第二十話。『ありがとう』って言いませんでした
破廉恥な悪戯を繰り返す河田先輩が死んだ。
河田先輩の葬式にはセリカ(芹香)達と老いた母のみが出席した。
「こんな素敵な恋人を残して逝ってしまうなんて」河田の母は泣いていた。
「皇紀2605年(昭和20年。西暦1945年)。大東亜戦争停戦。魔王戦争へ」
私室で学習課題をこなす娘。名前をセリカ(芹香)。学習課題のみならず自習にも余念がない。
「あ~懐かしいな。あの当時は『遥』が五人いれば俺たちは負けていた』ってマッカーサーの奴が言ってたよ。マの奴は面白かったなぁ。俺、奴と一緒に写真撮ったんだ」
はぁ。セリカ(芹香)はため息をついて自室に無断で入ってきた闖入者を睨んだ。
その男は知らないうちに『歴史資料集』と書かれた電子書籍を読んでいる。
新聞紙ほどの大きさの透明な『紙』が動き、様々な動画や情報を高速で表示していく。
こほん。セリカ(芹香)は咳払いをする。夢路は鈍いところがある。
一度咳払いをして注意を惹いてから夢路をもう一度睨むセリカ(芹香)。
「夢路おじさま。婦女子の部屋に無断で侵入。破廉恥ではありませんか? 」
「婦女子って……。お前。俺の娘だし」「それは、そうですが」
ちなみに、遥家の部屋の仕切りは襖のみで鍵はない。
「勉強の邪魔になるなら、気にするな。俺にはお前を襲う趣味はないぞ」
そういってゴロリと横になり、電子書籍の閲覧に戻る夢路。
黙っていれば夢路は美男子である。意識するなと言うほうが難しい。
「娘に夜這いですか? 」「俺には娘に試し腹をする悪趣味はない」
そういってだらしなく寝転がり電子書籍の閲覧に没頭する青年。
「出て行ってください」「真由美と喧嘩したみたいだが、どうしたんだ? 」「?! 」
電子書籍の影から夢路の視線がセリカ(芹香)を射る。「あいつは気丈に振舞っているが、可也傷ついているぞ」
狼狽するセリカ(芹香)だが即座に夢路に告げる。
「なんでもありません」「そんなわけあるか」
「とにかく、出て行ってください」
「お前、俺達が真由美の厚意で居候している身って事。覚えているだろう」「うっ?! 」
流石のセリカ(芹香)も本部の『あの空間』で生活するのは嫌だ。
「もう一度言う。何があったか。言いなさい」「……」
セリカ(芹香)は訥々(とつとつ)と話し出した。真由美との間に何があったのかと。
「そっか」夢路はこともなげに言った。「謝って来い」
「ど、どうして真由美さんの痴態に私が謝らなければならないのですか」「謝って来い」
「さもないと親子の縁を切る」そう夢路は告げた。つまり、帝都を離れろという意味だ。
「わかり。ました」
軽く唇を噛んで頭を下げるセリカ(芹香)の頭を撫でる夢路。
「そんな顔するなよ。親鳥について回るカルガモの子供みたいに『真由美さん』『真由美さん』って言ってたじゃないか」
確かにそうだが。
「山田の娘は綺麗になったなぁ」「? 」
「山田太郎。俺と遥の友人さ。花子ちゃんが戦巫女になったと聞いて驚いたが」
「ひょっとして」「おう。『由香』ってのは戦巫女としての名前だ」
由香は露西亜系のスラリとした体つきの美女である。『山田』と言う名前が似合う顔ではない。
「久しぶりに会ったから以前は気づかずボコっちまったけどなあ」
フェミストに見える夢路だが、一度敵と見たら容赦しない。
ちなみに、常勝は真由美の蹴りの一撃で吹き飛ばされ、
ジャスティンは適恵と大田の連携の前に敗れている。
「では、次から『山田さん』と言えばよいのでしょうか」「絶対辞めておけ」
『数が多いから』という理不尽な理由で前線に送られる事の多かった『山田』姓の人間は、現在ほとんどいなくなっている。『鈴木』などもそうだ。
だから、かつて一般的だった姓を持つ者は自分の姓を名乗ったり呼ばれる事を躊躇う傾向がある。
