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立ち読み処

マイホーム礼賛

作者: 浜月まお


 念願だったマイホームがついに完成した。

 外観はごく一般的な一戸建てで、道行く人に注目されることもない。小洒落たガラス張りのサンルームと、猫の額ならぬ猫の足裏ほどの小さな庭がついているのがちょっとした贅沢だろうか。

 外側はともかくとして、重要なのは内側だった。


 こう見えてこの家は、私がこだわりにこだわり抜いた特別仕様。IT技術の粋を集めた住宅管理ネットワークシステム(一般家庭向け)によって、室内灯のON・OFF切り替えから防災対策に至るまで、それはもう隅から隅まで有機的かつ効率的に統御運営された最新モデルハウスなのである。


 例えば、暴漢に追われて逃げ帰ってきても「家中ぜんぶ戸締り、鎧戸も降ろして!」と叫べば、家主の声紋から緊急度を認識したホストコンピュータが、外敵に対する自宅の防護レベルを一瞬で最高位まで上げてくれる。

 さらに万が一の場合には、救急センターや消防署などの然るべき場所へ適宜通報までしてくれるという、万全の仕組みが整っているのだった。


 当然ながら室内の気温湿度は常に一定に保たれ、煙草を吸えば自動で浄化されるし、朝には小鳥のさえずりBGMと共にカーテンが開いて自然な目覚めを促してもらえる。

 こうした家主のライフスタイルに応じたきめ細やかな家事支援や、娯楽提供の機能さえも完備ときては、快適指数ぶっちぎり、住み心地抜群どころの話ではない。自宅こそ安心安全な、まさに自分専用の城だ。莫大な債務を負った甲斐があるというもの。


 そして、一連の住宅管理システムの中でも最高に素晴らしいのが……


〈なにニヤニヤしてるんですか。顔に締まりがありませんよ〉


 呆れたような声音と共に、すらりとした娘が突然目の前に現れた。

 薄墨色の長い髪は背に流れ、双眸は深い真朱に輝いている。清廉さ漂う立襟の上衣は身体に沿って膝下までを覆い、スリットからゆったりしたズボンが覗く。シルエットはチャイナドレスに似ているが、ベトナムの民族衣装アオザイ──をもとにしたオリジナルの意匠だ。

 かすかな光の粒子を纏って宙に浮く彼女は、もちろん人間ではない。


 彼女の名称は【みなみ】。この家の中枢制御システムを擬人化した立体映像プログラムである。つまりこの家中に彼女の神経が行き届いているというわけだ。

 名前をつけたのはもちろん私。九州南部や大隈諸島に棲息するミナミヤモリが由来だと説明したら、途端に彼女がとてつもなく嫌そうな表情を見せたのも良い思い出である。ヤモリは家守、私の城を維持管理するシステムの愛称には打ってつけだと思ったのだが。


 普段のみなみは目に見えない待機モードだが、呼べばすぐに見目麗しい姿に結像する。まあ、呼ばなくても時々こうして出てくるのはご愛嬌といったところか。

 驚くべきことに、みなみは普通の人間のように会話ができる。しかも表情豊かで仕草もごく自然。開発者の血と汗と熱意の集大成である、最新鋭の疑似人格プログラムのおかげであるらしかった。あまりにも遜色がないので、私は半ば彼女を世話好きの同居人のように感じてしまう。

 ちなみに立体映像は家主の好みでカスタマイズ可能。外見や性格など微に入り細を穿つようにして設定していった結果、こうして現在の彼女ができあがったのだった。


「いやあ、私はこれが地顔だよ。みなみは相変わらず美人さんだねえ」


〈なに当たり前のこと言ってるんですか。それよりも洗面台、また水が少し出しっぱなしでしたよ。手動で使うのは結構ですけど、もっと気をつけてください〉


 へらりと相好を崩す主と澄まし返った従者の図、だ。


「うん、ごめんごめん。いつもみなみがフォローしてくれるから助かるよ」


〈べ、別に好きでフォローしてるわけじゃありませんからね!〉


 定型句を言い放って頬をほんのり赤らめる美少女。

 なんという様式美。性格設定『ツンデレ』の本領発揮である。古式ゆかしき伝統芸術とさえ言えるのではなかろうか。

 みなみの基礎人格については、ツンデレの他にも『アネゴ』『丁寧語』といったタグを付加したのだが、これがまた意外にも見事に調和しているのだ。うん、我ながらいい仕事をしたと思う。可愛いらしくて仕方がない。


〈……だからこっち見てニヤニヤするのやめてくださいってば! もうっ!〉


 長裾を翻して姿を消してしまった。こんなところもまた可愛い。人によっては鬱陶しいだけの人格プログラムも、私にとってはよりいっそう愛着がわく要素のひとつだった。

 明日遊びに来る予定の恋人殿は、みなみを見て驚くかもしれない。ドン引きするだろうか。いや、おそらくは「よくやるねぇ」と穏やかに苦笑するだろう。長いこと腐れ縁のような付き合いを続けている相手のことだ、反応は大体想像がつく。

 よし、ここはひとつ、みなみの素晴らしさをじっくり紹介してあげなくては。

 決意と共に愛用のデスクにつくと、勝手に近場の照明が灯った。柔らかな色合いが目に優しい。まったくもって、つくづく行き届いている。


「あーもうホント、どこへも出かけたくないなあ」


 思わず漏れた呟きとニヤニヤ笑いは、ここ数日で何度も繰り返したものだった。するとすかさず呆れたようなみなみの声が、どこからともなく囁いてくる。


〈せめて外に出たらきちんとしてくださいよね。妙齢の女性らしく!〉


 こういったお小言をたまらなく嬉しく感じてしまう私は、やはり少しばかり変わり者なのかもしれなかった。

 ああ、ニヤニヤがとまらない。私の人生はこれから始まる。


 マイホームって最高だ。





 END

暴漢に追われて逃げ帰ってきても、自宅に入れさえすれば音声認識で素早く戸締り防御してもらえる。


……という夢をときどき見ます。

追いかけられる夢は精神的不安定や健康面の憂慮を示すそうですが、こうして短編のネタにできたので気にしない(笑)


しかしまたヘンなの書いちゃったなー。サブタイトルは『うちのツンデレ娘が可愛すぎる件』とか?

アオザイを画像検索して目の保養にしたのは内緒です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本当にこんな素晴らしい家を作者様が建てたのだろうかと中盤まで思ってしまう位リアリティのある家の描写 [一言] 自分の城って大切ですよね。 お金があって建築という物のレベルがここまで上がって…
2013/06/18 20:33 退会済み
管理
[良い点] 語り手が幸せだなということが心にそのまま伝わって来るような感じがしてよかったです。 [一言] 浜月さんの作品は「わたしがついている」が最初だったこともあり唐突のホラーになるのではと最初身構…
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