第十八話。さっさと着替えて。「え……」
暗闇に包まれた女子更衣室で涙を流すセリカ(芹香)。慰める真由美。
「近づかないで下さい。汚らわしいです。真由美さん」「どうしてこうなる」猫のように毛を逆立てて「フー! 」と言うセリカ(芹香)に真由美は苦笑を禁じえない。
「……」
女子更衣室の中で沈み込んでいるセリカ(芹香)を真由美が発見したのは残業を終えた後だった。
「真由美ッ!? 」「真由美ちゃん! 助けてっ?! 」
……まさか、またセリカ(芹香)がナニかやらかしたのだろうか。真由美はため息をついた。
『あの魔族の娘がロッカーから出てこない』
帰宅が出来ないと抗議する娘やそうでない貴婦人達の猛口撃を受けた真由美は致し方なく更衣室を空けた。
「セリカ(芹香)ちゃん? いる? 」「いません」
いるじゃないか。真由美は真っ暗なロッカーの中を歩く。
「セリカ(芹香)ちゃん? 」「こないでください」
しくしくと泣き声がする。真由美はため息をついた。
「故郷が恋しくなっちゃったのね」
其の所為で周りが大迷惑なのだが、それを指摘するほど真由美は残酷ではない。
本来ならば他の先輩や上司がフォローするべきところを真由美一人の負担になっている。
当たり前だが毎年恒例の新入社員歓迎会が今年は『無し』になった。
理由は言うまでも無い。今暗闇の中で泣いている娘にある。
「もう嫌です。お父様。お母様。帰りたいです」
しくしく泣くセリカ(芹香)だが、望んで出てきたのは彼女自身の選択である。
「わかっているんです。私のわがままでここに来たんですから」
両親が死ぬまで親元で暮らす選択もあったが、彼女はそれを由としなかった。
「電気、点けるわよ」
真由美は更衣室の電灯を点けると、「泣くのは自分の部屋でして。皆は『夜までには』帰らないとダメなんだから」と告げる。
「……夜まで。には? 」「そう。用が済んだらすぐ帰る」
ほら、着替えてっ! 着替えてっ! と真由美に急かされ、セリカ(芹香)はのろのろと服を……。
「真由美さんの。前で。服を。……脱ぐんですか? 」「……女同士。更衣室は共用なんだけど? 」
真由美はさっさと脱いで私物入れ兼脱臭洗浄浄化装置に制服をかけていく。
「セリカ(芹香)ちゃん。早く脱ぐ」「……」
しどろもどろしているセリカ(芹香)に苛立つ真由美。このままでは他の皆が帰れない。
「脱がすわよ」「……自分で、脱ぎます」
更衣室の隅に移動して真由美に背を向け、チラチラ様子を見ながら服を脱ぎだすセリカ(芹香)に苦笑する真由美。
「のぞかないから安心して」「本当ですか? 」
「本当よ」「本当に。本当に。本当ですか? 」……智魅のバカ野郎。真由美は苛立った。
あの上の妹は過激なスキンシップを好む。自分も可也揉まれた。何を揉まれたかとかはココでは書かない。
可哀相なのは昨今家を出入りするようになった大田少年である。
智魅に股間は揉まれる。隙あらば思春期まっさかりの敏感な首筋に息を吹きかけられる。
組み手で押し倒されて第二次性徴の所為で激痛が走る胸の先を舐められると心身ともども多大な被害(?)を受けている。
「おおお。でかいでかい。元気元気」「やめてくださいっ?! 智魅さん~~~~~! 」
閑話休題。
のろのろと着替えだしたセリカ(芹香)はチラチラと真由美が覗かないか警戒しつつ着替えを済ませていく。
「……」真由美が視線を向けると「ばっ! 」と身体を隠した。ため息をつく真由美。
これが淫魔すら恐れるダークエルフかと思うと頭が痛くなる。
「の、の、覗かないって言ったじゃないですか?! 」「……視線を感じただけよ」
「ダメですよっ?! こっち向かないでくださいっ! 」「靴下しか着替えてないじゃない」あと帽子と腕章だけ。
ため息をつく癖がついてきた真由美は手早く下着も着替えていく。
女性にとっては一日の体臭のついた下着を『夜』や『逢魔が刻』に着けて歩くのは自殺行為だ。
耐弾性が少しあるベージュの下着から対淫魔用の白い下着に手早く着替えて余計な肉を収納。
下着の具合を調えていく真由美。さっきから視線を感じる。
「真由美さんって。綺麗ですね」はぁとため息をつくセリカ(芹香)に。
「……ナニ見てるのよ」
