と軽くパニック状態になる俺。
ん?おてて繋いでショッピングデートですか?マジモゲロと言っていた俺自身が傍から見ればリア充じゃんかと一人脳内突っ込みを入れてみる。
そりゃ俺だって健全?な15歳の男子高校生ですからね?人並みにそういう事をしてみたいお年頃ですがね?でもねこれなんか違うのよ!見た目はバカップルだが俺はヤツの奴隷みたいなもんだぞ?
同級生に見られたら弁解地獄だなと思いながらも繋いだ手の感触に軽い優越感を覚えながら目的のショップを目指す。
「そいや服は見るだけとかって言ってたよな?じゃあ何か他に買いたいモノでもあるのか?」
「んとね~、鍋欲しいんだ鍋。あの焦げ付かないってやつ」
ああそれって某ティ○ァールさんの鍋ですね。テフロン加工がなんたらかんたらとCMで見たことがあるやつだな。ってか鍋なんてなんでわざわざ買う必要あるんだ?
俺は何故鍋?という疑問を抱きながらもまぁあえて突っ込むまいと覚悟を決め、目的の商品が置いてある雑貨屋を目指す事にした。
「鍋、鍋、鍋っと。あ、これじゃね?」と目的の商品を見つけ値札を確認。ん?5ケタだとぉ?
「そそこれこれ♪鍋二つにフライパンもついてくるんだ♪取っ手も取り外し出来るし便利なんだよ?」
生まれてこの方台所なんぞに立つ事は自分が釣ってきた魚を捌く時のみと決めていた俺には取っ手が取れようが取れまいがあんまり関係ないのだがまぁ本人が気に入ってるならいいかと思い、そうか良かったなと声をかける。
ん?何故俺を上目使いで見るんだコイツは?
小脇に鍋セットの箱を抱え、じっと俺の顔を見つめてくるリョウ。
・・・まさかとは思うが・・・
「これ、まさか買って欲しいと言うんじゃないだろうな?」
やや引きつり気味の顔で尋ねる俺。
「嫁入り道具の先行投資だと思えば安いもんでしょ?さ、レジいこ」とリョウ
解せぬ。何故俺はコイツの嫁入り道具の先行投資をしなければならないのだ?それも数千円ならまだしも1万以上するんだぞ?本気かコイツは?
追い打ちをかけるように店員も一言「丁度セールで今なら20%OFFですよ♪」だって。
「これで来週のカレー作ってあげるからね」ととどめの一発入りました。
やっぱろくな事無いなぁと思いながら財布を取り出し、諦めてレジへと進む。
今月のバイト代は入ったばかりで経済的には余裕はあったが俺の目標としている新しいリールとロッドを購入する計画は又先送りになってしまった。
店員にショップの入り口まで御見送りをされ、気恥ずかしさを感じながらその場を後にする。
「お前、今日は鍋買ってやったんだからな?これ以上の出費は無理だからな?」と前もって釘を刺しておく。実際財布の中身は半分は飛んで行ってしまっている。
「大丈夫、アンタの稼ぎ位は把握してるから」とどこの古女房だオマエは。
まぁなんにせよこれで昨日の約束をすっぽかした一件は丸く収まったなと胸を撫で下す。
「取り敢えずちょっと休憩しようぜ。喉カラッカラなんだよ」
俺は目についたフードコートにての休憩を提案してみる。
「うん。そうだね。アタシも喉乾いてたとこだったし、ジュース位ならおごってあげる」
ここはありがたく好意に甘えておこう。機嫌も良さそうだし。
「アイスコーヒーでお願いします」「ん、解った。席取っておいてね」
周囲を見渡すが流石に休日のフードコート。なかなか空席が見つからない。
「宮部君?席探しているの?」振り返るとそこにはクラスメイトの姿があった。
「あ、斉藤さんか。うん。空席探してるんだけど中々見つかんなくてさ」
「私達丁度移動するとこだから席譲るよ~」と女神様御降臨。
どこかの誰かさんにも見習って欲しい優しさだ。と思っていた処で恐れていた一言が俺を襲う。
「てか一人じゃないよね?誰と来てるの?彼女?」
おぅふ・・・やっぱそうなるよな?休日のショッピングモールのフードコートに一人で立ち入る勇気は元々持ち合わせてはいないが当然そうなると相手は誰って事になるよな?
「んな訳ないじゃん!リョウとだよ!」と半ばヤケクソになりながら相手を告げる。
「ああ嫁とか。納得」と斉藤さん。え?ちょっと待て?嫁って?
慌てて嫁じゃないと否定している俺の背後に嫁?がドリンクを持って来た。
「あ、麻美来てたんだ~。麻美も買い物?」
「うん。お母さんとね。リョウはデートかぁ。うらやましいぞコンチクショウ」
いつの間にかデートという既成事実が成立していることに軽い眩暈を覚えたが・・・まぁいい忘れよう。
譲ってもらった席に座り、この後の予定を確認する。
「この後どうする?飯には少し早いしもう少し見て回るか?」と俺
「そうね。もう一軒見たいトコあるから付き合いなさいな」とリョウ
「もう逆さに振っても鼻血も出やしねぇからな?」と一応念を押す
「大丈夫、流石にこれ以上買わせたりはしないし、次はちょっと・・・ね?」
ん?何かあるのか?コイツが語尾を濁すときは決まってロクな事はないのは身に染みている。
「んじゃソコ見たら飯食いに行こう」
そうと決まれば行動は早い。カップの半分程になっていたアイスコーヒーを一気に流し込み席を立つ俺
「ちょっと、そんなに急がなくてもお店は逃げてかないから」とこちらも半分程度に減っていたオレンジジュースを飲み干し、俺に続いて席を立つリョウ。
「そんなにアタシとお店回りたいんだ。しょうがないなぁ」
本日何度目か覚えていない小さなため息を一つこぼし、出された手を繋ぎフードコートを後にする。
明日はきっとクラスで騒ぎになるんだろうなぁと思いながら隣のリョウを見るがコイツはそんな俺の気持ちなど知ってか知らずか上機嫌のままだ。
まぁ喜んでくれてるならよしとするかと次の店へと向かったのだが・・・
神様・・・これは試練過ぎます・・・もう俺のHPは0よ・・・
リョウが向かった先は下着店だったのだ。