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SeLica ~Who am I ? ~  作者: 鴉野 兄貴
お父様。お母様。セリカ(芹香)は雨の日は少し安心して少し寂しくなります

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御馳走様 いただきます

「せりちゃん。泣きたいときは泣いていいのよ」

「私たちがいなくなっても。覚えていて。せりかちゃんは長生きだから」「せりかちゃんは優しいから心配なの」

「いただきます」


 手を合わせて祈る。食べ物になってくれた命に。食べ物を作ってくれた人たちに。

心から喜びと祝福を込めてつぶやく。そして漆の塗られた箸を取る。


 優雅に手にとった茶碗から、ゆっくりと、ゆっくりと白いご飯に箸を伸ばし、赤い唇に運ぶ。

何度もかみしめていると米粒の甘みが口の中に広がる。

『大丈夫。今度こそ。ダイジョウブ』猛烈な吐き気に耐え、胃が沸き立つ不愉快感に堪える。

次はお味噌汁。意識して。意識して。たくさんの人の想いや、菌たちの精気を。

大丈夫。私はお味噌汁から精気を奪える。


 最後に。

既に死んだ魚だ。おまけに焼いてしまって細胞の一片たりとも生きていない。

ちょっと焼きすぎた。料理がまだまだうまくならなくて反省している。

自分自身が食べられないならば、料理はなかなか上達しない。彼女もしかりだ。

海の精霊、波のうねり。大気の揺らぎ。群れの中で共に泳ぐ喜び、そして捕まり生きたまま切られて食べ物になる苦痛と絶望。

これを口にするのだ。できないわけはない。


 『此花 桔梗』は吸血鬼である。

彼女の消化器官は人間のそれと比べ大きく変質している。

具体的に言うとヒルのような器官が大量に存在し、胃液すらない。

この器官は血液を吸い、人間の感情や恐怖や絶望、性欲など本来物質ではない情念を吸収して栄養とする。

反面、人間が食べる食物は摂取することができない。

彼女の容姿は所謂ホモサピエンスの基準から見れば信じられないほど美しい。しかし特異な外見的特徴はその程度にとどまる。

だが、彼女の体内の構造が普通の所謂『人間』から見れば異質なのは論じるまでもない。

彼女には心臓に相当する器官が無い。弱点とされる心臓部分には『反魂樹』と呼ばれる魔樹の根のようなものが詰まっている。ここを聖別された木の杭で穿つことで彼女は命を落とす。今だ一〇〇年以上それを成したものはいないが。

