今日、私はストーカーに復讐する
年に一度だけ行われる一大イベント、検便。
彼は、今からその興奮を抑えられずにいた。
保健室の前には、クラス、学年ごとに振り分けられた提出用のビニール袋がセロハンテープでぶら下がっている。セキュリティの甘さに笑いが止まらない。いや違う、これは盗って下さいと言っているのだ。
せめて段ボールに穴を開けたものを用意するくらいしてくれないと、彼女の家の鍵を3秒で開閉する彼と折り合いがつかない。
彼の技術の前では、唯のビニールや人通りの多さなど障害にすらならないのだ。
『紫峰 斑樂』
どんなに人の多い所でも、貴女ならすぐに見つけられる。
彼は数多ある検便の中から彼女を一回で引き抜き、人気の少ない内に、堂々と歩いて男子トイレへと向かった。
「……はぁ、はっ、はぁ…」
手の震えが止まらない。呼吸が乱れ、不規則になり、シャツが汗で透け始める。
だが、仕方がないではないか。
今、自分の手の中にいるのだから。
彼女が。彼女だったものが。
ああ、今この容器は、どんな宝石を収める器よりも美しい。
『彼女だったもの』が入っている提出用容器を、指の腹で優しく撫でる。純白の長細い棺の先端から、控えめに彼女が透けて見えた。
君はいつもそうだ、こうやっていつも、君は僕を誘っては焦らす。君は例え女友達の前でも、その美しい素肌を誰にも見せまいと一瞬で体操着に着替えるよね。でもその時にどうしても一瞬見えてしまうくびれ、だが決して明かされる事の無い華奢な胸は神秘のベールで包まれていて、言いようのないもどかしさがまた一層僕を駆り立たせるんだ。
今の君はその君とよく似ている。
……でも、似ているけど決定的に違う。今日、この日だけは、貴女の服を僕が脱がせることが出来るのだから。
再び狼狽し始める呼吸を抑え、彼は宝石箱の先端を舌で弄ぶ。彼女が雛鳥のように可憐な声で喘ぐのが聞こえた。彼は少しずつ、少しずつ、深く深く彼女を吸い込んでいく。そしてついに、彼は片手で服を掴み、優しく甘噛みしながら自らの口でゆっくりと衣服を脱がした。
綺麗だ――…
輝く艶のある体。それを彩るように、紅色の化粧をしている。彼女に触れてみると固く、幸福にも通常の3日は多く彼女の中に居たことを感じさせる。
次のプレゼントはボラギノールにしよう。
最近ではポストが何故かまるごと無くなってしまったので、彼は彼女の下駄箱に直接入れようと決心した。
彼女をただうっとりと、うっとりと眺める。
何事にも変えがたい、至福の一時であった。
不意に、彼は彼女の艶かしい躯に何かが絡まっているのに気がつく。その途端、彼の視線が鋭く鋭く引き絞られた。
あれは……間違いない、4日前の夕飯、海藻サラダゴマだれ豆腐散らしのワカメだ。
……羨ましい。
お前は、彼女の、あの桜色の唇に触れたのか?
あの小さな口で咀嚼され、彼女の唾液に絡められ、柔らかそうな舌で撫でられて、そして食道から彼女の全てを見てきたのか? 彼女が走る度に彼女の温度を、彼女が歌う度にその腹圧を、お前はその身に感じてきたのか!?
激昂にも似た、轟轟と煮え滾る嫉妬心。
ヒュー、ヒューと息を荒立て始める彼を止められるものは、もう居ない。
………ワカメごときが、この僕を出し抜くと言うのか……ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなアァァ…… 穢してやる…してやる、穢してやる穢してやる穢してやる、彼女との思い出全て、この僕が、全部全部穢穢穢…穢穢穢穢ッ!! 穢!
鞄の中から、彼は自らの便を取り出した。
彼女とすり替える為に用意したものが、よもやこんなところで役に立つとは。
彼は彼自身の中に彼女を入れる。
緊張して固くなっている彼女に、「大丈夫だよ、僕が優しくほぐしてあげるから」と小さく囁き、箸で、彼女を優しく優しくつつき始めた。
徐々に、徐々にほぐれていく彼女。
ああ、君はどんどん素直になっていくね。可愛い…可愛いよ……僕は君が愛おしくてたまらない。
彼はゆっくりと二人を回し始める。
それはメリーゴーランドのようで、珈琲とミルクが絡み合うように妖艶に、二人が一つに交ざりあっていく。
「あっはっ、は、あはははははッ!! 」
彼はこの瞬間、ついに彼の悲願を達成したのだ。彼はむせび泣きながら、勝利の咆哮を上げた。
「見たかワカメ……僕は、僕はようやく、彼女と一つになったんだ! 」
この感動を忘れるものか。
魂に、もっと深く深く刻み込むんだ。
彼は箸でソレを掴むと、二人の愛の結晶を一気に口に含んだ。もう二度と忘れられなくなる、強烈で甘美なる味わい。口から息を吸って鼻から空気を出し、香りを十二分に楽しむ。
そして彼は、余韻に浸りながらも、恍惚と涙を浮かべながら、それを飲みこんだ。
沸き上がるのは、服従感。
次は彼女が、彼の全てを見て回るという事実。
「僕の中に、彼女がっ…ふふふふっ、ふふふ…ふはははははははッ!! 」
――バンッ
トイレの扉が開かれる。
詳しくは、破壊された。
そこには仁王立ちで佇む彼女の姿と、検便容器をしゃぶる男の写真を現像している新聞部員。
彼女――紫峰斑樂はにっこりほほ笑む。
「過大な愛をありがとうございます。しかしながら………生憎、同性愛の性癖は持ち合わせていないのです」
どういうことだ。
君は自分を男だと言いたいのか? 自分をそんなに下卑するものじゃない。確かに君の胸は貧しいが、ちゃんとAはあるじゃないか。
「……ですが」
彼女はまた、クスクスっ…と笑う。
交ざり合った二人の食べ残しを見ながら。
「私の父をそんなに愛して下さって……ありがとうございます」