第十六話。推定。無害
芹香・九頭龍・楼蘭人です!
頭を下げる『新入社員』に。彼らは死の恐怖を感じた。
彼女がなにかに滑って花瓶で頭を強打し、気絶するのを見るまでは。
「せ、セリカ(芹香)さん。た、立てます。立てます。私は立てます。手を離してほしいのですが」「? 」
事情を多少知ったので流石にもう失禁はしないが、
恐怖に震える江藤に不思議そうにしているセリカ(芹香)。
天然ドSにしか見えないが、正しくはボケである。
「江藤。脚が震えているみたいだし、セリカ(芹香)さんの好意に甘えていいんじゃないか? 」
大田は『江藤さん』『江藤様』ではなく、江藤を呼び捨てた。
「ほら、荷物もってやるからさ」前も持ってたし、問題ない。
「江藤さん。セリカ(芹香)さんの好意を無碍にしないでください」
適恵はそういって倒れそうな江藤の背中を抱いて前に進ませる。
「太田君。適恵さん……ごめん。ゆるじでぇ……」
大田と適恵は悪戯坊主のような笑みを浮かべている。
その様子に苦笑いしている聖騎士と戦巫女。
「これも修行よ」
たくましい肉体の破戒僧は江藤にそう告げた。江藤は鼻水交じりの涙を流した。
「ほら、江藤。おぶってやるからさ」
小柄な大田少年には自分より背が高い江藤を担ぐのはつらいはずだが。
「お姉さま。セリカ(芹香)さん。学んできます」「学んでらっしゃい」
「江藤。立てるか」「無理……」「しっかりしてください」
セリカ(芹香)たちと別れ、学校に向かう学生たちに。
「江藤さん。大丈夫でしょうか」心配そうなセリカ(芹香)。
「お前の所為だろ」と言いかけた真由美と聖騎士達。流石に憚ったが。
「車。あるぞ? 歩くのか? 」「ええ」「初出勤から送迎はちょっと」
常勝は彼ら聖騎士達が乗ってきた装甲車を指す。
旭日旗と巨大な音波兵器スピーカーがつき、札が張っているまがまがしい車。
ちなみに、われわれの世界ではどこぞの政治結社の街宣車に見える。
ジャスティンからすればセリカ(芹香)が道を出歩くのは避けてほしいし、素直に車に乗ってほしいのだが。
「招き入れると……ですよ? 」「わかっています」由香の台詞に頷く。
常勝は衛星追跡装置を使い、遠くから徐行運転でセリカ(芹香)と真由美を追う。
「やだなぁ」真由美。気持ちはわかるぞ。
始発列車に乗った二人は朝もやの中『帝都観光』の門前に立つ。
「うー。さぶさぶ」そういって手をこすり合わせる真由美。鍵を持っている人を待つ。
やがて守衛のおじさんが出勤。
「おはようございます! 白河さんっ! 」
「おはようございます! 楼蘭人と申します! 今日からお願いします! 」
一斉に頭を下げる二人。幸いなことにまだ回りは薄暗く、セリカ(芹香)の黒い肌は周囲に溶け込んでしまう。
「おっ? 真由美ちゃん! 今日も早いねっ! 悪い悪い。今あけるからっ! 」
白河は別にセリカ(芹香)を無視したわけではなくて、『影に紛れ込む』セリカ(芹香)を認識できなかっただけである。
「じゃ、今日も一日がんばってね」「はい! 」「はいっ! 」
白河は「真由美ちゃん。二回もしゃべらなくても」と思ったが気にしないことにした。
「新入社員を紹介します」
真由美はあらかじめ今回の新入社員が書類上は『人間』だが実は魔族だと言うことを告げ、下準備を整えていた。
悪い子でも、危害をもたらす性格ではないことも、腕利きの聖騎士達三名が監視してくれるとも告げたのだが、当初は妄言とされて減給をくらい、聖騎士達が真由美の発言を保障した瞬間、社員のほとんどが逃亡する騒ぎになった。
退職したら最後、路頭に迷うしかないため。
仕方なく残留を決め、死の恐怖に震えながら。
土気色の顔をして『魔族』を見ている社員たち。
なぜ、魔族が観光会社に就職するのだ。何の意図だ。
ああ。間違いと言ってくれ。俺はまだ死にたくない。私はまだ未婚なのに。
いやいや。俺にはまだ6歳の子供が。私だって夫を喪って14の食べ盛りの子が。
しずしずと昔ながらの淑女のように歩く黒い肌の魔族は深々と彼らにお辞儀をした。
「かわいいっ??! 」たったひとりだけ頭の緩いことで鼻つまみものになっている男が叫ぶが。
他の皆は今までの短い人生を走馬灯のように振り返っていた。
「セリカ(芹香)・九頭龍・楼蘭人ですッ! 」
緊張して後半声が上擦ってしまったセリカ(芹香)。
「よ、よ、よろしくお願いしまっ??! ああああぁぁぁっ??! 」
派手に滑って転んだセリカ(芹香)。あわててテーブルクロスを握ったのが良くない。
上から書類と水の入った花瓶の直撃をうけて気絶する。
退職したら最後、路頭に迷うしかないため、仕方なく残留を決め、死の恐怖に震えながら『魔族』を見ていた社員たちは呆然としていた。
「だから。無害って言ったでしょ。先輩がた」
真由美はため息をついた。




