第十四話。ひとりじゃない
「ひとりではありません」
差し伸べられた手は暖かく。
お父様。お母様。芹香にはお友達がたくさんできました。
「シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ」
柴田を連れ出そうとする智魅とセリカ(芹香)。
「助けて」セリカ(芹香)の「ばっしゅ」に手足のない娘が噛み付いた。
「ひっ? 」怯えるセリカ(芹香)。
「ご主人様。愛して。愛して」
どんなことでもします。愛してます。ご主人様。愛しています。
壊れた人形のような台詞を繰り返し、楽器をもった少女が後ろから智魅に抱きつき、
智魅のうなじをなめ、胸元に手を差し込む。
ずるずると触手を伸ばす『娘だったモノ』は救いを求めてセリカ(芹香)の身体に舌とも腕ともいえぬモノを伸ばす。舌を切り取られ、先端を焼かれた娘も、それに加わる。
「たすけて」「たすけて」「たすけて」「犯さないで」「もう許して」「なんでもします」
「クスリヲ下サイ」「モットモットアイシテ」「コロシテ コロシテ」
「何処の、『蜘蛛の糸』よ」
舌打ちする智魅は、青く光る爪を伸ばしてセリカ(芹香)の、柴田の前に立つ。
「セリカ(芹香)ちゃんっ?! 」
セリカ(芹香)の身体を這いずる触手をその爪で切断する。
「いたいっちゅっばっ! いだばばつっ??! 」悲鳴をあげて暴れるその娘だったモノに蹴りを入れて飛び退く智魅。
「逃げるわよっ! セリカ(芹香)ちゃん?! 」
そういって、呪いの言葉を吐き続ける柴田を背に背負い、セリカ(芹香)の手を引く。
「智魅……さん」
セリカ(芹香)は呆然としてつぶやいた。
「たすけて」「たすけて」「たすけて」「犯さないで」「もう許して」「なんでもします」
「クスリヲ下サイ」「モットモットアイシテ」「コロシテ コロシテ」
「たすけて」「たすけて」「たすけて」「犯さないで」「もう許して」「なんでもします」
「クスリヲ下サイ」「モットモットアイシテ」「コロシテ コロシテ」
「みなさん、『助けて』とおっしゃっております」
涙をながして首をふるセリカ(芹香)の腕を智魅は無言で引っ張った。
セリカ(芹香)の靴に噛み付いている娘に無慈悲に蹴りを入れ、引き剥がす。
「私たちは、自分を護るだけで精一杯」
「柴田さんは……」「氷川も、大城もいたわ」
一人だけでも連れて帰る。柴田が一番、「軽い」。
「閉めるわよっ! セリカ(芹香)ちゃんっ?! 」
「ごめん……なさい」扉に、指だったと思しき器官が割り込む。
「だずげで。だずべで」「ひっ? 」
智魅は、容赦なく、『そのまま』閉めた。
肉片が飛び散り、血飛沫を上げた。
「……ここまで、酷いとはね」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ」
「二人とも、五月蝿い」
智魅はぴしゃりと言い放ち、ため息をつく。
青い爪が血を吸ってほのかに赤く輝いていた。
「酷い、コンパもあったものね」
複数の大学同士で婦女誘拐、暴行を影で行う同好会程度の組織だと思っていた。
まさか、あのボンボンどもがここまで外道だったなんて。
「考えてみたら、当然よね。あいつらの親父たちはいまだにクソッタレな戦争を支えているんだし」
むしろ、人間の良心を信じている智魅が異常なのだ。
知能特化型なのに、「盲信」を持っているなんて。
「柴田は、そこそこのお嬢様。ひょっとしたら打開できるかもしれない」
もみ消されることもあるが、そうならないように手はずはとった。
そしてため息。「結局、私は人を利用することしか知らないのね」
その言葉は、だれの耳にも入らないはずだった。
遠く離れた針が落ちる音すら聞き分けることのできる娘を除いて。
「こっち」
『光る爪』で周囲を照らしながら智魅は歩く。正直、つらい。智魅には体力があまりない。
『軽い』とはいえ、手足のない人間がこれほど重く感じるとは知らなかった。
「止まって」「? 」
「決着を、つけるわ」爪を伸ばす智魅。その爪に燐光が宿る。
『火球爆裂!!!!! 』
振り向きざまに小さな火の玉を5つ背後に飛ばす智魅。
智魅の指にそれぞれ宿った小さな火の玉はそれぞれ個別に敵に直進し、爆発炎上する。はずだった。
ニヤリと笑ってみせるその男は、『剣』を振ってその猛攻をすべて切り落とした。
「その程度の魔導では、俺は倒せないぜ」あざ笑う、角瓶を持った男。
「貴方、『魔剣士』ね」「それも、ちゃんとした『プラスワン』だ」
「ミスリル……」「ふふ。お前の身体も切り刻んでやるさ」
