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Chapter 2 - 「Un caso de Rubens Carrión」

 ルーベンス・カリオンにとって、ロロ・バルビエーリは彼が実際に会って話したことのあるひとびとの中ではもっとも『天才』という呼び名が似つかわしい少年だった。

 彼は確かに天才だった。ロロとはじめて顔を合わせたルーベンスは、彼を連れてきた同僚のビクトル・アルボスがとうとう呆けてしまったのではないかとその頭を心配せずにはいられなかったが、彼と並んで車に乗って、きつい登りの峠をまるで平坦な道のように軽々と駆けあがっていくロロの姿を目の当たりにしたときには、ビクトルが、彼のことを『サン・セバスティアンの小さなアンヘル』と呼んだ理由がわかったような気がした。

「ほんとに羽でも生えてるみたいだ」

「みたいじゃないよ、ルーベンス」

 ハンドルを持っているルーベンスが隣のビクトルに横目を向けると、ビクトルは、ジュニア用のロードバイクに乗っている小さな少年から、その目を逸らすことができないでいるようだった。

「――君には見えないのかい? 彼の背中の大きな翼が」


     *  *  *


 その将来を嘱望されながらも度重なる怪我に泣かされて、三十代を迎える前には第一線を退かなければならなくなったルーベンスは、そんな自らの経験から、なによりもまず安全に走る技術を少年たちに学ばせる指導者としてその周りからは認知されていた。実際彼はそのとおりの人間で、三十代半ばの指導者としては、いささか保守的にすぎるきらいもあった。

 そんな彼が、入団テストをパスしてチームの一員となったロロに対して、なによりもまず最優先で与えなければならないと判断したのは『集団の中で走る』という技術だった。

 ロロは確かに天才だった。アスリートとしてもロードレーサーとしても恵まれた身体を与えられているわけではない彼が、大人でもその登坂に苦労する峠を軽々と登っていけるのは、ある者にとっては惚れ惚れとするほどに、ある者にとってはその背筋が冷たくなるほどに『正確無比な身体コントロール』ができているからだった。彼は、まるで彼自身は自らの外側にいて、多くのひとびとにとっての見えざる手のように、自らの動きをどこまでも精密に、わずかな狂いすら許容しないほどに厳密に管理しているような印象すらルーベンスは感じていた。彼はその動きを最適化することで、体力の浪費を極限まで軽減し、その背中に羽の生えたような走りを実現していたのである。

 しかし、ではチームに入団したばかりの彼がすぐにレースに出て活躍ができるかと問われたら、ルーベンスだけでなく、おそらく彼を連れてきたビクトルでさえその首を縦に動かすことはできなかっただろう。ロロには間違いなく才能があったが、それはまだ掘り出されたばかりの原石のようなもので、彼は将来性のある少年ではあっても、まだ将来性のある『選手』ではなかったのである。

 彼を選手にするために、ルーベンスが最初に改善しなければならないと感じたのはロロの平坦での走りだった。彼は入団テストをパスしたが、ルーベンスが思わず見とれてしまうほどの驚異的な走りを見せたのは登りの区間だけで、平坦区間のタイムのみを見れば、彼は、不合格を与えられてもなんらおかしくはなかったのである。

 ただ、これはある意味では仕方のないことでもあった。ロロが入団テストを受けたのはロードバイクに乗りはじめてからまだ二ヶ月目の半分を過ぎたばかりのころで、ビクトルによれば、彼は、峠を登りきるための体力を温存するために、平坦なところでは、なるたけ体力を消費しないように走ることを心掛けていたのであるのだという。

「そもそも、彼の乗っていた自転車には高速で走ることのできるギアがついていなかったんだよ。それにふつうの自転車でスピードを出していると、たまに『危ない』って注意をするひともいるからね、ロードバイクではなにも言われないようなスピードなのに」

 そのためビクトルは、彼がチームに入ることを決めて、自分やルーベンスの前で入団テストを受けるまでのひと月の間、彼に、平坦を速いペースで走るための練習を行わせていたのだという。

「結果は君も見たとおりだよ、ルーベンス。彼は与えられたメニューをサボらずにこなして、見事にテストをパスしてみせた。彼のフラット区間での走りは、君が特別なメニューを与えなくてもすぐに上達するはずだよ。――なんなら賭けてみるかい? ひと口百ペセタからでもオーケイだよ?」


 ビクトルの宣言していたとおり、ロロの平坦での走りは徐々に改善されていった。そして彼がチームの練習に参加して二週間がたつころになると、彼の平坦区間でのタイムは同世代の少年たちの平均まであと一歩のところにまで到達していて、ルーベンスは、ビクトルの誘いに乗らなくて本当によかったと、現役時代には若い女の子たちからの、最近ではチームに所属している少年たちの母親からの視線を集めることの多いその顔にはいっさいそんな感情は表さずに、その胸の中だけで器用に安堵してみせた。――けれども安堵したルーベンスには、そして同世代の少年たちが作る集団のもっとも後ろについて走っているロロには、もうひとつクリアしなければならない大きな問題が存在していた。

