第九話。戸惑い
待っても来ない迎えの人たち。
待ってもいないのに来るは『敵』と『神官』。
芹香を突如拉致した娘は彼女を車に乗せて走り去った。
「遅い……かも」
セリカ(芹香)は迎えを待っていた。
確かに遅い。
約束の時間からもう30分が過ぎようとしていた。
『帝都』駅前の人。人の数。
今まで一度も見た事のない人、人、人。
人いきれに慣れていない彼女には眩暈すらしてくる。
春のうららかさに少々眠気を感じだしたが、
いつもの様に木陰で休むわけにもいかない。
(夢路小父様……。大丈夫なのかしら? 急におしごとがはいったのかしら? )
一拍置いて。
(……どんな人なのかしら? )
この国の一般常識からいって、約束の刻限に来れない以上、
事故か急用か、非常識な人間と言う事になる。
もっとも、よほどのことがない限り、事故や急用では即座に連絡が行われる筈である。
手紙の文からして、筆跡は子供のように汚いが、丁寧に書いてあること、
常に彼女を気遣ってくれている文面から、優しい人だとは思っていたが。
(素敵な人だったらいいな)
と考えてしまうのはチョッピリ乙女心であった。
……冷静に考えるなら現役時代の父の知り合いである。若いはずはないのだが。
まぁ、セリカ(芹香)は自分より若い『社会生活可能知的生物』に 会ったことがないのでそれは仕方ないかもしれない。
風が人の接近を知らせる。匂いからして若い男。
健康状態は歩く音や心臓の音からして若干悪い。
(小父様……の代理? 迎えの人かしら? )
挨拶するため、振り帰ろうとして、
「き、きゃ!!」急に、肩を掴まれた。
はしたないとは思ったが後の祭である。
彼女の『肉体』は五感が鋭い。
ゆえに急に触られたりするのは苦手だ。
その青年はこう言った。
「ねぇ。彼女? 」
……。
青年はセリカ(芹香)の顔をみた瞬間固まった。
「あ、あの、あなたは小父様のお知り合いですか?」と問う彼女を尻目に、
その青年は顔面を蒼白にして脚を引きずる様に、這いながら去っていった。
それに止まらず、周囲の人々は『何故か』脱兎の様に去っていく。それに反して。
―――いったいいつのまにいたのだろうか―――
自動小銃、刀剣、梵字やルーンを刻んだ盾や槍を構えた人々が徐々に近くに増えてきた。
皆、こちらとは関係のない方向を向いている。
が、“何故か”彼女を囲むように、徐々に、徐々に増えていく。
肌の黒く、髪の白い無表情な若い娘達―――驚くほど同じ顔立ちだ―――を除き
全員の顔色が悪い。
いままで近くを通っていた人々はあちこちを歩いていたが、
明らかにこの人たちは半径100メートル以上200メートル以下から動こうとしない。
誰一人彼女から視線を合わそうとはしないが、彼女から離れようともしない。
静けさと不気味さに不安を覚え出した頃。
今度は“唐突に”肩を叩かれた。こんなことは今までなかったため驚き振りかえる。
後ろには黒い肌と白い髪の美しい女性が“現れていた”。
「なにをしているわけ? 」
「あ、あのあなたはどなたでしょうか? 」
沈黙。
「質問に質問で返すなんて無礼ね」
恥ずかしさに頬が熱くなる。
「『くろばら』よ」
名前らしい。
「楼蘭人と申します。
芹香・九頭竜・楼蘭人です。失礼しました。
小父様……遥 夢路という方を待っています」
その名前を聞いてその女性の眉が微かに動いた。
「ロ…… (こほん)大尉の娘? 」
「いえ、少尉です」
セリカ(芹香)はそういって返した。大尉と少尉は大違いだ。
『くろばら』はため息をつくようにすると、周囲を笑いながら見渡す。
それはセリカ(芹香)がはじめて見る、凄まじく人を見下した笑い方。
そのような笑い方をする人間に今まであったことの無い彼女には不安と微かな恐怖を呼ぶものだった。
「あなた。“魔法”はどの程度使えて?」「????」
魔法など妄想の産物だ。少なくとも彼女はそう教えられている。
「ふーん?」
その笑い(嘲笑――ちょうしょう――)が自分にも向けられた時、
不安と意味のない怒りがセリカ(芹香)に不愉快感を覚えさせた。
「体術とか、剣や銃、房中術も使えないんだ? 」
くすくすと嘲笑う“くろばら”。
「小父様のお知り合いではないんですか? 」
ちょっと語尾が荒くなる。
「誰でも知ってるわよ。とくに『わたしたち』はね」
謎めいた笑みを浮かべる“くろばら”。
軽い性的興奮状態にあると匂いがしらせる。
「恋人。ですか? 」
不躾にも聞いてしまう。
「違うわね」
“くろばら”は笑った。
うららかな陽射しと(少々冷たいが)心地よい風が吹く春の日だった。
……『隊長』は死を覚悟していた。
“一人”でも全滅が有り得るのに、“二人”に増えてしまったからだ。
こちらの戦力は彼と彼の指揮下にある5体の“HAL”、
ヴァルファー神殿から自主的に参加してきた聖騎士13名、
基督教会や寺、神社などからやってきた戦巫女などが7名だ。
増援が来るには少々時間がかかる。それまで押さえられるだろうか?
