第十二話。こちら新日本帝国中央帝都政府帝都降魔局命名課雑務係本部
奇妙なバラック建ての建物には人ならざる者達。
その中央にいる男は、芹香を娘と呼んだ。
今、彼女の運命が動き出す。
「着いたわよ」「……」
車酔いによる壮絶な吐き気。とてもお礼を言えたものではない。
それでもなんとかお礼を言えたのは大和撫子の自覚か。
と、いうか、ダークエルフで三半規管の不調を感じるのはセリカ(芹香)くらいだ。
夕暮れの闇に浮かぶ“それ”を一瞥して。
「……」
芹香は絶句した。
真由美は“良くわかるわよ”というように腕を組み、
首をウンウンと動かしている。
河原だ。河原だ。橋の下。
一応屋根はあるがトタン屋根。
そもそも屋根の機能を果たしているのは、
どちらかというとその上にある橋としか思えない。
木造だがところどころプラスティックやセメントで強化した紙が使われている。
セリカ(芹香)には知識がないが、
見るものが見ればどう見ても一昔前に絶滅したホームレスの小屋である。
「なんですか? これ? 」
気持ちは大いに判るとばかりに真由美は無言で頷いた。
顎で指す。
大きな木の看板。
墨に極太の筆で書かれた金釘流の文字。
『帝都軍降魔局 命名課 雑務係本部』
傍らにはパンクした錆だらけの自転車。壊れた三輪車。
動くかよく分からない自動三輪。
割れたガラス窓からは電灯の明かりが見える。
『まったく。何時来ても汚いわね』
きた……汚い? きたない? そういう表現はおかしいと思われるのだが。
真由美はそう呟くと大股でズカズカと歩き、
扉を開き……(ギギ……)開……。
……思いのほか悪い扉の建付けに怪力の真由美も苦戦の模様。
「ああっ!もう!! 」
バン!!
音を立てて扉が開いた。
『パンパン! ! パパン!! 』
シャンパンとクラッカーの嵐。
内部は案外広く、雑多。そして。
『いらっしゃい。芹香ちゃん』
と大書された横断幕。
「Oh。Miss セーリカー!! 」
といって唇に飛びついて接吻しようとした豚鼻の好色鬼を
真由美は触れる間もなく殴り飛ばした。脅威的な怪力と反応速度である。
(ついでにあわよくば服も剥いて陵辱しようとしていた。危機一髪である)
しかしクラッカーとシャンパンは避けきれず、
真由美の服と自慢の黒髪はびしょぬれになってしまった。
「……」
「あれ?真由美か。……どうした? 」
「……」
真由美はその集団の中央にいる人間の男を睨みつけた。
犬面鬼、食人鬼、餓鬼、好色鬼……。
この建物の中に、その男以外、誰一人『人間』はいない。
真由美は勤めて冷静に。……震える声で呟いた。
「小父様のご要望通り。小父様の! 愛娘の! 芹香嬢をおつれしました」
その男は真由美をまじまじみて呟いた。
「(ぼそっ)今日は暖色か」「! 」
真由美の頬が、耳が、一気に赤くなった。
建物に入る前にコートを脱いでいたのが災いした。
真由美のカッターシャツにはシャンパンがかかってしまい、酷いことになっている。
「肌の色と同色の下着ってのも案外扇情的だな」
真由美の腰骨に当てられた拳がわなないているのを知ってか知らずか。
「いやー成長したなぁ~! 真由美ぃ! 」
……と。とぼける“彼”に、真由美は強烈な平手打ち。
……否、掌打をお見舞いした。
(ちょっとだけ、真由美の瞳は潤んでいた)
……。
……。
「ふん!」
そういって背を向けた真由美の肩がわずかに震えているのを見て、
バツの悪そうな顔をしたその男は、真由美に謝罪を始めたが。
「ふーん?それで?」
真由美の返答は冷たい(当然だ)。
良い年こいた男がへこへこ平謝りする姿はなかなか滑稽である。
「な。アメ買ってやるから機嫌直してくれよ」
子供じゃないんだから。
「人を莫迦にするのも大概にしなさいよ」
「お前、アメ好きじゃなかったっけ?
