第二十一話。人として生きる権利
つかの間の平和を謳歌するセリカ(芹香)。
その平和は何処からくるのか。『平和』を求める別の生命がいた場合は?
『平和』のあり方が違う場合、どうするべきなのか。『腕章』は輝き、答えはない。
「はい。落し物ですね」
最近の真由美は『帝都観光』出張所交番勤め。
『帝都観光』は旅行会社であると同時にこういった交番も持っている。
主に観光案内が業務だが、人間種全てが軍属扱いになっており、武装が義務付けられているこの世界では、一見華やかな観光案内所といえども荒事と無縁ではない。彼らは警察業務の一部代行も行う。
「セリカ(芹香)ちゃん。書類できた? 」「あと1分待ってください。真由美さん」「50秒」
本人の激しい希望で真由美と同時に配属された娘。楼蘭人 芹香。
本名。セリカ(芹香)・九頭龍・楼蘭人。
彼女はなれない電子計算機に苦戦しつつ、書類を完成させる。
余談だがこの世界には両手を使う打鍵入力装置は無い。
「真由美さーん! 書類できましたっ! 」
お気に入りの『ばっしゅ』を履いて、制服に身を包んだ娘が小さな案内所奥から飛び出してくる。
優しい、暖かい笑み。黒い肌ととがった耳。宝石のように淡い青色の瞳の娘。
その姿をみた老婆は心臓麻痺を起こして倒れた。
「お、お婆さん! しっかりしてくださいっ! 」
「でてきちゃ駄目って言ったでしょうっ?! 」これで、本日3件目。
「またか。セリカ(芹香)ちゃん」
近くの憲兵所から見回りに来た憲兵。寺嶋さんが肩をすくめる。しょんぼりとしてみせるセリカ(芹香)。
「どうして皆さん気絶したり心臓麻痺を起こしたり恐怖に震えたり心身に異常をきたしたりするのでしょうか? 」
「(……悪い娘じゃないんだが)」「(セリカ(芹香)ちゃんを見たからだと思うわ)」
憲兵・寺嶋さんと真由美は肩で会話する。ちなみに老婆は何とか蘇生させた。
「セリ姉~! 」「あ、ヒロキ君」
近所の悪ガキの相手も重要な職務である。
ぶんぶんと手を振って近寄ってくる悪ガキ。村上少年。
油断すると真由美の胸やセリカ(芹香)の尻に手が伸びる。
何度どやしても懲りないし、何度も遊びに来る。
ここでは近所の子供たちの宿題や勉強を教えることもやっている。
「門川さん家の源蔵爺ちゃん、また寝込んだんだって? 」「うううう」
「河上さん家の旦那、戦地からやっと帰ってきたと思ったら精神病院行き」「あうううう」
「セリ姉。この仕事向いてないんじゃない? 」「うううううううううう」言わずもがな。
いくら義父による精神処理を受けているとはいえ、ご近所さまがセリカ(芹香)を見ただけでバタバタ倒れれば鈍いセリカ(芹香)でもいささか思うことは増えてくる。
地面に「の」の字を書き出したセリカ(芹香)。その様子を見て腹を抱えて笑い飛ばす村上少年。
「いや、源蔵爺ちゃんの時は面白かったけど」「うううううううううう」
「窓硝子代、ちゃんと弁償したんでしょうね? 」真由美が睨むと「セリ姉が出てくるからいいって」「ヒロキ君。わたしは熊ですか? 」
更に落ち込むセリカ(芹香)。ちなみに、熊はダークエルフには近づかない。
「こんなんが純魔族なんて」「(……しっ)」
真由美に軽く諭され、村上少年は「いけねぇいけねぇ」と舌を出した。
「だーくえるふ? がなんですか? 」
涙目のセリカ(芹香)に、心根は優しい村上少年は「ん。なんでもない。セリ姉」と告げた。
早いものでもう7月になろうとしている。木々は茂り、蝉の声が生命の輝きを告げつづける。
その中で、冷房らしい冷房も無いこの世界の帝都の小さな案内所は涼みに来た少年と娘二人が夏休みの宿題に取り組んでいた。
「『降魔戦争』の生き残りってさ」「デマデマ」
真由美はヒラヒラと手を振った。富士山麓に降臨した『剣の魔王』を封印した三名の生き残りの話だが、『子孫』としては信じがたい話ばかりである。
「最後の決死隊は陸軍・海軍陸戦隊・旧降魔局の精鋭が108人いて、三人しか生き残らなかったんだろ? 」「そのようですね」
セリカ(芹香)の卒業論文は各国の歴史認識の違いから見る史実についてである。近代史には詳しい。
「なんかさ、『降魔戦争』や『魔王戦争』に限らず『遥 夢路』って名乗る人、よく歴史に出るけど」疑問を口にする村上少年。歴史にちょくちょく名が残るその男の正体はいつも『不明』である。
「……『アレ』がそう見える? 」「見えない」夢路はよくここに遊びに来る。
竹とんぼを作ってくれたり、面倒見が良かったりで子供には好評だ。
「セリ姉もここに来て一ヶ月かぁ。最初はビックリしたけど」
転んで絆創膏をもらいに入ったらダークエルフが出てきた。