というか、ダークエルフのセリカ(芹香)が言うと嫌味にしか聞こえない。
でかいし、ほそいし、でかいのに形整いすぎてるし、色艶良すぎるし。
淫魔ほどではないが、あっちは露骨に厭らしい外見に対してセリカ(芹香)は『美しい』。
「ほら、耐淫魔用の下着にさっさと着替えて」「は、はい……」
「こんどこそ、こんどこそこんどこそこんどこそ」「覗きません」
変な趣味はないぞと真由美は綺麗な眉をしかめ、口元をひくつかせてみる。
「これって」「? 」
つけかたがわかりません。そういうセリカ(芹香)に真由美はがっくりと肩を落とした。
「見ないで下さい」「無理言うなっ! 」
「ほらっ! 自分で入れるっ! 」「は、はい……」
物凄く恥ずかしい。詳細は省く。
「なんで私が実演を見せなければいけないのよ」「ごめんなさい」
真由美は気がつかなかったが、彼女の掌には少しセリカ(芹香)の汗がついていた。
甘い匂いと軽い眩暈に『働きすぎかなぁ』と思いながら下着の着け方を教える。
真由美の唇から甘いため息が漏れた。
「こ、これで良いですか? 」くるっとその場で一周回って見せるセリカ(芹香)。
初めてにしては上出来である。対淫魔用の下着は着脱にコツが必要だ。
「うん。すごく。いいよ」「よかった」
そういって真由美に背を向けて出勤用のスーツのスカートを着けるセリカ(芹香)。
すっと真由美の身体が動く。
「綺麗よ。芹香」真由美の赤く燃える唇がそう呟き、背後から其の手がセリカ(芹香)の胸に伸びた。
……。
……。
「……! 」
あれ? 真由美が正気に返ると胸を押さえたセリカ(芹香)が予備のグロックを真由美に向けてヒステリックに何か叫んでいる。
ガタガタ震え、黒い顔を青ざめさせ、髪の毛が逆立って凄く脅えているのはわかるが、
ナニを言っているのかサッパリわからないほど恐怖しているセリカ(芹香)に真由美は小首をかしげた。
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「あ~。ごめん」
『眷属』でも智魅のような完全耐性能力がない限り純魔族の『蟲惑の体液』は多少は効くらしい。
知らなかったとはいえ、悪いことをした。
乱れた下着を抑えて涙を流しながら抗議しているセリカ(芹香)には悪いが、
逆に言えばしっかり対淫魔用下着の装着が出来た証拠である。上出来と言える。
「あはは。冗談、冗談」
カラカラと笑う真由美に対してセリカ(芹香)は指導どおり銃口をずらさず、揺らさず。
「ちょ、ちょ? 撃っちゃダメっ?! 」「淫魔撃滅ッッ!!!!!!! 」
安全装置を外し、両手でしっかり持って腰を入れ。
「キャ、キャラ変わっているわよっ?! 」
「『眷属』の分際で我に仇成すとはっ?! 姉妹そろって赦さんっ! もう赦さんっ! 」
「ちょっ?! 『そっち』なのっ?! 『そっち』なのっ?! 」
「これは『我ら』の総意だっ!!!!!! 」「そういう所で意気投合しないでっ?! 」
というか、『蟲惑の体液』は『眷属』にも効くことくらい教えて欲しいと真由美は抗議するが。
「赦さんと言ったら赦さんッ!!!!! 妹の分も責任を取れっ!! 」
「なんで私が智魅の巻き添えを受けないといけないのよっ?!! 」「うるさいうるさいうるさ~い!! 」
意外。というか『こっち』のほうがボケがキツイんじゃないかと真由美は思いながら、仕事明けの疲労を『蟲惑の体液』の力で増した身体能力で打ち消してセリカ(芹香)を取り押さえた。
今度は、慎重に手袋を持って抑えたので『暴走』せずに済んだが。
この日から三日間。セリカ(芹香)は真由美に口を利いてくれなくなった。
真由美がダークエルフに犯され、眷属化したのならこの更衣室ごと小型核を使ってでも消さねばならない。女子社員たちは遂に痺れを切らし、中の様子を恐る恐る覗いたのだが。
「真由美さんも女性しか愛せない人だったんですね。お付き合いしている男の方がいらっしゃらないと思ったらそういう趣」「なん。ですって~? 」
彼女たちが見た光景は、『純魔族』が乙女の怒りと怨念のこもったただのパンチで倒れる瞬間であった。
真由美はその日から、更に彼氏が出来にくくなった。




