第十四話。親権
彼女が知らぬ。三組の『親』。
想いは。叶わず。願いは。砕かれ。夢は。未来に。
「敵」
シンプルな答えが返ってきた。
……セリカ(芹香)は自分を育ててくれた両親を平気で「敵」と呼んだ男をまじまじと見た。
艶やかな黒い、黒い髪。
闇よりも深い大きな黒い瞳。その奥からは子供のような希望の輝き。
きめ細やかで黄色い肌は先住日本人の中ではかなり白い方だ。
どうみても若い、若すぎる容姿。
まっすぐ伸びた鼻梁。団子のように大きな小鼻。
意思の強そうな濃い眉。長い睫。不敵な笑みを浮かべる唇。
あまり大きくはない喉仏に、着崩したシャツ。
骨太だが筋肉質とは少々言いがたい。
身長に比べると大きな胴体とやや短めの手足。
腰のベルトには紅い漆の鞘に収まった一振りの日本刀。
多少手足が短い事を割引けばなかなかの美男子とも言える。
遥夢路。
そして両親。セリカ(芹香)はこの三人の事を自分が思う以上に知らない。
……これから先は少々過去の話だ。
「判決を申しつける」
夢路はその判決を黙って聞いていた。
まず、反乱者の“子供”の生存権は保証されること。
養育を委託されたという原告、遥夢路の出張は証拠不充分であること。
成人までの養育の権利、及び義務については、
原告言うところの様々な不備、怪しい主張を考慮に入れても、
収入及び周辺環境への影響を配慮し、
被告である楼蘭人大佐の申請を採用し、一任すること。
しかし、反乱の鎮圧に多大なる貢献を働き、
帝国臣民二名を無事奪還した原告の功績に計らい、
娘が“自らの意思で”親元を離れると宣言した時は。
親権は原告の元に一時的に移譲すること。
娘が15歳になった時からは、手紙によるやり取りを認めること。
ただし、娘の心情に配慮した文章のみを許可することが読み上げられた。
彼は。夢路は不満を叫んだが。
「大君の名において行われる裁判を侮辱する気か?」
裁判官は彼を睨んだ。
「……くっ」
だが。彼は呟いた。小さな声で。「不服だ」
――― 時間は少々すすむ ―――
「只今」
彼は妻である初老の女性に呟いた。
「あら?まだあの子は帰って無いのかしら?」
「ねぇ?今日はあの子の誕生日なのにね?」「その日は数ヶ月前だ」
彼はそう言った。
その小屋は人気の無い山奥に建てられていた。
その小屋の粗末な様子からは彼と彼女の築いたかつての栄光はまったく窺い知ることが出来ない。
「今日はあの子のためにこの服を作ってあげたのよ」
その服は「生前」の息子が着るにしても小さすぎる。
彼ら二人は子宝に恵まれなかった。
友人や同僚、上司は体外受精やクローンをすすめたが、あくまで妻は拒否した。
そして、養子を取り、大切に育てていたのだが。……その子は死んでしまった。
以来、妻の“時間”は止まったままだ。
人目を避けるように彼は山奥に小屋を建て、
残る余生を狂気と永劫の一日に囚われる妻とすごしていた。
いつもと違うことは。今日の彼は小さな赤子を抱えていた。
短いが艶やかな黒髪。美しい黒い肌。 整った愛らしい顔立ち。ほんのわずかながら尖った耳。
「ほら」
彼女に渡す。
「あら」
彼女は微笑んだ「可愛い子」
妻はその子を受け取る。
その子が目を覚まし、泣き出したところを優しくあやした。
「セリカ(芹香)だ」
わたしたちの娘だよ。と彼は呟いた。
次の日。
「おはよう。あなた」
彼女は優しく微笑んだ。
温かいミルクの香り。味噌汁の匂い。
「……」
彼は彼女の動きを呆然と見つめていた。
精力的に家事をこなし、セリカ(芹香)の面倒を見、彼への気配りを忘れない。
彼女の時が動き出した。
彼は久しぶりに、妻の手で綺麗に研がれた剃刀で髭を剃った。
年齢とともに刻まれた皺が、少々邪魔をしたが、構わなかった。
――― そして。時は更に流れる ―――
「……遥准尉殿? 」
少女が問うた。
「あ……わるい」
「どうかなさったんですか?」少女の問いに。
「いや。なんでもない」と返す。
雑多な机と書類とゴミの中、椅子に座って彼のほうを眺める少女の額には鹿のような角があった。
「そうそう。君の“名前”だったね」
「素敵な“名前”を期待しています」
彼は刀を抜き、躊躇無くその少女の腕に真剣を振り下ろした。
「……」
固く瞳を閉じていた少女が瞳を開く。
なんの魔法か?少女の腕には傷ひとつない。
いや。ひとつだけ違いがある。
……腕についている焼き印が消えていた。
「“由”」
彼は言う。
「はい!」
少女は元気良く答えた。
「返事したね。……今日から君は“由”だ」
おめでとう。と彼は呟いた。
「今日から君は自由だ」
彼女の表情がぱぁっと明るくなる。
「ところで」彼は言った。
「なんですか?」“由”は返答した。
「年頃の女の子に手紙を送るときって。……どう書けば良いのかな? 」
奇天烈な言葉に“由”は呆れたような顔をして。くすくす笑う。
「わからないなら、取り敢えず、“お前が好きだ”と大書してみてはいかがですか? 」
楽しそうに笑う“由”。「嫉妬しちゃいますね」
いや。と彼。……困ったような顔。「娘なんだけど」
「……なんですかっ?! それはっ??! この胸のときめきの責任をとってくださいっ?! 」
「い、いや、ちょっとまて。それは一体」「信じられないっ?!!! 」
「……ふふふ。やっぱり大尉の妻はこのみずきちゃんだけだよね~♪ 」「だまれ」「だまって」
あれから15年がたとうとしていた。