第三話。幕間。「約束」
ある愚かな男の回想。魔族と約束をした愚かな男の。
仇敵に娘を託された男は後悔と共に目覚める。
それは悔恨を伴って、今なお彼を苛む。苦い記憶。
(ある男の回想)
「大尉。娘を立派に育ててください」
「ああ。任せろ」
「……」
「…………」
「誰のために、泣いてくれているのですか? 」
「……いや。
なんでだろうな? 目にゴミが入ったのさ……特大のな」
「ふふふ。その塵芥に。感謝……します…… 」
皇紀弐千六珀八拾年(西暦弐千弐拾年)四月壱日。 物語は十八年前に遡る。
「ゼェ……ハァ……ェェ……。……!」
目が霞む。息が苦しい。
熱い息。喉が焼けついている。
正気を保つ為に自らに突き刺した小柄による出血が
馬鹿にならない段階に達してしまっている。
(それでも) 歯を食いしばる。
(まだ痛みを感じる)
喉は痛く。呼吸するだけで激痛が走る。全身の筋肉が悲鳴をあげ、身体中の傷がうずく。
(この激痛があるならば。まだ支配されて。……いない!!! )
「ぬぅおぉぉぉっっ!! 」
意識を根こそぎ奪い、苦痛すら快楽へといざなう魔の芳香にあくまで抗し、彼は刀を正眼に構えた。
「強情じゃのう。大尉殿は」
朦朧とした脳髄に直接伝わる。
危険な。甘い声。
「大尉どの。もういいじゃろう……子供たちは寝ておる。
われらはわれらで愉しもうではないか……」
真由美は。智魅は。……子供たちはどうしたのだろう?
今の彼には、性別を超越した危険な色香を放つ二人しか知覚出来ない。
「ほれ……こい……。ひとつになろう」
もう駄目だ。
二人の魔物。なんとうつくしい。確かに何を意地になっているのだ。
ひとつになって快楽を貪ろう。苦痛も無い。心配も無い。あるのは。
『この剣と!! 』
回避しようとは思わなかった。する気力も無かった。
この魔物の剣。苦痛は無い。無限の快楽だろう。
早く。
~? ~
何故か二人は驚いた顔をしていた。
吹き飛ばされる。
なにをしてるんだ?
早くしてくれ。
やわらかく温かい緑色の光が彼を。……子供たちを包んだ??
……。
……。
…………。
「これは? 」
喉が痛い。舌が干からびたようだ。声が震えている。
「都市制圧型戦略攻性魔法。
七拾四式気圧制御・“神罰”!!? 』
眼前に広がる、無差別な破壊と殺戮。
大規模無差別殺傷魔法は国際条約で禁止されているはず。
こんな小規模の反乱で。国土に放ったのか??
“彼”は……ゆりかごで眠っていた智魅を無意識で左肩に乗せ。
「(ぐずっ……)ウメジぃ……」
足元に拠りそう真由美を手探りで抱きよせた。強く。……強く。
がたがたと肩が。両脚が震える。
(……)
「だ」
青年は叫んだ。
叫んだはずだった。
心叫んだが声は枯れ果て出なかった。
「どう言うつもりだぁっっ!! 」
涙が出た。彼の足元にいる『肉塊』は彼が先程まで知っていた二人ではなかった。
その悪魔的な魅力と魔力で彼を幻惑し、
その剣技によって彼を彼岸すれすれまで追い詰めた二人ではなかった。
大規模な戦略攻性魔法による急激な気圧変化によって、
凍傷しつつも沸騰したその身体には彼の知る面影など欠片も無い。
攻性魔法の影響により発生した炎の手が急速に高まり、この森は炎の海の中に沈もうとしている。
一刻も早く、真由美と智魅を連れて脱出せねば彼はともかく、幼い二人が危ない。
しかし、彼はこの状況にあって、
なおもこの場を離れようとはしなかった。
『答えろぉぉっっ!!!』
……。
「九頭龍!!九頭龍!!しっかりしろ!! 」
肉塊と化した二人に激しく詰め寄るが返事は無い。
(鼓膜が破れている……のか!!?? )
ならば直接頭蓋を通して!!
頭に直接口を当てる。骨振動によって言葉を伝えようとしているのである。
『何故。俺……を助けたんだ?』
沈黙。
何処からともなく智魅とは別の赤子の泣声がした。
そして気がついた。真由美の幼い腕に。
……黒い肌の赤子が抱かれているのを。
「……!! 」
(まさか。俺との闘いで)
「五人だけしか、護れなくてな」
魔力を消耗したのか?
「遥大尉。
そなたしかできないこと……。
娘を。娘をお願いします」
(なにを言っている。俺は貴様らの敵だぞ)
「その子は我らの最後の希望。
100年の歳月、我等一族が望み、励み、やっと産まれた、次の世代。真の『純血』」
(そんな危険な子供をどうしろと? )
「恩に着せるようで悪いのじゃが。
たのめるのはソナタしかいない。
そう、ありとあらゆる時代を生き、
あらゆる世界を見、次元の狭間を流離うそなたなら。
人の身でありながら、我等の心を知っているそなたなら。
娘を立派に育てることが出来る。
お願いします。我等にも希望を」
(おい。九頭龍。待て)
「ありがとう。ありがとう。……私たちに泣いてくれて」
泣いてなど、いない。筈だ。だが、瞳を熱いものが覆っている。
「セリカ(芹香)。我等を怨んでくれ。
恨み憎しみも愛の内と、教える時間はない。自ら知ってくれ。
肉の快楽も、魂を食らう悦も、聖者を墜とし、彼らの絶望と、
彼らが否定しつつも感じている背徳の快楽を吸う悦びも、
なにも教えられない。大尉どのに助けてもらえ」
「お誕生日おめでとう。来年は一歳だね。
闇のぬくもりあれ。
闇よ。光の刃からこの子を護りたまえ。
光に。呪いを」
……。
……。
―――少尉。少尉? ―――
……。
「俺にそんなことは出来ない!
お前達が思っているより俺はちっぽけな存在だ!
俺は未来を守ってやることなんてできやしない!
おれがお前達の心を知っているだって?! だからどうしたって言うんだ!!?
人に。……人は人しか育てられないんだ!
……戻って来い!! 死ぬなぁ!!! 死ぬな九頭龍!!! 」
……。
……。
―――少尉……。少尉!!!!! ―――
「! 」
もやのかかる頭を振り、瞳を開く。
足の踏み場もない汚い仕事場。
整理し切っていない机。彼の。……自分の机?
ちいさな眼鏡をかけなおして
無言で居眠りに抗議するゴブリンの仕官。
瞳をめぐらす。
背後のカーテン越しにバスタブに浸かる女の影。
女の影が問う。
「大丈夫ですか?相当うなされていたようですが?? 」
大丈夫だ。と彼は返答した。
「すこし、昔の事を。……な」
―――ふぅ。―――
視線の先の写真立てには、
ゆりかごにゆられて微笑むちいさな赤子。
そして彼と共にただすむ仏頂面の若い娘。
「セリカ(芹香)……か」




