第六話。傷つくことは『人間』の証明
魔族は教室に乱入し、彼ら生徒に暴虐の限りを尽くした。
銀の水が彼らを閉じ込め、其の水が彼らを食らおうとする。
「あなたたちは最低です」貴様が言うなっ?!
「ぶはっはっはっはっ!!?? 」
「小父さま。皆さんの様子がおかしいようですが? 」
大ボケをかますセリカ(芹香)に更にツボを突かれた夢路は遂に腹筋が崩壊した。
地面に転がり、腹を両手で押さえ、笑い転げる夢路。
「小父様まで」セリカ(芹香)は不安になり、夢路を必死で抱き起こす。
「しっかりしてくださいっ?! 夢路小父さま?! 」「ぶぅ~~~~! も、もうダメっ?! 」
ゲタゲタと笑い出す夢路。もはや正気と言い難い。
悲壮な気分でセリカ(芹香)は叫ぶ。
「小父さまの様子がおかしいのですが、どなたか助けてくださいっ! 」
「ぎゃあああああああああ??????! 」生徒達は聞いていない。
「助けてっ?! 魔族だっ! 」「ダークエルフが出たァァ??! 」
「お前等っ! どけっ! どけ! 私が先だっ! 」
担任の教師が生徒を押しのけて窓から飛び出そうとする。ちなみに五階だ。
しかし。扉も窓もいつの間にか銀色に輝く水でふさがれ、空けることが出来ず、
彼らは逃げるに逃げられない。修羅場と化す教室に素っ頓狂な声が響く。
「はぁい♪ セリカ(芹香)ちゃ~ん? 」
「……瑞姫……? さん? 」
「はいっ! とっても可愛くてキュートな瑞姫お姉さんで~すっ♪ 」
声はするが姿は見えない。セリカ(芹香)の耳は音源を正確に捉えることができるが。
音源と思しき場所は周囲一帯。銀色に輝く水が窓や扉の淵で輝いているのが判るだけで、何処からか判らない。
「まさか」「ピンポーン♪ 」
銀色に輝く水が窓の一部から漏れ出し、小さな瑞姫の姿になる。
「天才の瑞姫ちゃんは液状になる事も出来るのだ♪ お姉さんをもっと尊敬しなさい♪ 」
セリカ(芹香)の掌に乗るサイズの瑞姫はそういって小さな胸を張った。
この教室を封鎖し、音と光の漏洩を防いでいるのは瑞姫だった。
「み、瑞姫さんっ? 小父さまが変なんですっ! 」
「いつものことだけど? 」
恋愛対象の夢路にも容赦なし。
瑞姫はいつでも瑞姫である。
「出せええええええええっっ?! 出せっ??! 」恐慌に陥る生徒たちに。
「あの、出来れば小父さまを助け起こすのを手伝って欲しいのですが」セリカ(芹香)は近づく。
『ひいいいいいいいいいいいいっっ????????!! 』
生徒、担任とも全員、死に物狂いでセリカ(芹香)から逃げようとし、
お互いを踏み合い、蹴りあい、殴り合って少しでも奥に割り込もうとする。教室はさらなる修羅場に。
呆然としていた適恵が止めに入った。
「セリカ(芹香)さん。少し下がってください」「? 」
セリカ(芹香)は素直に少し下がり、夢路を苦労して抱き起こすと彼の背中を叩く。
「しっかりしてください。小父さま」「ぶははっはっは??????! 」
夢路はセリカ(芹香)を畏れて逃げ惑う生徒や担任に対して笑いが止まらない。
そこに適恵の平手打ちが綺麗に夢路に入った。目を見張るセリカ(芹香)。
ちなみに、適恵が暴力を振るったのをみたことがある人間はこの場には一人もいない。
「どうして。こんな酷いことをするんですか。小父さま」
怒りと悲しみに震える適恵の瞳が夢路をまっすぐ見つめる。
適恵の級友を気遣い、宥めようとしては逃げられるセリカ(芹香)を見ての発言である。
セリカ(芹香)には悪気はまったく無い。だが、彼女は人間からみてただひたすら畏れられる存在だ。
適恵は、心せずして人を傷つける運命にあるセリカ(芹香)を心から哀れに思った。
