第二部 前途は明るく多難な空の下 プロローグ
お父様。お母様。セリカ(芹香)は頑張ります。遥のおじさまは素敵な方です。こまめに手紙を出します。どうか、御自愛下さい。
(瑞姫:え? セリカちゃん! 私に対してのコメントはないの?!)
「今日から宜しくお願いします! おじ様 ! 」
と、明るく言いはなったセリカ(芹香)を夢路と真由美は呆然と見つめていた。
セリカ(芹香)に近づき、うやうやしく彼女の荷物を取る犬面鬼。
薫るバラをセリカ(芹香)に手渡す好色鬼に彼女は微笑みを返す。
食人鬼が料理を焼き、
餓鬼がそれをつまみ食いする。
「うっ? 」「真由美。それはドワーフ火酒だっ? 」
真由美はうっかり火酒を呑んでしまったらしい。
紅い顔と潤んだ瞳を夢路に向け、しなだれかかり。
(当然、カーテンの奥から激しい抗議の声が上がった)
……スゥスゥと寝息を立てだした。
幸か不幸か一番口うるさい娘がすやすやと眠りだしている間、
犬面鬼の球乗りの芸に餓鬼族のジャグラー(ナイフを用いた御手玉)、
オーガの算盤、夢路の一気のみ。良く解らない愉快な芸と宴が続く。
セリカ(芹香)は今まで御酒を飲んだこともなく、
この席でもまた、呑まなかったが、それでも宴は楽しく続いた。
やがてセリカ(芹香)と夢路以外が眠りについたころ。
「おい。真由美。おきろ。家まで送っていってやる」
夢路が彼に不自然な姿勢でもたれかかったままの真由美を優しく起こす。
真由美は緩慢とした動作で目を覚ます。
「……」
真由美が瞳を上げると、真由美の視界に夢路の顔が大写し。
「よくねてたなぁ。このねぼすけ」
「……」
真由美はまじまじと夢路の瞳を見た。
そして。
「変態」
「無実だ」
夢路は頬についた紅い紅葉を撫でながら仏頂面で呟いた。
真由美は頬を膨らませ、上着を素早く着る。真由美の耳がすこし赤くなっていた。
コートのボタンを留めながら、
「そういえば」真由美は問う。
「この子、どこで寝泊りするの? 」
このコ。話を振られた当人はボケッとしている。自分とは気がついていないらしい。
ああそれか。夢路は呟いた。
「そこ」
真由美のみならず、セリカ(芹香)も絶句した。
「なに“コレ”」
真由美は震える指で“ソレ”を指す。
「寝場所だが?」
夢路は不思議そうに答えた。
さきほどの宴を考慮にいれても散らかし過ぎにも程がある一角のど真ん中。
“その部分”だけ塵ひとつ落ちていない。ボロボロだが綺麗に拭かれたソファ。
小さな机。妙に少女趣味なレース。ぬいぐるみ。
しかし、それはけっして快適な生活云々を言うような環境ではなく。
むしろ、下手に汚い空間からゴミや塵をおいだして無理矢理作った空間だけに、
ある種の瘴気すら放っていた。
ましてや、その家具すべてが、ゴミ捨て場で拾ってきたような品々。
それを下手にぴかぴかに綺麗にしてある分、否応無く不気味さが増している。
「……」「……」
真由美とセリカ(芹香)は沈黙している。
「ひとつ聞いて良いかしら? おじ様? 」
真由美は眉がひくひくと動いていたが、それでも平静を保って質問した。
「なんだい? 」心底不思議そうな顔をする夢路。
「ベッドはどこかしら? 」
彼にとっては予想外の真由美の質問に夢路は少々呆けていった。
「ここは床なんだから布団など無いけど」
「いえ」
真由美は辛抱強く言った。
「ベッドは何処? 」
「流石にあんな出物は粗大ゴミにはなかなか出ないな」
やっぱり拾ってきたのか。貴様。という表情を真由美はした。
そして夢路は一言。
「ソファがあるだろ? 」
真由美は拳を震わせながら呟いた。
「セリカ(芹香)ちゃんのお風呂の問題はどうなされるおつもりですか? 」
「風呂は瑞姫の奴が占領してるからなぁ」少々考えこむ夢路。
「あれだ。今は寒いから銭湯として。
少々温かくなったら人気の無い夜とかにあそこの川で」
確かに自分は川で水浴びをして育ったが。
都会で水浴びをしていたら、捕まるのでは無いだろうか?