 ロロは確かに天才だった――しかしそれゆえにというべきなのか、彼はその背中の翼とともに、神様から、『他人と一緒に走ることにまったく適性がない』という、ロードレーサーとしては致命的とも言える欠陥をも与えられていたのである。

 サイクルロードレースは、単独で走るよりも集団の中で走ることのほうが圧倒的に多い競技である。状況にもよるが、自分の腕からほんの数センチのところに隣を走る人間の腕があったり、自分の自転車の前輪から、ほんの数センチ先のところに目の前を走る自転車の後輪があったりもするのである。集団の中で走るという状況は、個人のタイムトライアル以外では必ず発生すると言っても過言ではない。『集団の中で走れない』という事実はそのまま『ロードレースで走れない』ということを意味するのであって、集団の中でうまく走れないどころか、長所であるはずの精密機械のようなペダリングを乱してしまい、そのペースを上げたわけでもない同世代の少年たちについていくのがやっとという状態では、レースで活躍するどころか、そのレースのスタートラインに並ぶことさえ許されないのである。

「それは無理もないことだよ、ルーベンス」

 ロロの状態をルーベンスから伝えられたビクトルは、いつになくおだやかな調子で、ルーベンスの肩を軽くぽんぽんと叩きながら言った。

「彼はずっとひとりで走ってきたんだ。――君だってソニアと同棲をはじめたときには、まごついたことのひとつやふたつくらいあったんじゃないのかい?」


     *  *  *


 ロロがチームの練習に参加するようになって二ヵ月が過ぎると、ルーベンスは、同僚にちょっと飲みにでも行かないかと誘われることや、妻のソニアにちゃんと眠れているのかとか、自分に話して楽になることがあるのなら、なんでも話してくれてかまわないなどと気を遣われることが多くなっていた。――しかしルーベンスを悩ませる原因を連れてきた当の本人は、「彼ならだいじょうぶだよ、なんなら賭けるかい?」という台詞をルーベンスに言い残して、チームでは最年長に当たるハイティーンの少年たちのレースに同行するという名目で、つい先日、ピレネーの向こうへと高飛びをしたばかりだった。

「これなら二万ペセタは賭けとくべきだったな。――〝丸投げ〟の報酬が煙草ひと箱じゃただ働きも同然だ」

 公道を使った練習の合間の休憩中に、ルーベンスは、十一、二歳の少年たちが形成する会話の輪からひとり離れて、黙々とゼリー状の補給食を口にしているロロを、自分をこの一ヵ月間悩ませつづけている原因を一瞥してから言った。その声を聞く者は彼がその運転席に腰かけて煙草を吸っている車の中にも外にもいなかったが、仮に聞いていた者があったとしても、きっと聞こえなかったふりでもしたのではないかとルーベンスは想像した。


 ひと月半という時間を費やしても、ロロの状態は一向に改善していなかった。――いや改善していなかったどころか、ロロの状態は一段と悪化してしまっていた。

 ルーベンスもある程度の困難は予想していた。ロロの欠陥はおそらく彼の性格に起因しているもので、これを改善させるには、ロロに、そして彼の周りのひとびとに、相当な忍耐と労力を要求することになるだろうとはルーベンスも考えていた。けれどもロロの欠陥は想像以上にかたくなで、ロロから離れようとする様子は微塵も見せず、それどころか、自分を切り離そうとするロロへの報復とでも言わんばかりに事態を悪化させ、ルーベンスには、彼が助力を与えようとしているのは、ロロ本人ではなく、ロロの欠陥のほうであるという感覚さえ与えるようになっていた。

 ロロはまともに走れなくなっていた。彼は悪い意味で単独でも集団の中でも同じように走れるようになっていて、ビクトルやルーベンスを魅了した登りの区間でも、自分と同世代の少年たちに置いていかれないだけでも上出来というありさまになってしまっていた。

 ルーベンスは、あの彼は本当に、自分やビクトルに、その未来にやがて訪れるであろう輝かしい光景を、その走りだけで垣間見せた少年なのだろうかと考えた。いま自分の目が捉えているあの身体の小さな少年は、実はロロの双子の兄弟かなにかであって、本物のロロは、その純白の翼を誰にはばかることなく目いっぱいに広げてみせて、おそらくはハイスキベルあたりを、涼しい顔で登っているのではないだろうか。そして彼は、その走りを褒められると、ビクトルいわく、凋落した名門貴族の娘のような雰囲気を持つ母親から受け継いだと見えるその顔に、困ったような笑みを浮かべてみせるのではないだろうか。

