第八話。待ち人来らず
『帝都』。かつて破壊の限りを尽くされた都。
今は軌道エレベータもある世界屈指の都。美しい都。
しかし、その美しい都以上に美しいその娘は。不機嫌だった。
『帝都』。
十三年前の“敵”の『神罰』作戦で完膚なきまでに破壊され尽くしたこの地も、
僅か十数年で春先には桜の咲く美しい都へと復興した。
(放射能汚染の影響、及び海岸線が後退した関係上、位置的には若干ずれたが)
基本的にこの国にはエアコンの類は無い。
代わりに高い建築技術と治水技術をもって都市全体の温度調整を行っている。
冬には温泉の温もりが都市を走り、夏は冷たい水が石畳を濡らし、快適な風が常時吹いている。
アスファルトの道路は“色々な理由で”姿を消してしまい、ほとんど自然石で構成されている。
一年を通して野生の花の薫り漂うこの都は、
世界で有数の軌道衛星軌道エレベータ、通称『神の塔』の異様ともに観光客にも好評である。
「遅い」
彼女は苛立っていた。春先とは言え今日は少々冷える。
仕舞うつもりだったコートの胸元を両手で閉めた。
神経質そうにアナログの時計を見る。
午前9時30分0秒。(0.1、0.2、0.3……)
(もう予定の時間の、4分49秒コンマ0秒前じゃない!なにやってるのよ! )
確かにこの国の人間は、時間と約束事には極めて厳格だが、
彼女の場合は一般人のそれよりもさらに厳格な基準を持っているようだ。
駅の時計を見上げる。
通勤時間を外したとはいえ、平日の帝都の混雑は並大抵のものでは無く、
はじめての人間は確実に迷うに違い無い。
その事にも考慮してあげる度量は必要だろうと思いなおし、
いらいらしながらもう1度時計に目をやる。
時計の文字盤の硝子に、彼女の姿が映った。
艶やかな黒髪は惜しげも無くショートヘアで切りとられ、
大きな黒い瞳は細いがくっきりした柳眉とあいまって中性的な魅力を醸し出し、
かといって女性本来の魅力が無いわけでは無く、かたちの良い唇に映えるルージュ、
控えめで、一見地味に見えて調和の取れたアクセサリー類は滑らかな黄色い肌に合っている。
いわゆる、『先住日本人』と呼ばれる人種の数少ない生き残りの一人だ。
(どうでもいいが、『先住日本人』の中では胸が大きいほうである)
都会の人と人(厳密には“人”のかたちをしていない固体も多い)の中、
時計を見ながら待ち人を待つ美女。なかなか絵になる構図である。
当然、男たちがほうっておく事は無い。
パイプの煙が何処からとも無くふわふわ漂ってきて、
彼女の目の前で星の形になり、翼を持った小鳥の姿になって踊った後、
温く花薫る春風となって彼女のコートを吹かせた。
「おじょうさん。なにがあったかは存知無いが、そんなに怒っていては美人が台無しだよ」
突如現れた『願恋語人(アイルランドの妖精)』がそういってにっこりと微笑んだ。
彼女の美貌を考えればよくある話である。
……殺気だってさえ、いなければ。
……銀の弾丸の詰まった短銃をバックに仕舞いながら、
もう1度彼女は腕時計を見た。
遂に。予定の時刻。ジャスト。遅すぎる。
「おじさんといい。『娘』といい。
血が繋がっていなくても! 育ちが違っていても! 似るところは似るものなのかしらね?! 」
漫画なら温泉マークが頭の上に来たり、十字の筋が浮いたり、青筋が立っているところだが、
この物語には関係が無い。
普段の彼女は(極度の堅物ではあるが)穏やかで面倒見の良い人格者で通っているのだが、
『小父』が絡むと、とたんに短気で情緒不安定になる傾向が昔からあった(彼女本人は否定しているが)。
「小父さん関係なら私では無く、智魅か適恵がやれば良いのよ」
智魅も適恵も今日は授業だった。
控えめな末っ娘の適恵は申し訳そうに無言で謝っていたが、
智魅にいたっては「他でも無い、姉さんの恋人の頼みでしょ。 私、今日はコンパがあるのよ」といって、
彼女を激怒させ、そのまま逃げていった。
智魅にとっては“今夜はご飯は用意しなくてもいい”程度の意味である。
男女問わず人当たりが良い(良すぎるという意見もある)上の妹と違い、
基本的に生真面目を通り越して固すぎる彼女は、職場で誰からも好かれ、見合いの話も多数、
男女問わず憧れの対象となる存在ではあるが、『憧れられるだけ』で目下男日照り記録を更新中である。
(何事も消極的な末の妹は毎月のように大量の恋文を貰ってしまい、非常に困惑しているようだ。)
なぜわたしが。と続く。
(貴重な非番の日を潰してまでして、小父さんの娘の出迎えをしないといけないのよ)
5分経過。
もはやその殺気たるや、妖精や精霊に産まれたものにとっては目に見えるほどだ。
(私だって。年頃の娘なのよ?!……非番の日くらい、用事が。……用事が)
まったくなかった。
彼女の週末の予定と言えば、
愛車・ファミリア(彼女もまた安月給なのだ)の洗浄と整備だけだ。
美女は怒ったほうが美しいと言うが。
怒らせないほうが良いという典型がここにあった。
その鬼気迫る殺気は春先の冷たい風をあびてなお、
炎の様に燃えあがって通行人にまで飛び火し、
知恵ある生物は徐々に、徐々に駅前から姿を消し、
いい加減にしなければ帝都主要駅の機能は娘一人の殺気で消える。
……とまではいかないが、それでも人々が彼女を避けだしたのは確かである。
風の精霊が春の喜びを伝える春一番すら彼女を避けるように吹いた。
近くのゴブリン種の娘が悲鳴をあげて恋人に寄り添う。
桜も芽吹き出す春先だが、彼女の機嫌はいっこうに直る気配はない。
待ち人は、実際は凄く近くで待っているのだが。
それも、待合場所を間違えているのは彼女のほうなのだが、いっこうに気付く気配がない。
遥 真由美。
冒険一族と言われる名家・遥家の長女にして、
後にセリカ(芹香)・クトゥルー・ローラントの終生の友と呼ばれる女性。
ではあるが。
今は駅前の交通状態を、ただ、ひたすらに悪化させる存在でしかなかった。