のんきなセリカ(芹香)ですらそう思うのだから、他の女子なら夢路に石のひとつ投げたところで許される。
「ちょっと言いにくいんだけど。……トイレは? 」
真由美は眉をひくつかせながら問うが、夢路の態度は真由美の冷たい視線に気が付いてるとは、とても思えない。
「外。汲み取り式だから、週に一回みんなで汲みとって、肥溜めにいれて堆肥を作る」
真由美は「ふうん」と呟いた。そして。
「そんな環境で暮らせるわけ無いでしょ!!??? 」
大声で叫び、夢路をひっぱたいた。
夢路は良くわからないといった表情をして、一気に長台詞をはなった。
「へ? おれが大陸で東学派に力を貸していた時のあの国はもっと凄まじかったぞ。
歪んだ儒教原理主義で武人も職人も商人も蔑視してたからロクな産業が育たない上、
華族は指一本マトモに動かさない、搾取することしかしらん。
(作者略)
……それを救うべく、我が帝国は慢性的な財政難に陥り、
とばっちりを受けた貧困層の娘達が支那大陸に沢山身売りしたくらいだ。
それと比すれば、わが本部の環境など」
「いつの時代と比較してるのよ!! 」
夢路のずれた返答に流石に真由美も怒った。
「少なくともその時代、わが帝国には陸蒸気も通ってたし、
電話もあったし、便所くらいあったし、風呂にもみんな入ってた。ゴミは環境還元してたしな。
ヒドイとは聞いていたが同じ時代であそこまでヒドイとは」
ちなみに、作者にも夢路が何を言っているのかよくわからない。セリカ(芹香)にいたってはもっとだろう。
ああもう。と真由美は小さく叫ぶ。そこに瑞姫の声。
「あら? 私は良いわよ? セリカ(芹香)ちゃん。
まだお風呂入って無いでしょ? 一緒に入らない? 真由美ちゃんもどう? 」
カーテンの奥から瑞姫の声。
「お断りします」
真由美は丁重に断った。
「あ。ありがとうございます」
セリカ(芹香)は断らなかった。
今日は、変な女には絡まれる、
真由美の運転で死にそうになる、
真由美の“勘違い”で殺されかける、
真由美のヒステリーの巻き添えで死にかけると散々で、春先なのに汗と泥でべとべとだったのだ。
(それでも先ほどの犬面鬼が服の汚れを取り去ってくれたから大分マシだが)
「やめといたほうが良いわよ」
小声で真由美が忠告してくれたが。身体が汚れた責任の大部分は真由美の所為である。
「えっと。おじ様」はい? と夢路。
「のぞかないでくださいね」
ちょっと真剣な顔で言うので夢路は吹き出した。
「のぞかせないから安心して」
真由美は苦笑しながら言った。
「出切れば音も」
セリカ(芹香)は若い娘だ、入浴中の音や鼻歌を若い男(推定年齢200歳だが)に聞かれたいとは思わない。
「どうしろと」
しかし、注文のうるさい娘に夢路は顔をしかめた。
「でていけってことよ」
真由美は呆れて言うと、自分のコートをつきつけた。
「寒いでしょ。これでも肩にかけときなさいよ」
真由美は仏頂面でそう告げた。逸らした顔の頬は少し赤い。
「へぇへぇ」と夢路は言うと真由美に背を向け、「酒でも買ってくるわ」と言って外に出る。
キィ。と扉が閉まると真由美はため息をついた。
「まったく莫迦なんだから」その様子に少し微笑んでしまうセリカ(芹香)。
「……何笑っているの? 」「いえ。何も」
耳が少し赤いまま睨みつける真由美を、セリカ(芹香)は『可愛い人だなぁ』と少し思ってしまった。
可愛いのではなく、ツンギレである。小説ならさておき、絶対関わるべきではない。
「風呂に入りたいならさっさと入ってきなさいよ。無理だってわかるから」
真由美が謎の台詞を吐く。セリカ(芹香)は少し疑問を感じたが従うことにした。
ゴミを片づけ、犬面鬼を踏みそうになり、
酔った拍子に襲いかかってきた好色鬼が“何故か影を踏まれた程度で”動かなくなるのを横目に、
セリカ(芹香)はカーテンを開ける。
「失礼します」絶句した。
瑞姫の外見は。若い。人間でいえば23歳前後。
そう。“人間”でいえば。
バスタブに浸かる“瑞姫”の腰から下は。
魚とも蛇ともつかない“何か”になっていた。
瑞姫は胸を押さえて、いたずらっぽく笑った。
「こら。せりかちゃん」瑞姫の腰から下はうねうねと動き、バスタブからはみ出している。
呆然としているセリカ(芹香)。瑞姫はにっこり笑う。
「えっち」
「人魚? 」
瑞姫の姿はセリカ(芹香)の幼い時に見たアンデルセンの童話の挿絵にそっくりだ。
「う~ん。悪いけど人魚さんじゃないのよねぇ」瑞姫は人差し指を唇に当てた。
「“M-01”タイプは某国が作った、
水中における隠密、破壊工作、対象者の抹消を得意とする生体兵器、
特化型強化人類なのよね~」
「対象者の抹消? 」
セリカ(芹香)は首を捻る。
「生死不明、証拠隠滅状態にするために、血の一滴、骨の欠片、
うーんと、早い話! 跡形も残さず、食べちゃうの♪ 」
もっとも。と続ける。
「遺伝子特性上、汚水と水銀には弱いのよ。
だから今はお風呂以外に棲みたくないのよねぇ」
夢路が入れないと言った理由がセリカ(芹香)にもやっとわかった。
これでは誰も風呂に入れない。危険すぎる。
セリカ(芹香)が服を脱ごうとしないのに気が付いた瑞姫は「大丈夫よ」といった。
「確かにセリカ(芹香)ちゃんは小さく身の詰まった頭か、その綺麗な胸か、
きゅっと絞まった可愛いお尻から食べちゃったら」
じゅる。
「美味しいだろうなぁって思っちゃうほどキュートよ♪ 」
セリカ(芹香)は無言で服をはたいてみせた。
瑞姫は冗談が通じないと気がつき、慌てふためく。
「ああ。安心して。食べないから!!