家に残してきた妻や子供。今朝のたわいもないひとときが今生の別れになるとは。
……と思ったが彼は職務を忘れるわけにはいかない。
(不審な動きをしたら。斬る)
自動小銃の銃弾すら回避する未来予知能力と身体能力、
吸血鬼に次ぐ回復能力は脅威的だが、吸血鬼と違って一撃には弱い。……はずである。
全員で一斉攻撃を行い、一瞬で決着をつける。
それができなければ、(製造元は否定しているが)HALといえども彼女等に打ち勝つことは出来ない。
「そろそろ。ね」
“くろばら”は周囲をたのしそうに見渡すと、
胸元のスリットと極端に短いスカートの奥に手を入れ、小さく喘ぎ声を上げた。
さて。
遥真由美は怒っていた。
いつまで経っても現れない『小父さんの娘』に対してもそうだが、
(あのいい加減で、耄碌で若作りで無駄飯ぐらいのゴクツブシの時代錯誤の)
……どうやら怒りの対象が別の人物に向かっているようである。
ゆえに、周囲の人々が誰も彼女を相手にしなくなったことも相俟って、
彼女は周囲に剣呑な人々が増えていることに気が付くのは。
(ポン)「危険ですから退去してください」とヴァルファーの聖騎士に肩を叩かれ、
百戦錬磨の聖騎士すらたじろくほどおもいっきり睨んでしまってからだった。
「なにかあったのですか?」
平静さを取り戻し、彼に問い掛ける。
「闇の種族が出ました。現在監視中です。現行法では彼らにも生存権がある以上、
現行犯以外では“神罰”を下すことも殺すことも出来ません。一般人は退去してください」
「人を待っているの」
「気持ちはわかりますが、“命より大切なもの”がいくつもかかっています」
聖騎士――彼では無く彼女だった――は美しいソプラノで説得を続ける。
「“彼ら”は同性だからと言って手を出さないと言う事は有り得ませんよ」
真由美の視線が騎士の片越しに移った。
(あれは……!)
一瞬、目が丸くなる。同時に何らかの決意が瞳に現れた。
真由美はにっこり笑って呟いた。
「心配しないで。私は。……汎用型改造人類だから」
その微笑には一抹の寂しさがあった。
彼女はすたすたと歩き出す。
聖騎士は「フォースでも勝てないのにサードとは言え一般人にはどうしようもない相手です」 と叫んでいたが気にしない。
彼女は愛車の方へ歩き出した。逃げる為ではない。
彼女は否定するだろうが、一族の血が冒険を求めているのだった。
……『準備はいいかしら』
“くろばら”は―――その瞳はセリカ(芹香)のほうをむいていない―――そう呟く。
「ん。……はうっ! ……あぁ! 」
衆人環視の公共の場であるにも関わらず、
周囲の視線を逆に快感に思っている節がある。
こんな人ははじめて見る。
淫猥に身体をくねらし、自分自身を指先で責めつづける“くろばら”に対してもそうだが、
表情一つ変えずに近寄ってくる、古の騎士物語に出てきそうな 騎士や兵隊さんや刀や棍棒をもった神主さんやお坊さんやシスターたちに セリカ(芹香)は戸惑いを隠せなかった。
そして。怖かった。
周囲の人々が彼女を恐れるように。
どうして恐れられるのかがわからないがゆえに。
畏れられている事実がわかっていないがゆえに。
そのとき。
―――キキーッッ!!!―――
唐突に青い箱が彼女の脇に止まった。
中が開き、尋常ではない力で引きずりこまれるが早いか、
「早く乗って!! 」と言う言葉と共に発進する。
後に残されたのは“くろばら”と隊長たちだけ。
戸惑いつつも徐々に包囲を詰めてゆく隊長達。
“くろばら”は上気した顔を隊長に向けて呟いた。
「どうしようかな…? 」
そして呟く。
「ねぇ? あなた? どうしたい? 」
この世界の魔族の中では「くろばら」は最も強く、人類基準では最もマトモな性格です。
人前で自慰を始める変態ですけど(価値観が完全に人間と異なります)。