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SeLica ~Who am I ? ~  作者: 鴉野 兄貴
第一部。お父様。お母様。芹香は就職します。

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第四話。遭遇

暖かな春風の元、芹香は一歩ずつ歩みだす。

彼女は知らない。人間が彼女をどう見るのかを。

彼女は知る事が出来ない。傷つく事すら彼女には許されない。

 空は青く雲は白く。若葉萌え、野には春の花が咲き、

春風は優しくセリカ(芹香)の髪をせせらぎのようにきらきらと流して行く。


 ところどころ柔らかくなった土を、

踵までカバーした白いサンダルが踏みしめていく。


 春の陽気を浴びる白い帽子。

風を受けて花のように膨らむワンピース。

手には時代がかった革のトランク。

まるでピクニックにでも来たような服装だ。


 生家から伸びる丘の小道を越え、

ちいさなせせらぎを飛び越え、蝶が舞う菜の花の中をあるいて。


 転んだ。

「……」


 先ほどまでは両親に微笑んでいたセリカ(芹香)だったが、

生家を一歩離れるごとに悲しみが押し寄せてきて、

真珠のようにまるい涙がぽろぽろこぼれることを止めることができなかった。


 「お盆休みになったらすぐに帰ります」

確かにそうは言った。

しかし。元々甘えん坊だった彼女にとっては、

わずかな間の別れとは言えども寂しさをおさえることはできないようだ。


 転んだセリカ(芹香)の頬を

さわさわと、春の草花が優しく撫でる。

やがて、彼女は明るく呟いて立ちあがる。


 「……転んだくらいで、泣いているようでは駄目よねっ」

菜の花が“さぁ”と言う音を立て、彼女に道を譲る。

そのできたてのちいさな道を元気良く駆け抜け、

小山を超え、春の花が咲き乱れる田舎道を歩む。


 地図を片手に柔らかな土を踏みしめ、

セリカ(芹香)は『星空を見た』。

高低線。地形はOK。太陽はこの位置で。星座の位置は。

「このまま20キロ歩けば夕方前には到着するわね」


……。


 「ゑ?えっと・・・ここって何処なの?」

何処と言われても山の中の一本道である。

しかも人里からは、はるかに遠く、

このような田舎道では登山客もまず通るまい。

いたずらものの春風が彼女の黒い髪を撫でてゆく。


 道に迷える人間の小娘が相談する相手としては、

花や草木、土や石程度では少々頼りない。

実の所、道としては正しいはずなのだが、

このままでは春山で遭難の憂き目を見る可能性は充分にある。


 もういちど、地図を見る。

やっぱり全然分からない。


 「お母さんは『わからない事があったらわかるところまで戻ってみなさい』と言っていたけど」

たんぽぽ達が柔らかに咲いている。


 「ちょっと、わからないかも……」

ちょっとどころではない。

まっすぐ歩いてきたにも関わらず、自分の歩いてきた進路に自信がつかないセリカ(芹香)。


 「う”~。高低線なんて知ってても、地形で位置確認なんてわかんないよ~」

しゃがみ込んで悩むセリカ(芹香)。さっき無意識でやっていたのだが本人に自覚がないようだ。



 ……さて。視点を入れ替えよう。

そう。『君』だ。

何かの縁だ。今、たまたまこの山を登っている山男の君を今日の主役と言う事にしよう。



 『彼』は春の美しさを堪能しながら野山を歩いて行く。

そこそこ日に焼けた肌、やや皺のついた手。


 「ふう」

帽子を上げる。人の良さそうな顔。年の程は50代程。


 来て良かった。

残雪残る峰を越え、美しい草花を目にして心躍らせ、

脚のつかれも背の巨大なバックも苦にならず、

心軽やかにひたすら山頂を目指す。

日々のつまらない悩み苦しみも、春山の美しさが癒してくれる。


ふと。目に見なれない何かが映った。


白いワンピース。


 『???? 』

女の子?? そんなはずはない。

たとえ汎用型改良人類サードでもこのような場所になんの装備もなく登っては来ないはずだ。

はぐれたにしてもこんなところにまでは来れない。

登りに来たとしても無謀もよいところだ。サードでも下手をすれば死ぬ。

しかし、自然の花畑の中に、確かにその子はいる。


急ごう。登山靴がザクザクと音を立てる。徐々に近づく。


声をかける。


 「あの」

華奢な感じのする年頃の娘だった。

華奢? いや、かなり身が締まっている。

しなやかで無駄がないという方が適切だろう。

つややかな黒い髪、滑らかな肌。美しい後ろ姿に感嘆した。


向うはうずくまっていてこちらにはまだ気がついていないようだ。

もういちど話しかける。


 「どうされました? 」

ゆっくりと娘がふりむこうとする。


 なにかおかしい。

いや、この山の中、装備も無しにいることが既におかしいのだが。

この娘、春先にしては日に焼けすぎていないか??