「あれだけ懐いていたのに、急に山田の娘にべったりだ。機嫌も悪くなるものさ」
真由美にほとんど口を効いていないセリカ(芹香)だが、
その間も真由美はセリカ(芹香)を何度も助けてくれた。仕事しかり、人間関係しかり。
「だって。真由美さんが」セリカ(芹香)が口を開きかけたところに。
「セリカ(芹香)ちゃん。いる? 」「! 」
噂をすればなんとやら。襖をあけて入ってきた美女の姿を見たセリカ(芹香)は飛びのき、夢路の背後に回って猫のように毛を逆立てる。
「フー!!!!!!!! 」
興奮して追い出しにかかるセリカ(芹香)。「お前は。子猫か」夢路は呆れ帰った。
「最近、ずっとこうなの」
真由美は苦笑してみせる。実は可也傷ついているが。
「セリカ(芹香)ちゃん? 」「近づかないで下さいっ! 引っかきます! 」
お前は猫か。最強の戦闘種族の威厳はどうした。
「お前が、先に謝れ」「いえ。おじさん。私が悪いの」
眷属化したのは、真由美の責任ではないのだが。
「セリカ(芹香)ちゃん」「フー! 」
夢路は動かない。夢路の背後を離れそのまま部屋の隅で真由美を威嚇するセリカ(芹香)。
「セリカ(芹香)ちゃんってば」「フー!! 」
ガタガタと震え、涙を流しながら威嚇するセリカ(芹香)に真由美は悲しそうな顔をした。
「真由美さんだけは、真由美さんだけはそういうことはしないと」「脅えさせてごめんなさい」
セリカ(芹香)は真由美に抱きついて泣き出した。
「真由美さん」「うん? 」「いつも『ありがとう』ございます」「こちらこそ。ごめんね」
「俺、邪魔? 」抱き合って涙を流す娘たちに問う夢路だが、セリカ(芹香)と真由美の耳には入らない。
いつの間にか隣にいた真由美の上の妹、智魅が一言。「スッゴク、邪魔」
次の日の朝。
「真由美さん。真由美さん」「ちょっと! セリカ(芹香)ちゃん。朝から抱きつかないでっ!? 」
最近、装甲車で送迎してもらっていたセリカ(芹香)が急にまた電車で通うと言い出したのできてみれば。ジャスティンと由香はその理由を知った。
「また、べったりだな」「前より酷いですね」
由香はちょっと傷ついていた。「馴れ合うつもりはない」と言いつつ「由香さん」「由香さん」とついて回る娘を憎からず思いだしていた所だし、なんだかんだと買い物を一緒に楽しんだりした仲だ。
「あ。山田さん。森田さん。今日も宜しくお願いします」「誰から聞いたっ?!? 」
ペコリと頭を下げるセリカ(芹香)に早朝なのに大声をあげてしまう本名・山田花子こと『由香』と本名・森田正義。
「小父さまからですが」「夢路殿。内密にしろと言ったのに」「おじさんのばかぁ……」
羞恥に顔をゆがめる二人だが、早朝で見えにくくて助かったと思っていた。
如何なる暗闇でも見通すセリカ(芹香)にはしっかり見えているけど。
「最近、常勝さんの姿が」「富士山麓にピクニックに行っている」「それは素敵ですね」
死にそうになっているが、ここでは触れない。連れ立って歩く四人。『由香』の手を誰かが握った。
振り向く由香。同じようにセリカ(芹香)に手を握られて苦笑いしている真由美がいる。
「馴れ合うつもりは、ありませんから」「そうですね」セリカ(芹香)はまた微笑んだ。
ジャスティンはその様子に暖かい笑みを浮かべて、三人を先導する。
……。
……。
「白河殿。おはようございます」
闇の中、礼儀正しく頭を下げる森田青年ことジャスティン。
「白河主任。おはようございます」闇の中で『影に溶け込む』セリカ(芹香)を認識することは難しい。
だが、白河はだいたいのアタリをつけて、セリカ(芹香)のいる位置に優しく手を振った。
「白河さん。私もいるんだけど」「おっ? 真由美ちゃんもいるのか? 」
