ダークエルフの珈琲は甘い
ダークエルフの五感は人間のそれをはるかにしのぐ。
しかし。作る料理が美味しいかどうかは別物である。
「この珈琲はゴミだ。飲めないよ」
「私が真の珈琲の味を教えてやろう」
適当な台詞をほざくのはセリカ(芹香)の親権者・遥少尉の部下たちである。
その面々は食人鬼、餓鬼、犬頭鬼に好色鬼。デザインヒューマンと多岐にわたる。ぶっちゃけ人間の姿をしている者は少ない。
「甘くて美味しいじゃないですか」
頭に鹿のような角の生えた少女が微笑みながら「もう一杯」とつげるとセリカ(芹香)は大喜び。次の珈琲を淹れ。
「ぶっ! 」
半神族の少女・由は塩の入った珈琲を盛大に噴いた。
人間の音楽家達は驚いた。
普段演奏に来ている喫茶店が魔族に乗っ取られ、店主夫妻が人質にされているのだから。
急行したのが夢路率いる降魔局命名課雑務係本部の面々だったのがセリカ(芹香)には幸いした。
そうでなければ今頃セリカ(芹香)の首は胴体と二分されていたであろう。食費が浮いて結構なことである。
色々あって、ジャズを奏でるのは降魔局の面々になっている。
ここにて政府の弾圧にめげず、細々と守られていた人間の趣味で運営される音楽文化は終焉を迎えようとしていた。
「だいたい、何故砂糖と練乳と生クリームをブチ込む。まず無糖からだ」抗議する夢路に反論するセリカ(芹香)。無駄な親子喧嘩だ。
「このままだと喫茶店の運営に響きます! 」
真面目ぶってセリカ(芹香)が抗議する理由は降魔局の面々が強面の『社会生活可能知的生命』ばかりだからである。普通に逃げる。
「いや、俺たち以外の客見たことないぞ」むしろ金を落としているのは俺たちだと夢路が抗議するとセリカ(芹香)は呻いた。
「老夫婦から喫茶店を脅し取っただの、人質を取って立てこもっているだの根も葉もない中傷を」
さめざめと涙を流すセリカ(芹香)。彼女の視線の先には我々の世界で言うインターネットに近い相互通信の電子情報端末。
「……」
いや。その通りだろ。
夢路以下の視線はそう語っていた。
監視員である『図書館』は表情ひとつ動かさず、編み針のみを優雅に動かす。
膝の上の詩集は彼女の雰囲気には合わない甘い甘い恋の詩集だ。
夜更け。深夜になってもセリカ(芹香)は帰らない。
帳面を手に、いかに『老夫婦から預かった』お店を盛り立て、『現在病気療養中』の彼らに報いるか思案中である。
とてもいい子なのだが、とても残念な子でもある。
「掃除をしっかりやって、接客の練習をして、情報網に宣伝をして、音楽家の皆さんに給与を弾んで」
帳簿を手にセリカ(芹香)はうんうんと呻き、やがて力尽きて眠りについた。
ふわり。
出来立ての毛糸のケープがセリカ(芹香)の肩にかかる。
そのやさしい肌触りの糸からはセリカ(芹香)の甘ったるい珈琲の香りがした。