「――冗談が過ぎるな、ルーベンス」

 ため息をつくように紫煙を吐きだしてからルーベンスは言った。馬鹿なことを考えるのはよせ。頭の中のことはみんな想像で、その両目で捉えていることが現実だ。そんなことは、もう膝の疼痛に教えられなくてもわかりきっていることじゃないか。

 強く煙草を吸って、ルーベンスは、頭の中を埋めていた妄想もろとも肺にたまった煙を吐きだした。そうしてクリアになった気がする頭の中に、彼は、この数週間、ときにはコーチングスタッフのミーティングに、ときにはソニアとの会話の中に、そしてたびたび自らの思考の海に現れてはいつも時間だけを奪っていって、こちらには徒労しか残していかないひとつの問いを無駄だと知りながらも改めて浮かべた。

 ――自分たちはなにを誤ったのか?

 何度となく協議を重ねたルーベンスたちチームスタッフは、ロロに対して、まずは知識として『集団の中で走る』ということを学ばせた。もともと走りのきれいな彼であるのだから、集団の中ではどう振るまい、どういう行動をとることが求められるのか、そして集団内での位置取りや、集団からの抜けだし方などを彼の引き出しに与えて、そのあとは、ふたり、三人と、徐々に一緒に走る人間の数を増やしていけば、時間はかかるとはいえ、この問題は解決できるのではないかというのがルーベンスたちの結論だった。

 このやり方はうまくいっていた。少なくとも最初の二週間はそうだった。ロロはルーベンスたちの想定以上に呑み込みが早く、その過程で彼と並走したルーベンスは、改めて、彼のまったく狂いのない身のこなしに感心し、それと同時に、道化師の仮面の双眸をのぞきこんでいるような感覚にもとらわれた。

 すべてはこのままうまくいくのではないかと思われていた。ルーベンスは顔にこそ出さなかったが心の片隅ではそう感じていたし、それは楽観的な雰囲気にその身をゆだねつつあったチームスタッフも同様であったはずである。ロロの訓練は万事うまくいっていて、ルーベンスやチームスタッフたちとなら、五人以上の集団で走ることにも慣れてきていたはずだった。彼の状態を見て、これなら次のステップに、彼と同世代の少年たちとの本番を想定した練習に参加をさせても、おそらく戸惑うのは最初だけで、そのあとは、うまく転がってくれるのではないかという楽観的な意見に、あえて反旗を翻そうとする人間はひとりもいなかった。――誤りがあるとすればこの判断であったのであろうというのがスタッフたちの結論で、ルーベンスの結論もいつもそうだった。

 ここからすべてが暗転した。

 すべてが地獄へとつながる螺旋階段を降りていくようだった。

 最初はなにもかもが順調にいっているようにルーベンスには見えた。あるいは願望が見えない色眼鏡を彼にかけさせていたのかもしれないが、同世代の少年たちが作る集団の中で走っているロロは、ルーベンスには、自分の隣を走っていたときとなんら変わりがないように見えていた。――けれども彼の尋常ではない発汗に気付いて、そして彼が、集団にとどまるどころか、同い年の少年たちについていくことさえかなわなくなってしまうという光景をその両目ですべて捉えていたルーベンスは、半年にわたるリハビリを終え、体調も万全で迎えた復帰戦のゴール前で、ふたたび悲鳴を上げた自らの膝の痛みを思いだしていた。そしてルーベンスは、そのとき泣きだした自らの膝を見下ろして、嘆願するようにつぶやいたものとまったく同じ言葉が自分の口からもれたということに、自宅に帰って、ソニアとふたりの愛娘に出迎えられて、食卓について、食前の祈りをはじめるそのときまで気付かなかった。

「どうしたの?」

 食の進んでいないことを気にしたソニアに声をかけられて、ルーベンスは、ソニアになんでもないよと返してから食事に集中した。彼はその言葉をはっきりと憶えていた。それはこんな言葉で、彼は、またこの言葉をつぶやくことになるとは、まったく想像すらしていなかった。

――冗談だろ? なあ、冗談だと言ってくれよ、神様。


 休憩が終わって、スタッフに練習の再開を告げられた少年たちは、隊列を作って、次の目的地である峠の頂上を目指しはじめた。隊列のいちばん後ろにはロロがいて、少し遅れてもいたが、彼らがそれを気にしている様子はなかった。――ロロを最初に見限ったのは彼らだったが、それは仕方のないことだとルーベンスは理解していた。彼らはロロのために走っているのではなく、彼らそれぞれの夢をその未来で現実にするためにこのチームで走っているのである。そういう意味では彼らはすでにレーサーで、そして彼らは、ロロをレーサーとは、同じチームの仲間とは認めていなかったのである。それはある意味ではひどく正しい選択だった。ルーベンスには、彼らを責めることはできなかった。彼らはレーサーとして当たり前の判断をしただけで、ただついていけなくなった者を置いていく決断をしただけなのである。それができなければレースでは勝てないし、誰もが座りたがる椅子を自らのものにすることだってできないのである。