「はぐれ魔導士と、『魔剣士』の実力の違いを見せてやる」
あざ笑う男と迎え撃つ智魅。ミスリルの剣をなんとか10本の爪で防ぐ智魅だが。
「甘いっ?! 」「くっ?! 」鉄をも切り裂く『爪』すら、ミスリルの剣に敵わない。
「服を脱げ。かわいがってやる」「あら。怖い。あたしはまだ処女なの。優しくしてほしいなぁ」
信じがたい事実だが、智魅は本当に男性経験がない。
「くちづけもまだなのにぃ~♪ 」そういってしなをつくってふざける智魅。
男は「では、手足を切り落としてから楽しんでやる」といって剣を構えた。
そこへ。
「ふざけないでください」少女の声が響く。
「? 」「せり……ちゃん? 」
男と、智魅の視線が、禿頭の鬘と変な鼻毛眼鏡をつけた娘に移る。
「剣は、心を写す鏡です」
眼鏡を取る。潤んだ。それでいて強い意志を秘めた瞳。整った鼻。
「貴方の剣は、泣いていますよ」
鬘に。手を伸ばす。ふわりと大河のように、美しい黒髪が闇に解けた。
「婦女子の身体だけを求める貴方は。歪んでいます」
潤んだ瞳から一筋の涙が流れる。
「どうして、一人の。一人だけでいいのです。
『すべて』を求めてあげないんですか。そうすれば、どなたかが応えてくれるのに」
ボタンがはじけた夢路のコートの下の蟲惑的な身体。智魅に買ってもらった服の上から。見える。
「どうして、そんなことをするのですか。あなたの目はなんのためにあるのですか? 貴方の耳は何処にあるのですか? 」
耳を覆う耳宛がはずされ、長く、黒くとがった耳が飛び出る。彼女の『怒り』を宿して上に。高く。鋭く。
「貴方は、父母に『愛している』といわれたことがないのですか」
男は、目を見張った。
「ダーク……エルフ……だと? 」
セリカ(芹香)は寂しそうに笑った。
「貴方は、人間ですよね? 」
「せり。ちゃん? 」「……変な『声』が時々聞こえるんです。『殺せ』『犯せ』って」
「……ばけものめ」「私には、貴方のほうが『ばけもの』に見えますよ」
男はダークエルフすら恐れない。「殺す」「貴方は、哀れです」
凶刃が芹香に振り下ろされようとしている。智魅は芹香の身体に覆いかぶさった。
「ごめん。セリカ(芹香)ちゃんと一緒なら、おじさんといっしょなら大丈夫だとおもったの」
「その言葉は、肯定だ」
セリカ(芹香)の口元が醜く歪む。嘲笑に。
『影』に腕を吹き飛ばされて悲鳴を上げる男の血を舐め、愉悦の表情を浮かべる。
「その程度の腕で、我に敵うと思うか? 」
芹香の全身から触手のように『影』が伸びた。
そこに。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。受・想・行・識亦復如是。舎利子。是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。是故空中、無色、無受・想・行・識、無眼・耳・鼻・舌・身・意、無色・声・香・味・触・法。無眼界、乃至、無意識界。無無明、亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。無苦・集・滅・道。無智亦無得。以無所得故、菩提薩埵、依般若波羅蜜多故、心無罣礙、無罣礙故、無有恐怖、遠離一切顛倒夢想、究竟涅槃。三世諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿耨多羅三藐三菩提。故知、般若波羅蜜多、是大神呪、是大明呪、是無上呪、是無等等呪、能除一切苦、真実不虚。故説、般若波羅蜜多呪。
即説呪曰、羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶。般若心経」
大音響とともに、退廃音楽調の般若心経が建物に鳴り響いた。
「痛いっ!? 耳がっ?! 痛いっ! 身体がっ! 痛いっ?! 」
「腕がぁぁぁっ! 腕がっあっ??! 俺の腕がぁぁぁっ?! 」
そういってのた打ち回りだす芹香と『魔剣士』の男を智魅は呆然としてみている。
低級霊程度ならこれだけで消滅する音波兵器の一撃である。
同時に全身に経を描き、鋼鉄の金砕棒を持った僧、
刀を握った巫女、全身を輝く鎧に包んだ聖騎士が走る。「まって。ころさないでっ!! 」
智魅が、芹香をかばう。
「眷属かっ?! 」「共に滅ぼすっ! 」「……お願い。この子は、違うの」
智魅は震えながら、聖騎士の剣にその身を晒す。「智魅さんっ?! 智魅さんっ?????! 」
セリカ(芹香)の声が智魅の耳に聞こえる。
――― これって、バチがあたったんだろうなぁ ―――