新日本帝国には黒人など珍しくもない(白人の方が珍しい)が、

この娘は髪の毛が直毛だ。


なにより先住日本人の顔に酷似している。


 『……』

目が合った。涙に濡れたつややかな蒼い瞳。


 「父さ……」

おもわず振り向いて抱きつこうとしたセリカ(芹香)は狼狽した。

唐突に話し掛けられたのもそうだが、両親ではなかったからである。


セリカ(芹香)は両親以外の『社会生活可能知的生物にんげん』と直接顔をあわせた事が全く無い。

このあいだの引越し屋のときだって、彼女は両親の言う事を素直に聞いて、部屋の奥にいた。



 就職すると言う事は当然、両親以外の人と顔を合わせる事になるわけなのだが、

彼女が今まで想像していたのと、(彼女の記憶の限り)今産まれて初めて他人と顔を合わせるのとでは、

まるで違うものがあった。


言葉が出ないのだ。


 お互いに言葉の出ない瞬間が続いた。

本当は数秒だったのかもしれないが、ふたりにはもっと長く感じられたに違いない。

特に『彼』にとっては。


声が出ず。息が止まる。全身の細胞が泡立ち、遺伝子のすべてが警報を放つ。


 瞬時に子供の頃見た、彼らに弄ばれて死んだモノを思い出した。

陵辱されたなどという言葉では生易しすぎるほどに酸鼻を極めるその姿。

脳髄が破壊されるほどの性的快感を受けた知人の死体。

その体は警官隊に頭を破壊されて,なおも快楽を求め、動くもの全てに無差別に襲いかかった。


 その圧倒的な怪力で破壊された壁。飛び散る脳漿。

神経系統を支配され、反射的に動くものすべてに悦楽を求めて襲いかかる死体。


 必死に逃げる少年の瞳に映った

あまりにも美しすぎる黒い影の思い出。


 ―――ダークエルフ!!―――


 何故か“おじさん”の様子がおかしい。

そうおもったセリカ(芹香)は涙を拭うのも忘れて、、

その“おじさん”を失礼と思いながらもまじまじと見てしまった。


つややかな瞳に彼の姿が映る。


 ―――その瞳には魅了の力があり、その体液は蟲惑の麻薬、

その両の腕に捕まった者はいかな聖人君子とて肉の奴隷と化するという。―――


 『? 』

セリカ(芹香)はその“おじさん”の顔が死人のように悪くなっていくのを見て、

少し不安になった。「大丈夫ですか? 」


戸惑ったような優しげな、ぎこちない微笑み。

(いや、実際にセリカは戸惑っているのだが)


 ―――そして人間を惨殺する事を、なによりの悦びとする。―――


 「……」

彼は心の中で絶叫した。声など出なかったからである。

圧倒的な恐怖は心はおろか身体すら押しつぶそうと彼に襲いかかる。


 素手でも一個分隊を遥かにしのぐ戦闘能力を持つ闇の種族に、

彼の『魔剣能力』が、彼の持つ肥後の守(ひごのかみ。標準的な万能ナイフ)が、いったいなんの役に立つものか。

(註訳:余談だが、彼の『魔剣能力』は『水質浄化』である)

春の暖かい陽射しも、彼の身体を温める事はできない。今の彼は死体も同じである。


セリカ(芹香)は彼の様子がおかしい事に気がつき必死になって話しかけた。


 「あっ。あのっ。体調が優れないのでしたら一緒に山を降りませんか?

私、この(と言って彼女は地図を取り出した)帝都軍駐屯地を目指しているんです。


そこでしたら、父さんの『むかしのぶか』さんたちがいると思います。

きっと良くなりますよ! ただ、ちょっとここが何処なのかわからないんですけど…… 」



 そんなバカな!! 

このバケモノはどうやって私で楽しもうか考えているだけであろう。

昼間の星を見分け、地形を完全に読み取り、精霊たちの声を聞く

「コレ」が『道に迷う』事などあるものか!


 「ここが何処か、わかるなら。……お願いします」

礼儀正しく頭を下げるセリカ(芹香)。


 いつのまにか渡された地図に目を移す。

手が。……震えながら現在地を指す。


どうしようと言うのだこの魔物は!!


 彼は恐怖のあまり自分が壊れて行くのを感じていた。

しかし、身体は悪魔の魅惑の視線に操られてか、極めて冷静に彼女の聞く場所を指した。


 「いけ」

行ってくれ!! 私に何をするつもりだ!!

嗚呼。しかし天は彼を助けない。

「おじさん。荷物持ちましょうか? 」


 美しき悪魔は、無害な少女のような愛らしさを見せ、

彼から装備を奪い取るとその背に乗せる。

形の整った綺麗な指が彼の手にからみついた。


 「ゆっくり歩いてください。むりしないで」

脚が勝手にふもとまで動き出した。

いや、逃げているつもりなのだが彼女と行く場所が同じなだけなのだ。


 ―――早く、早くふもとへ!!―――

やがて、セリカ(芹香)が目指す駐屯地が見えてきた。

セリカ(芹香)は一刻も早くこのおじさんを医者に見せたくて、


「ここで待っててください。すぐにお医者さんを呼んできます」と言って駆け出した。


 彼はへなへなと座りこんだ。

「ケケケッケケケヶヶヶ」

変な声。

自分の声などとはさっぱりわからない。

皺は20年分ほど深く刻まれ、

涙が、汗が、糞尿が、とめどめなく溢れて水分がことごとく失われていた。

髪の毛はすべて白くなり、ほとんどが抜け落ちはじめている。


 ふと、携帯端末の電源を落としていたことに気がつき、必死に助けを求めた。

いや。狂人の絶叫と言った方が正しい。


 ―――十数分後―――


完全武装した特殊環境適応型人類フォースの戦闘型最新機種・“HAL”一個小隊と、

決死の表情を浮かべた指揮官達が舞い降り、彼を囲んだ。


心臓が停止する寸前の彼に処置を施す。

『目だった外傷はまったくありません』“HAL”の一人がそう報告する。

「外傷などはどうでも良い。脳内麻薬の量をチェックしろ! 」


「異常なし。極度の恐怖による心理的外傷トラウマのみです」

無機質に答える“HAL”。


指揮官はまじまじと『彼』を眺めた。


「なんてラッキーな奴なんだ」


 撤収!指揮官の声がひびいた。

生体戦闘ヘリの爆音が遠のいていく。

夕暮れ前の花畑に最後のうららかな平和が戻った。

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