 ルーベンスは、フロントガラス越しにロロの背中に目を向けた。その小さな背中には、傷ついて、力なく垂れ下がっている翼があるような気がした。そしてルーベンスは、その背中から、目を逸らしたくてたまらなくなっている自分に気づいて、唇を強く噛んだ。


     *  *  *


 ルーベンスたちの頭上に太陽が昇ってきたのは、しつこくとどまりつづけていた夏がようやくその重い腰を上げて、短い秋にいささか投げやりぎみにバトンを渡してから一週間が過ぎようとしていたころのことだった。

 太陽の名はアルベルト・イグレシアスといった。彼はロロと同い年の少年で、ロロと同じように同世代の少年たちよりも小さな身体を持っていて、――そしてロロとは違って、周囲のことなどまったく気にすることもなく、わが道をどこまでも突き進まんとする豪胆な意志の持ち主でもあった。


 ルーベンスがはじめてアルベルト・イグレシアスという少年の存在を知ったのは、郵送されてきた入団申請書の中に、いやに存在感のある彼のバストアップ写真を見つけたときのことだった。ルーベンスは、この勝ち気そうでもあり、生意気そうでもあり、夏の太陽のように有りあまるエネルギーをところかまわず放射していそうな少年は、ロードバイクを駆っているよりも、芝生の上でボールを蹴っている姿のほうが容易に想像できるような気がして、そのプロフィールの中に地元のフットボールクラブに所属している旨を知らせる一文を見つけたときには、思わずその口から「やっぱりな」という言葉がもれてしまうほどだった。

「なにが『やっぱり』なんだい?」

 ルーベンスに声をかけたのはビクトルだった。二週間ほど前にピレネーの向こう側から帰ってきた彼は、ロロの状態を聞くと「まあ、そういうこともあるさ」とその場では軽く流していたが、彼の愛するラ・レアルが勝った翌日であってもいつものように天井知らずの上機嫌になったりしていなかったところを見ると、やはり、なにか思うところはあったのだろうとルーベンスは感じていた。

「いや、ちょっと予想が当たっただけだよ」

 その胸のうちのことはいっさい表さずにルーベンスは言って、アルベルトのプロフィールをビクトルに渡した。渡されたプロフィールに目を落としたビクトルは、「いやはや、これはまたずいぶんと……」という感想をもらしたかと思うと、プロフィールを見つめたまま眉根を寄せて、その口元には手をそえた。

「なにか気になることでも?」

 ルーベンスが声をかけても、ビクトルの視線はプロフィールから動かなかった。

「ルーベンス、これは本当なのかい?」

 今度はルーベンスにその眉根を寄せる出番が回ってきた。どういう意味かと訊ねると、ビクトルは「口で説明するより見てもらったほうが早いだろう」と応えて、ルーベンスを自らの席へと連れていった。そこでルーベンスが見せられたのは、ひと月前の日付が入っている地元紙の小さな記事だった。その記事の中には『アルベルト・イグレシアス』という名前があって、その記事の見出しには、『ドノスティアの小さなプリンス、ラ・レアルだけでなく、ビルバオからもプロポーズ?』と書かれていた。

「『アルベルト・イグレシアス――。彼をなにかにたとえようと考えて、まっさきに思い浮かぶのは太陽だ』」

 ビクトルの声が言いだしたのは、記事の中のアルベルトを紹介している一文だった。

「『彼の試合はいつも彼を中心に回っている。少年たちのフットボールだから? 確かにそうとも言える。彼は少年たちの中では圧倒的で、まるでマラドーナのように相手チームの選手や監督さえときには観客へと変えてしまう。少年たちのフットボールだから?――この質問に対する答えはイエスでありそしてノーだ。彼は少年であるがゆえに圧倒的なのではない、彼はすでにフットボーラーとして圧倒的なのだ』」

 一拍置いてから、ビクトルはルーベンスの持っている新聞に目を向けたままつづける。

「私は彼の試合を見たことがあるんだ。――彼はまさに太陽だったよ」

 ビクトルはアルベルトのプロフィールに目を落とした。それから静かな声で言った。

「間違いないよ、ルーベンス。このプロフィールの少年は、間違いなく、ラ・レアルが本気で獲得しようとしている、――この街の王子様なんだ」


 アルベルトの入団テストは予定よりも一週間遅れて行われた。その間に彼のところにはビクトルをはじめとするさまざまな大人たちが訪れていたようで、その結果なのかどうなのかはルーベンスには判別がつかなかったが、彼は『入団テストの合否にかかわらずラ・レアルの下部組織に入り、十七歳になるまでは必ずフットボールをつづける』という条件にビクトルいわくいやいやながら同意して、自転車競技を行ってもいいという許可を、彼のフットボール好きな父親をはじめとする大人たちから、ようやく獲得することができたでのあるのだという。

