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エピローグ③

月日は流れ、初夏。

真倥管のかけらも工場もなくなった、新田ホテルは平和な日々を送っていた。

 真倥管は新田ホテルにはない。

その情報がどこからか流れたのだろうか。幸いなことに藍染ニシキは一度もシエルミラを編まずにいる。

 宿泊客の朝食の準備から解放されたニシキは、一階のテラスで椅子に座ってくつろいでいた。

「ねぇ、お姉ちゃん、」ニシキはコーヒィのカップを白い円卓の上に戻し、向かいに人形のように座っている美作を見る。「話があるの」

「聞きたくないわ、きっと悪い話だろうから」

美作は紅茶を飲んでいる。美作は目の見えない生活にすっかり順応していた。閉じられた瞼も、ただ澄ましているようにしか感じられない。一時は人が変わったように元気がなかったが、今では最初に出会ったあの頃のキャラクタに戻っている。

「そんなの聞かなきゃ分からないじゃん」

「分かるわ、」美作は不機嫌そうな表情で言い切る。「ホテルを辞めるつもりでしょ、そんなの許さないわ、フエちゃんも大坂に行っちゃったし、ニシキもどこかに行っちゃったら、私、一体誰を抱いて寝ればいいわけ?」

「えっと、そうね、佐倉さんとか、柔らかくていいと思うよ」

「なんで佐倉の話になるの?」美作は鋭い口調になる。

「あ、ごめん、とにかく少し落ち着いてよ、お姉ちゃん、別に私は新田ホテルを辞めようだなんて、そんなこと思ってないから、私、しばらくはこのホテルからお給料をもらうつもりだから、その、三年、いや、二年くらいは」泳いでいようと決めている。

「……二年、」美作は甘える声を出す。「たった二年、二年ってあっという間だよ」

「そうだね、だから私は二年を充実したものにしたいの、もちろん、ホテルでの生活は充実しているよ、皆にいろんなことを教えてもらって大学の実験室で経験できないことを沢山経験することも出来たし、」ニシキは美作に本当の経歴を全て伝えていた。ゴールド・フィッシュ・グループのことはまだだけど。「でも、私、やっぱり何よりも先にお姉ちゃんの目を直すのが先だと思うんだ、私のせいだから、私がなんとかしたいの」

「ニシキ、」美作は優しい顔をしている。「私はもう覚悟しているよ、それに、ニシキのせいじゃない、私が悪いんだもん、私が悪魔だったんだ、それを救ってくれたのはニシキよ、あなたは私を助けてくれた恩人、だから、ニシキは悩まないでいて、傍にいてくれたらそれでいいから」

「お姉ちゃん、私、」ニシキは美作の手を両手で包んだ。「目薬を探してくる」

「目薬?」

「うん、目薬、お姉ちゃんの目を治す目薬だよ、大学に水と光のイレギュラの魔女がいて、彼女は目薬を研究していたの、視力を再生させることの出来る目薬の研究を、その研究の成果は知らないけれど、でも彼女はきっと完成させていると思う」

「どうしてそう思えるの?」

「彼女は妹のために目薬を研究していたから、だから、きっと」

「どこなの?」美作は聞く。

「え?」

「ニシキはこれからどこへ旅に出るの?」

「ありがとう」ニシキは確か彼女が話していた土地の名前を告げる。

「ああ、遠いなぁ」けれど美作は認可をくれた。「期待しないで待ってるわ」

 そしてニシキは旅支度を始めた。するとそれを聞きつけた従業員たちがニシキの部屋にやってきてとても魔女らしい魔女の一張羅をプレゼントしてくれた。生地が厚い。色は黒。ボタンの数も多い。スカートの裾は短いが、とても初夏の空の下を歩く衣装じゃないと思った。

佐倉サナエも旅に同行することになった。佐倉は美作のことを愛している。佐倉はなぜかそのことを美作でなくニシキに告白して、それから佐倉とは仲がいい。ニシキは佐倉と美作が上手くいけばいいと思っている。この旅もきっかけになればいいと思ってニシキは佐倉を誘った。正直、一人旅は寂しいし。

翌朝、初夏使用のメイド服を身に纏った佐倉と魔女の一張羅を着込んだニシキは正面玄関を出て、見送りに手を振り答えた。美作の表情はとても穏やかで、心配事は何もない、という感じだった。

佐倉とおしゃべりしながら駅まで歩く。切符を切ってもらって改札を通る。他に列車に乗ろうとしている人はいない。列車は十数分の遅れで到着。この駅は終着駅で、高崎から来た列車は再び高崎に戻るのだ。列車の乗客は一人だけだった。列車の扉から出てくる。ニシキはとても驚いた。

「ヨウスケ!?」

「え?」寝ぼけた顔でニシキの方を見る。間違いなく、千場ヨウスケだった。

「ヨウスケ、え、なんで、なんでいるのよ!?」

「お前こそ、」千場はニシキの格好を観察しながら言う。「そんな魔女みたいな格好してどこに行こうっていうんだ」

「伊勢」

「伊勢?」

「ヨウスケこそ、スーツなんて着て、ここに、何しに?」

「さよならを言ってなかった」

「え? ああ、そうだよ、ヨウスケってば、私にさよならも言わずに帰っちゃったんだ、少し、いや、かなり寂しかったよ」

「いや、迎えに来る気でいたからな、お前を」

「え?」ニシキは頭の中が真っ白になる。嬉しいことを言われた気がしたからだ。「私を、迎えにって、つまり、なんなの? 訳分かんないっ!」

「だからお姉さんに頭を下げに来たんだよ、スーツを着ていたら文句ないだろ?」

「え、だから、なんなの!?」ニシキは笑いが止まらなかった。「意味分からない、説明してよ、もっと詳しく話してっ、話せ、このっ」

 列車のベルが鳴る。優しいベルが鳴る。ニシキは教会のベルを想像してしまった。そんなことを想像してしまう自分がとても恥ずかしい。駅員さんがこっちを睨んでいる。

 だからとりあえず三人は慌てて列車に乗り込んだ。

 列車はゆっくりと動き出す。


                                       了



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