最近、セリカ(芹香)のほうが出勤が早いので、それにあわせて白河も早めに出勤していた。
「今日は、白餡を用意しました」「おお。由香ちゃん。それは楽しみだ」
夜が明け、朝礼が終わり、四人は退屈していた。
「何もおきませんね」「この会話、最近ずっとだね」
由香とジャスティンは苦笑いしている。聖騎士や戦巫女に喧嘩をうる愚か者は少ない。
「まぁ客人はゆっくりしておきなさい」「はい」「はい」
二人は神殿寺社組合から給金を貰っている立場なので、『帝都観光』の警備をする責任は本来無い。
そこに、ノックの音が響いた。
すわ、河田か。由香は真剣を抜こうとしたがジャスティンが制止した。
ジャスティンは『聖剣』を抜いて不敵に笑うと「どうぞ」といって鍵を開ける。
セリカ(芹香)は座布団を頭に抱えて「河田先輩だったら『いない』と伝えてください」と言った。
すっかりトラウマになっているらしい。
「……セリカ(芹香)ちゃん。いる? 」「? 」
警備室の扉を開けたのは真由美だった。
「河田が死んだわ」
真由美はそれだけ告げると、彼の葬式の会場と時間を教えてくれた。
……。
……。
行くつもりも。行く義務も無い。そのはずだったセリカ(芹香)だが。
「河田」そう書いてある家の門をくぐろうとして、また何もない空間に頭をぶつけた。
玄関に枯れた菖蒲と蓬が飾ってあった。
「こんにちは。家人はいますか」
ジャステインが声をかける。奥から老婆が出てきた。
遺伝子治療や老化防止術の進んだ現在、『老婆』は珍しい存在だ。
「不肖の息子のために来てくれて、誠にありがとうございます」
そういって丁寧に頭を下げる老婆。
「いえ、義貞さんには職場で何度も助けていただき」
真由美はそういっているが、完全な社交辞令であり、迷惑は受けたが助けてもらったことはない。
それは、家に入ることが出来ない娘もそうである。
「河田先輩には……」セリカ(芹香)はそういいかけてふと呟いた。
「可愛いって。言っていただきました」
そう、異性に言われたことは、セリカ(芹香)にはない。
「あなたが、セリカ(芹香)さんですか。息子もこんな可愛い婚約者を遺して」
凄く勝手なことを親に言っていたらしい河田だが、セリカ(芹香)も真由美も特に何も言わなかった。
「失礼。僧がいないようですが」
ジャスティンがそう指摘すると、「皆、経をあげてくれないのです」と老婆は泣き崩れた。
帝国臣民の義務を果たさずに『腕章』の有効期日を切らせてしまう不届きものに。人は冷たい。
「愚僧で宜しければ」
ボロボロの僧衣を纏った男がそう告げる。
「生きていたのか。常勝」「……ジャスティン。恨むぜ」
「あら。常勝さん。富士山麓は風光明媚と聞きますが、よかったですか? 」「由香。マジ。後で」
常勝はその続きを飲み込み、「破戒僧と呼ばれる願武装僧ですが」と言って家に上がる。
「『人で無し』になった息子に経を上げてくれるなんて」
泣き崩れる老婆に優しく手を添えるジャスティン。
「罪も愚かさも人の道。悟りを得ることならず進む弱き魂にも等しく手を差し伸べて共に歩むのは仏の道ですから」
常勝はそういって、朗々とした声で経を上げだした。
『親族の恥』として親族も参列しない葬式を終えたセリカ(芹香)たち。
連れ立って。帰路につく。闇の中を『人間』が一人で歩くのは自殺行為だ。
「私、河田先輩に『ありがとう』って言っていません」セリカ(芹香)はそれだけ告げた。
由香が止めるのも聞かず、「経」を至近距離で聞いたセリカ(芹香)は鼓膜が破れ、瞳からも血が出ている。
何度も喀血し、危険な状態だ。にも関わらず、彼女は自力で歩む。歩もうとする。
「私、泣いて良いのでしょうか」
セリカ(芹香)の言葉に、誰も応えることは出来なかった。