「うちへの入団申請は叔父さんに協力してもらって出したと言っていたよ。その叔父さんというのは彼の父親の弟で、彼にロードバイクを誕生日のプレゼントとして買い与えたのもその叔父さんだったんだ。彼はマドリーへ出張に行っていて正解だったね。もしこっちに残っていたら、彼は恨まれるだけじゃすまなかったんじゃないかな?」

 いくぶん疲れた表情のビクトルが言うように、アルベルトの叔父は恨まれるだけではすまなかった。――マドリーから帰ってきた彼を待っていたのは、おもにフットボールを愛してやまない彼の血縁者からの遠慮というものを知らない叱責だった。アルベルトの入団テストに同席した彼は、「いやまったく、掛け値なしに殺されるかと思ったね」と笑って言っていたが、その口の端に残っている傷跡を見ると、ルーベンスには、あながち冗談ではないのかもしれないと思えてならなかった。

「まあ、とにかく今日はよろしく頼むよ」

 色白で理知的な顔立ちが印象的な彼はそう言うと、少し離れたところで、赤いサイクリングジャージをその小さな身体に着けて、しっかりとストレッチを行っているアルベルトのもとへと歩いていって、それからなにか声をかけたようだった。

「あれは私に対する『牽制』かもしれないな」

 ルーベンスの隣でそう言ったのはビクトルだった。アルベルトの入団テストに立ち会ったのはロロのときと同じルーベンスとビクトルのふたり組で、ルーベンスは持ち回りの順番がちょうど回ってきたからだったが、ビクトルのほうは、休日とのトレードを自ら申し出て立会人の権利を獲得していた。ルーベンスは、そんなビクトルに対して、疑いの目を向けないわけにはいかなかった。

「わかっているよ、ルーベンス。私は時計には触らない。書類への記入も君に任せるよ。今日私がここへ来たのは、彼の走りを見たかったからというただそれだけの理由なんだ、純粋にね」

 ビクトルの声は冗談とまじめさをちょうど半分ずつ含んでいるといったあんばいで、ビクトルがこういう口調で話しているときはたいてい本音を語っているのだということはルーベンスもその経験から知っていた。しかしフットボールのことになるとひとが変わってしまうというのもビクトルという人間を形成している一面ではあるので、ルーベンスはいぶかる視線をゆるめるわけにもいかなかった。

「彼はレーサーとしてはどうなんだい?」

 ルーベンスはまだアルベルトが走っているところを見たことはなかった。叔父となにかを話している彼はしなやかな身体を持っているようであるし、フットボールをやっていたのであるからそれなりには走れるのだろうとルーベンスは予測していたのであるけれど、しかし自らの問いに対する応答が「実はまだ、私も彼が走っているところをこの目で見たことはないんだよ」というものであるとは、さすがに予想もしていないことであった。

「だから、ひそかに期待していたりもするんだよ。彼がこのテストに落ちて、フットボールに集中するようなことになってくれないかなってね」

 ビクトルの声には相変わらず冗談とまじめさが半分ずつ含まれていたので、ルーベンスは軽く息をつくのを止められなかった。

「彼の目標は『未来のグランツールチャンピオン』らしいからね。――審査はちょっと厳しいくらいでちょうどいいと私は思うんだが、どうかな、ルーベンス?」

 今度は深いため息をついたルーベンスは、ビクトルの隣から離れて、アルベルトとその叔父のもとへと歩いていった。そしてふたりにそろそろテストをはじめる旨と、合格ラインのタイムを告げて、後ろでなにかを言っているらしいビクトルには目をくれることもなく、よどみない足取りでルーベンスは車へと向かっていった。


 結果だけを見れば、アルベルトのタイムは平均よりもやや上といったところだった。

 もちろんテストとしてはそれでも合格であるし、彼の叔父は安堵の表情を、ビクトルはなにかをあきらめたような表情をそれぞれの顔に浮かべていたりもしたのであるけれど、しかし、そのタイムはやはり『未来のグランツールチャンピオン』という言葉の前では陳腐な記録でしかなく、仮にこの記録と彼の目標のみを誰かから伝え聞いていただけだったとしたら、ルーベンスは、自分は彼にフットボールを勧める大人たちの仲間入りをしていたのであろうと、確信を持って言うことができるように思えた。

 ルーベンスが彼らの仲間入りをしなかったのは、ひとえにアルベルトの走りを実際にその目で見ていたからである。彼の走りに対してルーベンスが抱いた印象は、おそらく、ビクトルがその胸に抱いたものとまったく同じであったのではないだろうか。ビクトルは、フロントガラス越しにロードバイクを駆るアルベルトの後ろ姿に目をとめたまま、「まるであの子をひっくり返したみたいだ」とつぶやいていた。ルーベンスの口からこぼれそうになっていたのも同じ言葉だった。