そして、それをダシにして級友たちを傷つける夢路を初めて許せないと思った。
だから、ぶった。思いっきり、力をこめて。掌から血が出るほどに激しく。
しかし、夢路はその一撃を受けても平然としていた。
「俺、『何もしてない』ぞ。お前との約束だしな」「っっ?!!! 」絶句する適恵。
セリカ(芹香)は、何故適恵が夢路をいきなり叩いたのか理解できていない。
夢路は笑いを止めると、適恵を見つめ、セリカ(芹香)を指差す。
「おまえらっ?! この娘は適恵の友達だっ?! 」
「え? 」「え? 」
二人の娘はお互いの瞳をまっすぐ見詰め合ってしまう。
『魅了の瞳』の影響を受けかけた適恵はとっさに目を逸らすが。
「とも……だち? 」セリカ(芹香)は呆然とする。
「そうだ」夢路は微笑む。
「お前と適恵は。『友達』だろ」
そういって優しく笑う夢路に、セリカ(芹香)ははにかんでゆっくりと首を縦に一度だけ振った。
「そう。……なったら。とても。素敵だと思います」そして、少し微笑んだ。
「ひいいいいいいいいいいいっっ????????????!!!!!!! 」
夢路の発言を受けて生徒と教師の理性は決壊した。
小便を漏らし、糞便を垂れ流してうわ言で救いを求める彼らに夢路は残忍な笑みを向けた。
ちなみに。
ダークエルフの言う『友達』とは。
彼らの『眷属』。『所有物』を指す。
それを傷つける愚者は、全て魂と肉体双方の破滅の運命を逃れられない。
そして、適恵を苛め抜いた彼らから見て。
セリカ(芹香)の優しい笑みは今から彼ら全員の魂と肉体を滅ぼすことに対する嗜虐の喜びを表す笑みにしか見えなかった。
忘れていらっしゃる読者様も多いが、セリカ(芹香)は美貌をいい意味でぶち壊す優しい笑みが無ければ冷たい程の美貌の持ち主である。
「そんなこととは露知らずっ?!! 」「助けてっ?! 助けてっ! 誰かっ?! 誰か助けてっ?! 」
「お母さん! お母さんっ?! 靖国のお父さんっ?! 助けてっ?! 」
恐慌を通り越して発狂に至りかけている彼らに夢路は冷たい笑みで見ている。
「適恵を傷つけた報いを受けてもらう」「なにもしてないじゃないですかっ?! ただの遊びですっ!」
必死で叫ぶ江藤。それをあざ笑う夢路。
「へぇ? この娘。セリカ(芹香)も。悪気も無ければ悪意も無いぞ? むしろ君たちを心配している」
セリカ(芹香)はイマイチこの流れがわかっていない。
適恵の前に歩み寄り、一言。
「どうして、小父さまを叩くのですか。謝ってください」
「セリカ(芹香)さん……。どうしてだか。本気で、判らないのですか? 」
泣きそうな顔で適恵はセリカ(芹香)を見た。
セリカ(芹香)のその瞳は悲しみと優しい光を湛えている。
この娘は。傷つかないのだ。傷つきたくても傷つくことができないのだ。
悲鳴と怒号の渦巻く教室でセリカ(芹香)は眉をひそめる。
「小父さまが何か酷いことをしましたか? 」「……」
「俺は。『何もしてない』ぞ」そういってニヤニヤ笑う夢路。
「酷い。です。こんなこと、どうしてするんですか? 」
涙を流して夢路に抗議する適恵。
自分は知っている。傷つく悲しみを。苦しみを。
しかし、この子は。セリカ(芹香)は。傷つくことすら赦されない。
両手を瞳に当て、人前で泣いたことのない適恵は泣いた。
自分のためではない。会って一日しかたっていない、年上の少女のために泣いた。
「大丈夫です。適恵さん」セリカ(芹香)はそういって適恵の肩を抱く。
セリカ(芹香)を畏れ、慄く生徒や担任。
彼らは必死でセリカ(芹香)に「助けてくださいっ?! 」「許してぇぇぇっ???! 」と泣き叫んでいる。