だって、私はだいすきな男の人しか食べないもの。
例えば准尉殿!! 」
セリカ(芹香)の両の脚がゆっくりとあとずさる。
興奮している瑞姫に悟られぬように。
「ああ! 遥准尉!こんなに美しくて魅力的な女性がいるというのに、
ここで私に命じることは通常業務のみ。なんて理性的で! 冷たいのかしら?
何時か理性も地位もかなぐり捨てて、
このカーテンを開けてケモノの様に襲いかかってくれる事を期待しているのに!! 」
誰がそんなことするか。
セリカ(芹香)は耳に入った台詞を脳で処理せず、そのまま聞き流すと言う技をこの瞬間、修得した。
「そう、ある日突然、このカーテンを開け放って! 」
うっとりと語る瑞姫だが、セリカ(芹香)は無視。自分がやっと通れる広さにカーテンを開けた。
「ケモノの様に私の身体を愛撫し、私の唇から快楽物質の含まれる唾液を吸って!
そして! 情熱的にっ?! 」
セリカ(芹香)はその僅かな隙間に自らの身体を滑らせ、風呂場の外に出た。
瑞姫は何か叫んでいるが、セリカ(芹香)の脳はその台詞を聞くことを拒絶した。
「あああぁっっ!!
も、もうだめぇぇっっ!!想像しただけで。
う、うっ、い、いくぅ~~ッッ!!
タマゴが産まれるぅぅッッ~~~!!! 」
卵生かよッ!?
カーテンを開けて出ると真由美がセリカ(芹香)の荷物をまとめていた。
黙って荷物を受け取るセリカ(芹香)。
「絶頂に達した准尉の血をすすって!
私は泣きながら准尉をバリバリと食べるの!!
弛緩した准尉の身体から洩れでた熱い精液がわたしたちのタマゴに」
無言で部屋を退去する二人の若い娘たち。
……熱く語っていた瑞姫は周囲の温度と湿度の変化に気がつくと、
ふと周囲を見まわした。閉じたカーテン。乾いたすのこ。
「あら? セリカ(芹香)ちゃん。どこ行ったの? 」
瑞姫は気配を探ったが、本部の中で酔いつぶれていない固体は彼女以外いない。
「真由美ちゃん? どこ~?? 」
と。言っても聞こえるのは、餓鬼の鼾と犬面鬼の寝言、食人鬼の歯軋りくらいである…。
「独りはさみしい。おねえさん泣いちゃう」
この場には酔いつぶれた酔漢はいたが、瑞姫の嘆きを聞く酔狂者はいなかった。
真由美は小屋から出るとファミリアの原動機をいれ、「乗って」といって手招き。
セリカ(芹香)も抵抗はしない。大人しく助手席に座る。
「出っ~発っぅ~~。進行ぉ~~♪ 」
頓狂な声に思わず振り向くが良く見えない。
後方鏡を見ると、何時の間に乗ったのかすっかり出来あがった夢路が。
真由美は無言で後部座席のドアを開くと、
夢路を振り落さんと激しい左右運動をしながら出発した。
夢路が悲鳴を上げた。
「酔う!酔う! 落ちる~~!! 」
セリカ(芹香)も目を回しつつ抗議する。
「真由美さん! 安全運転をしてください! 早まらないで~~!! 」
二人の絶叫が夜の帝都に響く。
前途は多難。未来は無限。その先にあるのは希望か絶望か、
セリカ(芹香)は、まだ、知らない。
作者コメント:「話が長い。三行で」要素を本家のこっちに逆輸入しました。
しかし! この話の連中に三行解説させるとやかましいことに気付いた。
ディーヌさんハヤクキテー!?