 アルベルトは、彼とは――ロロとはまったく正反対の才能に恵まれた少年だった。平坦区間での彼は同世代の誰よりも速く、登りの区間での彼は同世代の平均よりもずっと遅かった。このふたつの区間を合計したタイムはロロのものとほとんど変わらず、これに気付いたルーベンスは、なんだかおかしくなって笑ってしまった。

「なに笑ってんだよ?」

 声変わりを終えていない声にルーベンスが視線を移すと、そこでは不満顔のアルベルトが彼を見上げていた。つい先ほどまで彼はゴール地点にある公園の芝生の上で大の字になっていたのであるけれど、その顔からはすでに疲れの色は去りゆこうとしていて、その事実に末恐ろしいものを感じたルーベンスの「なんでもない、ただの思いだし笑いだよ」と応える声は、いくぶん固いものになってしまっていた。

 ルーベンスにいぶかる表情を向けていたアルベルトは、「まあいいや」と言ってその表情を変えた。そしてルーベンスに訊ねてきた。

「なあ、このチームに、俺と同じくらいの身長でやたら登りが速いやつっているだろ?」

 そう言われてルーベンスの頭をよぎったのはロロの姿だったが、まさかと思い、ルーベンスは「それだけではわからない」と応えるにとどめた。

「いやほら、あいつだよ、あいつ。ちょっと女子みたいな顔でさ、それにおとなしそうでもあって、なんつぅーのかなあ? こう、光を当てないと、どこにいるのかわからなくなりそうっていうか、とにかくそんな感じのやつだよ」

「――その子とはどこで会ったんだい?」

 訊ねたのはビクトルだった。彼はルーベンスにちらりと目を向けた。彼のその行動で、ルーベンスは、ビクトルの言う『その子』が誰であるのかをはっきりとさとった。

「会ったっていうか見かけただけだよ。――向こうのほうにある峠の途中で」

 アルベルトがその右手人差し指を向けたのは、ビクトルがロロを見つけたと言っていた峠のある方角だった。ごくりと、ルーベンスは自分の息をのむ音を聞いた。ルーベンスはまだ確信を持てなかったが、ビクトルはルーベンスとは違ったようで、「それはきっとロロだね、君と同い年の子だよ」とアルベルトに告げていた。

「やっぱそうなのか!」

 アルベルトの声にはうれしさが多分に含まれていて、ルーベンスは、なぜかそのことに言いようのない不安を感じた。

「なあ、そのロロってやつもテストでこのコースを走ったんだよな? 俺とそいつはどっちが速かったんだ?」

「ほとんど同じくらいだったんじゃないかな?」

 ビクトルに目を向けられて、ルーベンスはそれにうなずきを返した。

「彼はフラット区間があまり得意ではなくてね、君とは逆に、フラットでの遅れを登りで挽回したんだ」

「でも登りのほうが距離短いよな? くっそー、それでほとんど同タイムじゃ負けも同然じゃんかよ」

 頭を抱えて悔しがるアルベルトから目を離して、ルーベンスは、おそらく同じことを考えているのであろうビクトルと顔を見合わせた。わずかにためらいはしたものの、ルーベンスがうなずいてみせると、ビクトルは軽く息を整えてから、アルベルトにひとつの質問をした。――それはルーベンスにとっても、どうしても訊ねてみたい質問だった。

「どうして、君はロロのことをそんなに気にするんだい?」

 問われたアルベルトは、その顔に悔しさを残したまま、まるで『夜のあとにはなにが来るか?』と訊ねられて、その当たり前すぎる質問に、やや面倒くさそうに『朝』と答えるような調子でビクトルの質問に答えた。その答えはルーベンスの想像していたとおりのものだったが、それにもかかわらず、ルーベンスは、アルベルトの発した言葉をすぐに信じることはできなかった。

「どうしてって、――そりゃあ俺が本気で自転車をやろうって思ったのは、そのロロってやつの走りを見て、こいつに勝ちたいって思ったからだよ」


 アルベルトがはじめてロロを見かけたのはひと月ほど前のことだった。

 周囲の期待やらなにやらでフットボールに嫌気が差していたアルベルトは、あるときからフットボールの練習をサボるようになり、その時間は家にいるわけにもいかず、友達のところへ行くわけにもいかないので、叔父から買ってもらっていたロードバイクに乗って、誰にも見つからないところへ行くことが多くなっていた。