これが。彼女なのだ。
そして、彼女はこの運命から逃れることは出来ないのだ。
適恵の涙は瑞姫の銀色の水に触れて、はじけた。
「適恵ちゃんって優しいのねぇ」瑞姫の声が響く。
「綺麗な身体に綺麗な魂。すっごくすてき♪ 」
完全に腰を抜かし、動くことの出来ない人間達の前に銀色の水が集結していく。
その水は寄り合い、集まり、ゆっくりと起き上がると全裸の美女の姿をとる。
「はぁい♪ 瑞姫ちゃんで~す? 」
場違いにして頓狂な声をあげる美女に思考停止に陥る彼らのうち一人に瑞姫は話しかける。
「セリカ(芹香)ちゃんの手を煩わせる必要もないわ。江藤さんだったっけ? 」「はっ? はいっ?! 」
水が這うように歩むことなく江藤に近づく瑞姫。
「あなた。処女ね。それも極上。接吻すらまだでしょ? 」「?! 」
図星を突かれて驚く江藤に荒い息を吹きかける瑞姫。
「そして、貴女の魂……真っ黒に穢れていて、すっごく素敵。
私、貴女みたいに綺麗な身体と、穢れた魂の持ち主が。大好きなの」
そういって、瑞姫は江藤の身体に舐めるように手を伸ばす。
瑞樹の手指、長く伸びた舌。髪から伸びた銀色の水が江藤の身体を這いずり、絡めとった。
生徒たちや担任は瑞姫から江藤を助けようとしない。
自分だけは助かろうとお互いを踏みあい、殴りつけあって逃げようとしている。
「ひっ??! 」「あら。感度良好♪ 」
思わず声をあげる江藤に瑞姫は妖艶な笑みを浮かべた。瑞樹の口が大きく。大きく開く。
「私の身体からも魔族ほどじゃないけど痛みをなくす媚薬効果のある体液が出るの♪
……血が飛び散ると後始末が大変だしぃ♪ 体液を残らず吸ってから食べてあげるね♪ 」
そういって江藤に噛み付こうとする瑞姫に。
「やめてください。瑞姫さん」セリカ(芹香)の静止の声が響く。
「ええ~? こんな外道、灰になっていいとおもうわよぉ♪ 」
さして残念そうも無く瑞姫はセリカ(芹香)に微笑んでみせる。
「謝ってください。江藤さん。人に花瓶をぶつけるのはよくありません」セリカ(芹香)は悲しそうに呟いた。
「花瓶は、弱きもの。花を愛でる心を活けるものです」
セリカ(芹香)の憂いを秘めた瞳がまっすぐに少年たちの目を射抜く。
「あなたたちもです。男子たるものが、女子の大切な私物を足蹴にして、許されると思っているのですか?
弱きをたすけ、強きをくじく帝国男子の心が貴方達にはないのですか? 」
「それから。この手紙」
セリカ(芹香)は手紙についた少年たちの体臭をかぎ分けることが出来る。
不躾なのは理解しているが、手紙を開封して一瞥する。
剃刀の入った手紙がセリカ(芹香)の指を小さく切った。
「適恵さんを愛していると皆さんは書いていらっしゃいますが。この手紙は、偽りですか? 」
セリカ(芹香)には異性を愛する気持ちがわからない。
もし解ったらとても素晴らしいものだろうという憧れは。ある。
だから、この少年たちの振る舞いが許せない。理解できない。
セリカ(芹香)には友人がいない。だから友情と言う言葉に憧れる。
だからこそ、適恵を守りたいと思った。心から思った。
きっと、適恵や真由美は。そして智魅は。セリカ(芹香)の『友達』になってくれる。
『友達』の素晴らしさ、優しさ。悲しさを教えてくれる。そんな気がした。
セリカ(芹香)は悲しみとともに、失望の台詞を彼らにぶつけた。
彼女は、『学校』に憧れていた。『級友』に憧れていた。
父や母の伝聞でしか、『学校』を知らなかった。だからこそ。だからこそ。彼らの振る舞いが許せなかった。
セリカ(芹香)は失望と共に、適恵の前に立ち。呟いた。
「あなたたちは。最低です」