智魅は苦笑いして、それでもセリカ(芹香)をかばうようにその身体を。
「『眷属』ともども、死ねええぇぇっ!!!!!!! 」
つまんない、死に方だなぁ。でも、セリカ(芹香)ちゃんを護れそうだ。
「やめろ」
「姉に何をするのですか」
「うちのかわいい妹たちに手を出すなら相手になってあげるわ」
「あ……」
智魅は、もうその声を聞くことはないと思っていた。
「智魅さん。大丈夫ですか? 」
聖騎士と堂々と切り結ぶ、可愛らしい少年。その名は大田。そこに見知った少女が加わる。
「子供二人が私と互角!? そんな莫迦なっ?! 」
聖騎士が驚きの声を上げる。少年たちはにこりと笑って見せた。
「俺の弟子だからな」
こともなげに巨大な式神を斬ってみせる青年。夢路。
「心配かけて。あとで説教だから」
軽く涙を見せて微笑む女性。真由美は金砕棒を持った巨漢を一撃で蹴りたおした。
「買い物にしては遅いから……心配になって探しちゃったわよ? 」そういって真由美はウインクした。
セリカ(芹香)と智魅は安堵のあまりへたりこんだ。
「がんばったな」その二人の傷を夢路は優しく癒してくれた。
「うちの妹たちが邪悪かどうかなんて、『悪意感知』でもなんでも使えばいいじゃない? 」
捕縛されて尚、セリカ(芹香)を斬ると五月蝿い聖騎士たちに真由美はウンザリした声をあげる。
「よかろう」聖騎士は悪意を見抜く力と絶大な戦闘能力を異世界の神、『正義神』より与えられた存在だ。
「……汝は邪悪ならず」
聖騎士は震える声でそうつぶやいた。
驚愕する願武装僧と戦巫女たち。
「うそ……」
「嘘なんてつかないわ。お坊さん」
全身に経を描き、自ら百八の煩悩に身を沈めることで絶大な身体能力とダークエルフの誘惑に抗う力を得た破戒僧、『願武装僧』には嘘を見抜く力が備わっているが。
真由美たちが嘘をついている様子はない。
極めつけは、戦巫女。
彼女はあらゆる穢れを敏感に察知する力があるが。
「……」絶句している。三人はセリカ(芹香)は邪悪ではないという結論を下さざるを得ない状況に追い込まれた。
「汝らはすべて。邪悪なり」
聖騎士は、『魔剣士』を指す。夢路たちと聖騎士たちが協力し、『魔剣士』たちの組織潰しに奔走するまでにそれほど時間はかからなかった。
「……なんといっていいのか」聖騎士は困惑している。
柴田をはじめとする娘たちは病院にいき、精神処理や部分クローン移植を受けることが決定した。
『彼ら』の親がもみ消そうとしたからではあるが。
「もみ消せると、思うなよ」夢路は一人ニヤリと笑って見せた。
以後、彼等の親たちは風呂場に現れる銀色の水と謎の美女の影に怯えることとなった。
その美女曰く。「え? 瑞姫ちゃんの出番これだけ? これだけなのぉ??! 」
「誤解。だったようで何よりです」それだけいって芹香は微笑んだ。
「……誤解。か」「そうだな」「そうかも。しれません」
「……この愚か者たちは、我らの手で裁く」聖騎士たちは、現世の法の束縛を受けない。
「そう」
それだけいって智魅は自らの身体を抱いた。
結局、何もできていない。友達とか。大嘘。
みんな自分のために利用して、去っていく。自業自得。
知能特化型の人間。それは嘘。一番愚かなのは自分だ。
「だが、お前の監視は続ける。
とはいえ、お前が無害であるかぎり、お前の周りで余計な揉め事が起きないように気を配ろう」
そう、セリカ(芹香)に釘をさす聖騎士。頷くセリカ(芹香)。
「それって」
セリカ(芹香)は微笑んだ。
「私たちは、みんなお友達ってことでしょうか? 」
無垢な笑顔を浮かべ、セリカ(芹香)は彼ら聖騎士たちと、智魅に手を伸ばした。
「どうしてそうなるの? 」「ちがうんですか? 」
智魅は、セリカ(芹香)の細い指を掴み。すこしだけ微笑んだ。
「ひとりじゃ、ありません」
セリカ(芹香)はそう、小さくつぶやいた。
――― お父様。お母様。お元気ですか。
セリカ(芹香)は都会でたくさんの素敵な方に出会い、お友達になりました。 ―――
夢路おじさまはとても素敵な方です。
真由美さんはちょっと強引ですけど優しい方です。
適恵さんはもの静かで意思の強い子、智魅さんは暖かくて頼りになるお姉さん。
太田君は可愛らしい男の子で、適恵さんの婚約者。
聖騎士のジャスティンさん。戦巫女の結香さん。願武装僧の常勝さん。
この三方はみなさん少し怖いですが、まじめで優しい人です。
ほかにも職場の皆さん。降魔局のみなさんと共にセリカ(芹香)は元気にやっています。
お盆には一度、戻ろうと思っています。
その日まで、ご自愛くださいませ。
芹香 九頭龍 楼蘭人