「うううううう」「セリ姉。スイカ貰ってきたから泣き止めよ」
「スイカ、美味しいわよ」「うん。セリ姉は要らないんだね」
セリカ(芹香)は部屋の隅で真っ暗になっていた。比喩ではなく彼女には『影を集める』力がある。
セリカ(芹香)を慰めることを放棄した少年は交番前に立ち尽くす青年に声をかけた。
「ジャスティンさん~。その鎧、見るだけで暑苦しいんだけど」いたのか。
「サーコートを着けているのだが」「余計暑いよ……」
「スイカ、食べない? 森田さん」「その名前は」
真由美に苦笑いするジャスティンはスイカを押し付けてくる村上少年に根負けして一口食べる。
「美味いな」「爺ちゃんの実家は鳥取なんだ」「へぇ?! 他所の街の話、聞きたいなぁ」
この時代、多くの地方都市は『帝都』から離脱している。
「由香姉と常勝のおっちゃんは? 」「熱中症で病院に搬送された」
「ちぇ。だらしねぇなぁ」「修行が足りんのだ」スイカを食べる少年と聖騎士。
一斉に飛んだ種がきれいに遠くの皿に入った。ニヤリと二人は微笑み合う。
「セリ姉。大栄西瓜美味いよ? 」「本当に美味だな」「美味しいわよ? 」「ううううう」
「じゃ、一口だけ」セリカ(芹香)の手が伸びるが。
「もう無いよ。セリ姉。皮の残りを漬物にしてやるから明日まで待ちなよ……あ」
村上少年は「いけねぇいけねぇ」と笑う。
「大栄西瓜って、ほとんど赤身なんだった。たいした量にはならないぜ」
セリカ(芹香)の周囲は更に暗黒の影に染まった。
……。
……。
河田の死からはや数ヶ月。
セリカ(芹香)は由香の回復術(ちゃんと効いた)や夢路の『剣』で傷は治ったが数日塞いでいた。
「『可愛い』って、初めて言われたんです」「そうか」
嫌なチャラ男とはいえ、死んでしまっては悪く思えない。
加えて、容姿を褒められたことの無いセリカ(芹香)にはそれは単独で見ればうれしい経験だった。
……その直後に河田を嫌いになる事件がおきただけで。
訥々と話すセリカ(芹香)の相手を酒を呑みながら務める夢路。なんだかんだいっていい『親』である。
「セリカ(芹香)は美人だと思うがなぁ。九頭龍の娘だし」
敵だったが、憎しみは持っていない。純粋な感想である。
「『お母さん』ってそんなに美しい方だったんですか? 」「親父もな」
むしろ、あの美貌は兵器といって然るべきだったが。
人間といわずあらゆる生物、機械生物を『魅了』し、交わり、眷属を次々と生み出す最悪の敵だった。
「私って。きれいですか? 」「ああ。化粧もそろそろ覚えたらどうだ? 」
「ちょっと、勇気がありません」「まぁ、おいおいだな。真由美にでも習え。公式の場で化粧をしない女は失礼だぞ」
恥ずかしそうにもじもじしだすセリカ(芹香)に苦笑する夢路。すっかり父親である。
「お化粧したら、『可愛い』って言ってくださいますか? 」「ああ」
夢路はにこりと笑って言う。「だが、俺に言われてどうするんだ? もう少し真面目で面白みが無くて家に金を入れる男にしておけ」
夢路には冗談のつもりだが、セリカ(芹香)は嬉しそうに首を縦に振った。
「夢路おじ様。質問が」
セリカ(芹香)は河田の一件で思ったことを口にした。
「河田さんを食べた食人鬼さんの行方ですが」「普通に仕事しているぞ? 」衝撃の事実であった。
「誰も仇を取ろうとかしないのですか? 」
「『彼』は職務に忠実で、税金を納め、兵役も終えている理想的な臣民なのだが? 」
ここが、セリカ(芹香)にはよくわからなかった。
「人を殺すと、逮捕されますよね? 」「治安維持のためには必要だな」
「では、彼の者はなぜ裁かれないのですか? 」「『人を食う』のが『食人鬼権』で認められている」
それは『人権』と同等の価値を持っていると解説する夢路。
「『人権』って何ですか? 」「『人としての権利』だ。それは闘争によって得る」
「その『闘争』とは? 」「『社会の役に立つ』ことじゃね? 」
この世界では、人間とほぼ同等、もしくはそれ以上の知性を持つ生き物が少なからず存在し、
彼等のいくつかは『人間』を食べなければ生存できない。
「だから、『腕章』がある。公然の秘密だがな」「……」
「河田の場合は、ちゃんと周りに迷惑をかげずに食ってるからな。道路も綺麗に清掃して帰ったそうだぞ」
狂っている。
「『人権』と『食人鬼権』がぶつかった場合、どうなるのでしょうか? 」
「古くは殺し合いで解決した。今は『腕章』の有効期限が切れた奴なら『食う』ことが認められている」
『食人鬼』たちは生きている人間を定期的に捕食しなければ生きていけないらしい。
「おかしいと。思いませんか? 」「そういう世界だからこそ、お前は『生きることが赦されている』」
夢路はそう言った。