「最初は『カッチョいい自転車』くらいにしか思ってなかったんだけど、乗ってたらだんだん楽しくなってきてさ、それでいろいろなところに行くことが多くなったんだ」

 その日もフットボールの練習をサボったアルベルトは、いつもより時間もあったので、いつかその登坂に挑戦しようと考えていた峠へと向かうことにした。

「そこが『プロのレースでも使われる』ってことは叔父さんから聞いて知ってたからさ、じゃあどんなもんなんだよって思って試してみたんだ」

 峠の登りはじめは傾斜のゆるい区間がつづいているので、アルベルトは、このときはけっこう簡単に登れるんじゃないかと考えていたという。しかし徐々に傾斜はきびしくなってきて、もっとも軽いギアに変えても蛇行しなければ登れなくなりはじめていたアルベルトを待ちかまえていたのは、三キロ以上にもわたって十パーセント以上の勾配が延々とつづく、『審判の坂』とも呼ばれるこの峠最大の難所だった。

「『プロってすげえな』って心底思ったのはそのときがはじめてだったんじゃねぇかな。二百キロ以上のレースの中でこの峠を登っていくなんて、正直ちょっと冗談みたいな話に思えたよ」

 とうとうペダルを回すこともかなわなくなったアルベルトは、しかし登りきれずに座り込んでしまっているところを誰かに見られたくはなかったので、ロードバイクともども、道路わきの樹木の裏に隠れて、体力が回復するのを待つことにした。

「そこにあいつがやってきたんだ。――驚いたなんてもんじゃなかったね、俺とそう変わらない歳で、もしかしたら俺よりヒョロいんじゃないかって感じのやつが、俺がぜんぜん歯が立たなかった坂を軽々と登っていきやがるんだ。とにかく『すげえ』って思ったし、それにそう思っちまった自分になんか無性に腹が立っちまってさ、『あいつにだけは絶対負けたくねえ』って思ったんだよ、そのときにさ」

 その後四度目の挑戦でなんとか登りきることだけはできるようになったアルベルトは、しかしこれではロロには勝てないと考えていたときに、そのロロが、なにやら同じサイクリングジャージを着ている連中と一緒に走っているところを偶然にも見かけて、アルベルトは『これだ!』と思ったのだという。

「そのあとはあんたらも知ってのとおりさ。ほんとはスパッとフットボールはやめるつもりだったんだけど、とりあえずつづけるってことにしとかないと話も進まないみたいだったから、いちおうってことでラ・レアルに入ることにしたんだ。つっても、あれで余計にフットボールをつづける気はなくなったね。あんな連中と向こう何十年も付き合うって考えただけで、正直げえってきちまうぜ」

 アルベルトの話はこのあとも少しつづいた。それから今後のことを話して、アルベルトを彼の家へと送り届け、彼の叔父とも別れたルーベンスは、黄昏の中を走る車の中で、隣に座っているビクトルがこんなことを言うのを聞いた。

「私の知り合いに彼を『ヘリオス』と呼んでいた人間がいたのを思いだしたよ。まさにそうだ、彼はわれわれにとっての、そしておそらくはあの子にとっての太陽なんだ」

 そうは思わないかい、ルーベンスとビクトルはつづけた。

「彼は、みんなの前でなければロロがまだその翼を広げて走れるということをはからずも証言してくれた。あの子はまだ飛べるんだよ、ルーベンス。あの子の翼は冷たい視線で冷えてかじかんでしまっているだけなんだ。彼がいれば、ロロは、あの子はきっと、われわれの前でも、またその翼を広げて走ることができるようになるはずだ。なあ、そうは思わないかい、ルーベンス?」

 ルーベンスは「そうであることを願うよ」とだけ応えた。ルーベンスもそうであることを、アルベルトがロロの太陽になってくれることを願っていた。けれども同時にルーベンスは、それが十全に正しいことだとは言いきれないと叫ぶ自分の中の小さな声を、どうしても、無視することができないでいた。なぜなのかはわからない。ただなにかが、ルーベンスの中のなにかが、警鐘を鳴らしているということだけは確かだった。


     *  *  *


 それからはいろいろなことがよい方向へと向かっていった。すべてが瞬く間に改善したわけではないし、小さな不幸やつまずきもなかったわけではないが、それでもルーベンスにとっては、――そしておそらくはビクトルにとっても、アルベルトという太陽がチームに加入して、練習がないときでも困惑するロロを追いかけまわすようになってからの五年間は、その生涯の中でも、もっとも騒がしくて、もっともハラハラして、そしてもっとも喜びに満ちた時間だった。この時間がもっとつづけばいいとルーベンスは思っていた。時がその歩みをゆるめてくれたらと、ルーベンスはそう願わずにはいられなかった。予感があったとは言い切れない。けれどもルーベンスは、自分たちは必死にその周囲を明かりで照らしつづけることで、なにかからその目を逸らそうとしているのではないかと、どうしても、そう思えてならない瞬間があった。それはたとえば娘たちの幸せそうな寝顔を見ているときや、庭の芝生にソニアと並んで座って、手をつないで、そのぬくもりを感じながら星空を見上げているときにやってきた。それはたとえばロロとアルベルトがおかしな会話をしていて、どうしても、ふたりが『ぜんぜん似ていない双子の兄弟』にしか見えないときや、彼らがそれぞれの欠点を――ロロは集団の中でうまく走れないということを、アルベルトは登りでうまく走れないという欠点をとても長い時間をかけて克服し、レースに出て、その勝者の証であるメダルを、ときには恥ずかしそうに、ときには誇らしげに見せてくるときにやってきた。