吸血鬼は精気を吸い、血液を吸い、人間の感情を吸い、無限の再生力をもって行動する。


 だが、訓練すれば人間と同じ食物を採取して、食物に含まれる『思い』および純粋な栄養を得ることが可能である。

同族のほとんどは『無駄』とせせら笑う行為だが桔梗にとっては。

「ただ、手を合わせて祈り、美味しく少ないながらも手と心を込めて食べ物を口にし、ごちそうさまと言う」ことそのものが一つの願いであり、祈りであった。


 邪悪の種族である吸血鬼が祈るなどあり得ない。

そもそも消滅を祈ることはできるが、定命の掟を破る彼らに神々は加護を与えないのだ。

祈りは絶望という形で返される。すなわち身体が焼け、灰にならんと崩れだすのだ。


 崩れる身体を維持しながら、『祈り』。

血と絶望、己の身体と心に降りかかる歪んだ欲情を糧とする胃に無理やりではなく感謝と共に『美味しい』と思いながら普通の食べ物を口に運ぶ。


 可能なら、可能なら。

「一緒に微笑んでくれる。普通の優しい人。餌じゃなくて、私を嫌らしい目で見ない人」

そして、心臓のないこの胸が気持ちだけでもときめく。そんな素敵な男性といたい。

彼とゆっくりと卓を挟んで食べ物を食べ、楽しく語らい、共に『ごちそうさま』と言えたら。


 桔梗は箸を持ち、最後の一口を入れる過程で。倒れた。

「桔梗ッ 桔梗! 」『友人』の『むくろ』の声が聞こえる。

美しい人間の身体や心を繋ぎ合わせて作った『友達』だ。


 だが。思う。

魅了の力や、眷属作成の力と関係のない友達と言えるのだろうか。自分は永遠に孤独なだけではないかと。

「桔梗様は考えすぎです」『躯』は微笑む。「私はたまたまそう生まれただけです。私の『素材』の皆様には不幸だったかもしれませんが、不幸せというのは幸せのパスポートと人間も言うではありませんか」

元は『ほとんど人間』だったむくろは時々人間臭い台詞を吐く。


「時間はいくらでもあります。焦る必要はないじゃないですか」「……そうね」

肩をすくめていやらしい仕草を見せる躯。桔梗は苦笑い。「ごめん。ちょっとだけもらっていい? 」「望みのままに」


……。

 ……。


 人間の姿を留めていない躯は赤いペースト状になっていた。

明日の朝には蘇るはずだ。彼らは死なない。

 躯を犯し、いたぶり、血肉を喰らい、十分な力を取り戻した彼女は空に浮き上がる。

話す相手もいないそんな夜は、月夜の風に揺られて空を舞う。


「月って不思議ね。太陽の光はダメなのに」


 月と太陽の光は同一のものだが、なぜ吸血鬼を滅ぼさないのかは未来世界でも謎となっている。

風に揺られ、桔梗は一人街の明かりをただ眺める。ものすごい勢いで彼女が手を下すまでもなく人は生きて生まれて死ぬ。


「あの中に、いる。どうしようもなく無力な一人の娘なら、私は幸せだっただろうか」

今だって幸せだとは思う。無限の時を生き、すべての娯楽を知ろうと思えば知ることが出来る。

桔梗自身は好まないが、性愛の喜びを極めることもできる。彼らは死なない。


 だが、求めているものが違う。

彼女はかぶりをふり、また次元の狭間に存在するねぐらに戻る。



「ごちそうさま」


 たった一言を口にして、

箸を持ったまま手を合わせ赤い唇から感謝の言葉を放つ。

できた。よかった。この日を待っていた。


「ごちそうさま」


 後ろに控える躯は哀切の表情を隠せない。

それでも主人を、友人を『祝う』ため、呪いではない祝いの言葉を放つ。

苦悶に震える躯に呆れ、身にまとった布をすべて外して彼女の血肉を補填する桔梗。

「ばか。私が躯を手放すわけがないでしょ」「でもっ 」

「ずっとずっと。私たちは一緒。ずっとずっと私たちは友達。ずっとずっと私たちは同じ」それは永遠。


「行ってきます」


 桔梗は太陽光線を防護する保護膜を身にまとい、狭間の屋敷より元気に飛び出した。

「お気をつけて。桔梗様。歯を磨きましたか? 宿題はちゃんとやりましたか? 」「お母さんじゃないのよっ?! 」ふざけ合いながら桔梗は飛び立つ。

太陽光線の元では彼女の異能はほぼ発揮できない。それどころか保護膜越しに激痛が走る。

それでも、それでも桔梗にとって、希望に満ちた朝日を浴びる喜びを噛みしめることができる。



 普通に学校に通い。

普通に優しい人と恋におち。


「ごちそうさま」


 淡々と桔梗はつぶやいた。

彼女が恋した少年だったものはもう息をしない。笑わない。

心臓を動かさない。これ以上血を流さない……。


「とても。おいしかった」


桔梗の涙が、血に塗れた床の色をわずかばかりに薄めた。


( ~ 本編『未来世界の吸血鬼』へ ~ )

短編で書こうと思いましたが、セリカ(芹香)さんの読者さんはいつの間にか短編で外伝を書かれるのを望まないと思うのでそのまま追加掲載しました。

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