第五話。え。悪魔さん? その方は何処にいらっしゃるのですか?
悪魔が平和な午後を過ごす教室に襲い掛かる。
適恵をもて遊ぶ平和な午後のはずだった。その悪魔が来るまでは。
悪魔は不思議そうに「その方は何処にいらっしゃるのですか」と言った。
「小父様。えっと」「こんなもんでいいから、弁当を届けてやってくれ」
セリカ(芹香)の言葉を夢路はさえぎった。
遥家の大掃除は数時間であっさり終了した。
適恵と智魅の普段の管理の賜物である。
もっとも二人とも学生。どうしても学業の二の次になるが。
真由美? 片付けようとしては散らかす一方だ。誰か婿に貰ってやれ。
「ああ。帽子をしっかりかぶるように。学校の中でも指示がない限り取るな」「はい」
「そうだな。ココに白粉があるんだが、試すか? 」「私にお化粧はまだ早いかと」
「紅もあるぞ」「今度、真由美さんに教えてもらいます」
「あと、外は放射能がきつい。ガイガーカウンターを忘れるな」「がいがーかうんたーってなんですか」
「おっと。外来語禁止だったか。放射能測定器だ」「ホウシャノーソクテイキ? 」
「目に見えない毒の光といっておく。量が多いと『人間なら即死』する」「都会って怖いですね」
「楼蘭人の奴め」「お父様が何か? 」
夢路はセリカ(芹香)の知性が心配になってきたが、
全て楼蘭人の奴の教育が悪いと思うことにした。
その楼蘭人がこの場にいたら、「余計な知識を与えないほうが娘には幸せだ」と答えただろう。
「そういえば」「どうなさいましたか? 小父様」
「いや、今日出勤だったなと」「……」
社会人失格!
ちなみに、今の今まで電話がないのは、夢路がいなくてもなんとかやっていけるからだ。
夢路はテクテクと歩くといまどき珍しい黒電話に手を伸ばす。
「あ~もしもし。瑞姫? うん。すまんすまん。遅刻した。有給にしておいてくれ。
……え? ふざけるな? 祖父が死んだのは何回目だ? お前と会ってからで言えば54回くらいかな? すまんって言ってるじゃないか。
なに? 水族館に連れて行かなければ頭から喰う? むう。食えるもんなら食ってみやがれ」
酷い会話だ。
読者の皆さんはこんな上司になってはいけない。
最も、セリカ(芹香)は別のことに関心を持ち出したようだが。
「瑞姫さん? 何処にいらっしゃるのですか」
その声を聞いて夢路と電話口の瑞姫はずっこけた。
いや、後者は脚がないのでバスタブに頭をぶつけただけだが。
「はい。はい。……おい。瑞姫だ」「この黒い取っ手が瑞姫さん?! 変わり果てた姿に」
涙目になって取っ手を抱きしめ、「瑞姫さん」と言ってるセリカ(芹香)に、
電話口の瑞姫は危うく携帯端末を落としかけたが何とか耐えた。
一方。夢路には既に話す気力がない。核兵器にすら耐える男を戦闘不能にするセリカ(芹香)。大物である。
「セリちゃん。おちついて。コレ、『電話』。私は本部にいるわよ? 」
「『デンワ』ってなんでしょうか」「義務教育をしっかりやっているか、疑問ね♪ 」「酷いです。瑞姫さん」
瑞姫は手短に電話の動作原理を解説すると、セリカ(芹香)は「あ。判りましたっ! 」と返答し、
詳細な組み立て方法の質問を瑞姫にぶつけた。瑞姫は臆せず「こう組んだほうが音が良いわよ♪」と返答する。
「あ。そうですね。瑞樹さん凄いです! 」
「へへっ~ん! 瑞姫ちゃんは頭も良いのだっ! 」
妙に意気投合しているが、昨日は逃亡を図ったセリカ(芹香)である。
そのことを陳謝するセリカ(芹香)に、瑞姫は「今度食べさせてくれたら」「お断りします」
瑞姫の言葉をセリカ(芹香)は素早くふさいだ。数日で進歩している。
「じゃ、別の意味で『食べて』いい? その後食べるけど」「お断りします」
懲りろ。瑞姫。
「ところで何の用で電話かわったんだったっけ? 」
夢路は女の喋りに水を差した。
このままだとこの莫迦娘どもの会話だけで本日更新分が終了してしまう。
「そうそう! 勝手にみんな私だけ置いてどこか行っちゃって! お姉さん寂しかったのよ! 」
「蒸し返すな。瑞姫」
この三人、他人の電話の声でも正確に聞き取ることが出来る。
「セリカ(芹香)。かわれ。さっさと学校にいけ」
「放射能測定器は」「よくよく考えたらお前には不要だった」「??? 」
「セリちゃ~ん! 私も遊びに行くからよろしくね~♪ 」
セリカ(芹香)は夢路に言われたとおり、
夢路の厚手のコートを羽織り、幅広の帽子を深々とかぶると、弁当を片手に歩き出した。
「道に迷うだろうから、俺もついていく」「小父様。お仕事は」
「父兄参観だと言っておいた」
夢路はニヤリと笑った。
本部は夢路も瑞姫もいなくなって、雑務に追われていた。
のんびりと帝都を歩くセリカ(芹香)と夢路。
その後ろではセリカ(芹香)を討とうとした聖騎士達が近づく前に夢路に倒されて気絶している。
一方。教室では。
激しく適恵の頬を叩く娘。同時に男子生徒の何人かが適恵のカバンの中身を床に投げ、踏みつける。
「やめてください」
今まで一度たりともそういうことを言わなかった娘が、適恵が自分の意思を口にした。
一瞬、目を見張る級友達。しかし。
「生意気なんだよっ! 虫がっ! 」
級友達は適恵を激しく打ちつけ、前から後ろから蹴りを入れる。
担任は止めない。「やりすぎるなよ」とだけ呟いた。
生徒達は「はぁい♪ 」と愛想よく返事した。
「服を脱げ」「嫌です」
花瓶が適恵の頭に振り落とされる。
適恵はその場にいない。いつの間にかその娘の後ろに立っていた。
その気になれば適恵は素人の振り下ろす花瓶程度なら簡単に避けられる。
「私のいうことに逆らうのか」「ええ」
「ふざけるなっ! 服を脱がないなら購買部からパンを盗んで来いっ! 」「嫌です」
そこに。
「あの。適恵さんに酷いことをしないでください」少女の。美しい声。
「セリカ(芹香)……さん? 」適恵は意外な人物の登場に目を剥いたが。
「おい。セリカ(芹香)よ。適恵の担任の教師がいる。帽子つけていたら失礼だろ」
夢路がニヤニヤ笑っているのを見て、適恵は顔を青くさせた。
「はい。小父様」「ちょ! やめてください!? セリカ(芹香)さん?! 」
セリカ(芹香)は帽子を脱いだ。
つややかな黒髪は月夜の水の流れのように輝き、黒真珠のように滑らかな肌が露出する。
小さく、長くとがった耳がセリカ(芹香)の謝意を受けて不安そうに垂れ下がる。
――― その容姿は。何処からどう見ても ―――
「担任の先生、適恵さんの学友の皆様。突然の来訪、失礼します(ぺこり)。
私は小父の夢路とともに遥家のお世話になっているもので、
芹香・九頭龍・楼蘭人と申します。
適恵さんにお弁当をお届けに参りました」
――― 最強最悪の戦闘種族。『魔族』!! ―――
突如の『魔族』の来襲に教室は恐慌状態に陥った。その様子に夢路は大笑いしていた。