 自分はただ怖がっているだけなんだとルーベンスは思いたかった。もう膝が泣きだすことはないし、ロロのあの後ろ姿を、傷ついた白い翼を見ることだってもうないのだとルーベンスは信じたかった。現実は自分にやさしくなったのだと、ルーベンスは誰かに言ってほしかった。――そんなことはありえないと告げる自分の内側の声を、聞こえなくなるくらいに、誰かに強く、ただ強く否定してほしかった。

 真夜中に起きて、しばしソニアの愛らしい寝顔を眺めていたルーベンスは、その視線を暗い天井に向けて、神様と、音を伴わない声で言った。神様、どうか、――どうかこのうつくしい時を止めてくれ。このすばらしい日々を、どうかわれわれのもとから連れさらないでくれ。


 ふたたび夜が来ることを告げたのは一本の電話だった。ルーベンスの願いを聞き入れなかった世界は、ルーベンスたちがなにでできていて、どんな現実で生きているのかを思い知らしめるためになら、どんなことだってするのだということを、ルーベンスにいやというほど思いださせた。

 ビクトルが倒れたのは冬の空気が現れはじめたころで、ロロとアルベルトは、ともに十七回目の誕生日を迎えおえていた。ふたりはバスクの外でもその名を知られるようになっていて、アルベルトはすっぱりとフットボールをやめてしまっていた。

 余命はあと半年くらいらしいと静かに言ったのは、ビクトルの妻となって四十年以上になるマリナ・アルボスだった。体のいろいろなところに癌が見つかって、いまの医療技術では、正直手の施しようがないというのがビクトルの主治医の見解だった。

 すべてを聞いたビクトルは、病院のベッドにいるよりも、これまでどおりの生活をつづけることを望んだ。そうして彼は、マリナの手料理を食べたり、週末にはアノエタへ行ったり、いろいろな選手に賞賛を与えたり悪態をついたり、ロロやアルベルトの出るレースにはなにがなんでも同行したりするというこれまでと変わらない生活を、体力が落ちて、いままでひとりでできていたことが、誰かの手を借りなければできなくなってしまうようになるまでつづけた。

「まるでエンディングの前に劇場から追いだされた気分だよ」

 病院のベッドの上でビクトルがそう言ったのは、外出許可が下りず、ロロやアルベルトの出るレースにはじめて同行できなかったときだった。

「もちろんこうなることは予想していたよ、あの子たちは私の孫みたいなものだからね。でも、もうちょっとお迎えは待ってくれると思ってたんだ」

 ビクトルは笑って言っていたが、ルーベンスには、その姿が、小さくなった蝋の上で、弱々しく揺らめいている淡い赤色にしか見えなかった。

「君がうらやましいよ、ルーベンス」

 笑みを浮かべたままビクトルは言った。

「わかっていたことだけど、やっぱり君がうらやましいよ、ルーベンス」


 空気に夏のにおいが混じりはじめたころに、ビクトルは天国からの招待を受けいれた。その日はとてもおだやかで、まるで時間が立ちどまっているような一日だった。

 葬儀が行われた日もそれと似たような一日だった。葬儀にはとても多くのひとびとが出席して、彼の人生の豊かさを象徴しているようだった。自分のときはどうなのだろうとルーベンスは考えた。そこには娘たちがいて、もしかしたら、その子供たちの姿もあるかもしれない。きっとソニアもいるだろう。彼女に先に天国へ行かれたら、自分はそのあとを自ら追ってしまいかねない。アルベルトもいるだろうし、ほかの教え子たちもきっと来てくれることだろう。

 それなりににぎやかにはなってくれそうだと考えたルーベンスは、けれどそこに、彼の姿を、――成長して、それなりに身体も大きくなったとはいえ、同世代の平均にはいまだその身長が届いていないロロの姿を、国内のジュニア選手権に勝って、そしてロードバイクを降りてしまった彼の姿を、どうしても、思い描くことができなかった。

 葬儀の場には彼の姿もあった。彼は両親や妹とともにいた。しかし、ルーベンスには彼がひとりでいるように見えた。彼は空を見上げていた。なにを見ているのだろうかとその視線の先を追ってみると、そこには蒼が広がっていて、その中に、小さな白い雲がひとつだけ浮かんでいた。それは天使に見えた。そして誰かを呼んでいるような気がした。


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