よくお祭りで鼈甲飴買ってやったなぁ。
そうそう、のらくろの奴だ。あ。アレは眞澄だ」
真由美の握り拳がふるふると震え出した。
「それは。母さん」
ポン。と手を叩く男。
「ああ。あの頃はまだマシな世の中だった」
ふざけないで。真由美は呟いた。
「私が貴方の後ろをついて歩いていたのは!
15年以上も前のことよ!! 」
パァン!!と平手打ち。
「それに母さんは! 13年前に死んでるわ!!
なぜあなたが母さんの子供の頃を知ってるの!
いい加減なことを。……いい加減なことを言わないで! 」
セリカ(芹香)が完全に空気だ。なんとかしろ。
「ちょ? ちょっと真由美さん!! 」
ただでさえ散らかっているのに机は飛ぶ、椅子は舞う。壮絶な修羅場が展開された。
餓鬼はまだしも、
食人鬼すら頭を抱えて机の下に避難する。
2m以上ある巨人が机を頭の上に抱えて、真由美と瞳をあわせようとしない光景は
なかなかに笑えるのだが、芹香にはそんな余裕はない。
……何故なら、自分にまで机や椅子が飛んでくるからだ。
頭の上をステンレス製の机が。
……それを抱える犬面鬼ごと通過して行くのをみて、
なかなかシャレになら無い状況である事は確信出来た。
今後、下手に喧嘩の仲裁などすまいと薄れる意識で想いながら。
気が付くと、肩で息をする真由美の目元を、
“やれやれ”といった表情でハンカチで拭っているその男。
平然とした表情で机を片づけなおす食人鬼、
どこに待避させたのか机の上にあった食料を綺麗に並べなおす好色鬼、
てけてけと走りながら布巾や雑巾を操り、後かたずけをし、
横断幕を取り出して掛け直す犬面鬼。
セリカ(芹香)の額に布巾を当てていた餓鬼は、
セリカ(芹香)が意識を取り戻すと、乱杭歯を見せて笑った。
「食べられる」と一瞬思ったが大丈夫だったようだ。
セリカ(芹香)は“彼”に礼をすると、
服についた埃を払い、“彼”を背に立ちあがった。
……背後で。
「じゅるっ」
……という餓鬼の出した音が、 “少々”気になったが。
「真由美。ここには女物の服はないから、
そこのクローゼットからおれのシャツを使え」
真由美は頷くとゴミ捨て場から拾ってきたようなクローゼットを開く。
中の硝子製の鏡は割れてヒビが入っていた。
(……本当に拾って来たのかも知れない)
そこから綺麗に洗濯されたシャツを取り出す真由美。
「……真由美ちゃん。こっちできがえなさい」
別の女の声。
女性が他にもいたらしい。
水と石鹸と。魚? なにかの臭い。
真由美は少々躊躇う様子を見せたが、素早くカーテンの奥に。
好色鬼が透けて見えるシルエットを見ようとして、
“ぽかっ”……“彼”に叩かれる。
隣では洗濯板をもった犬面鬼が真由美の脱いだ服を素早く洗濯する。
パンパン!そして干す。……なんの不思議か早くも乾き出す。
墨アイロンを手早くかけていく間に真由美が顔だけ出す。
真由美は身長は高いほうだが胴体は極めて小さい。かなり“彼”のシャツは大きいらしい。
いくら男物のシャツで足元を隠しても、
相当脚が長い分、足元がかなり気になるらしく、
腿を押さえている様子がカーテン越しに見えた。
そこに犬面鬼が、乾かしたての真由美の服を綺麗に折りたたんで渡す。
あまりの早業に少々驚いた真由美だったが、「ありがとう」と微笑んで再度カーテンの奥へ。
その間に犬面鬼はブラシと布巾を使って真由美のコートと、
セリカ(芹香)の服に付いた埃を取っていく。
ただ、ブラシと布巾を使っただけなのに、
着る前よりも綺麗になった服に驚いたセリカ(芹香)に、
犬面鬼はうやうやしいお辞儀をする。
「あ。ありがとうございます」つられてセリカ(芹香)もお辞儀。
降りかえると、男と目が合った。今度は間違えようが無い。
「今晩は。夢路小父様」
スカートの端を持ち上げてお辞儀。
「久しぶりだな。娘よ」
彼はそう呟くと、セリカ(芹香)を強く抱きしめた。




