第四章⑥
警報が鳴って、新田が表情と目の色を変えて走り出した。エリコとロカがすぐに反応して後を追いかけて、阿倍野はそれに続いた。新田が向かったのは真倥管工場へ続く階段だった。一階から地下一階へ、工場のある地下四階まで新田は階段を駆け下りた。工場への鋼鉄製の重たい扉がくの字型に変形してオブジェのように転がっている。コンクリートの破片も転がっている。階段の上にはエリコと同じ萌黄色のワンピースに灰色のジェケットを羽織った二人の魔女と徳富と、それから美作の姿があった。美作はどうやら気を失っているようで目を瞑っている。グラス・ベルの二人の魔女が彼女の腕を掴んで体を支えていた。エリコは仲間の魔女と徳富の方を見て何か言う。警報のせいで何も聞こえない。新田は工場の中へ進む。阿倍野も新田の後を付いて行った。
新田はきっと数分前までは扉があった場所の傍の壁のレバーを降ろそうとしていた。新田は警報を止めようとしている。阿倍野も加勢する。しかし変形してしまって下に降りない。新田は阿倍野に目で合図する。阿倍野はレバーから離れた。新田は魔法を編んだ。レバーが赤く輝いて変形してしまった部分が元に戻る。新田は黒いジャケットを脱いで、レバーに被せた。高温で触ると火傷するからだ。ジャケットの繊維が解けて、嫌な匂いがする。新田は簡単にレバーを降ろした。
警報は鳴り止む。余韻が耳に響きながら新田は後ろを振り返った。
工場の中を見回す。エリコと、エリコと手を繋いだ徳富とロカが真倥管工場の中を見回す。阿倍野も後ろを振り返った。
真倥管工場の景色で、数時間前新田と二人でココに来た時と変化しているのは、向こう側の扉もこちらの扉と同じように破壊されていたのと、生産ラインを構成する機械の一部が破壊されていたのと、確かバーニング・モータと言っていた工場の中心部の柱の向こう側に、千場と、浴衣姿の金色の髪の少女が立っていたこと。
少女は叫ぶ。「私に近づかないで! 早く逃げて! 私が悪魔になる前に早く! 私が悪魔になったら、誰も私を止められない!」
「天使みたいなこと言ってんじゃねぇ!」千場が叫んでいる。
「あと六十秒!」少女は叫ぶ。「私をピストルで撃って!」
「ピストルはお前が持ってるじゃねぇか、バカ!」千場は叫ぶ。
「バカじゃないもん!」少女が叫ぶ。「バカはヨウスケだ!」
「……おい、徳富、あの二人は何を?」
「あの子、真倥管を触って暴走した美作さんに襲われている私たちを助けようとして、真倥管に触っちゃって、悪魔になるって」
「悪魔?」
「悪魔って何よ?」エリコが聞く。
「分かんないけど、分かんないけど、」徳富は軽いパニックになっているみたいだ。「真倥管は危ないものだったんだ」
「そうだよ、危ないんだよ、真倥管は危ないんだよ、」新田の声は大きくて怒っているようだった。「特にトライオードはレクティファイアと一緒じゃないと駄目なのに、レクティファイアで、トライオードで膨らませた魔力を制御しなきゃ駄目なのに、暴走しちゃうのに、美作には何度も言っていたのに、悪魔になるって言ってたのに、本当に全く、何を考えてるの!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、私たちのせいだ、」徳富の声は震えている。「私たちが勝手にココに忍び込んで真倥管に触ったから、美作さんが怒って」
「なんてバカなことをしてくれたの!」新田は我を忘れた様に髪をかき乱している。
「ごめん、フエちゃん、」二人の魔女に支えられて美作が姿を見せた。美作は目を閉じたままだ。「全部私のせいなの、私が暴走しちゃったから」
新田は美作に近づいて、思いっきり頬を叩いた。「これで何度目よ!」
「……お願い、フエちゃん、」美作は閉じた目から涙を溢した。「ニシキのことを助けてあげて、お願い、ニシキはまだ十三歳なんだ」
「助けるよ、言われなくても、」新田は踵を返す。「真倥管は私が発明した兵器だもん、一番魔女なのは私なんだから」
新田は中央の通路を歩く。阿倍野は並んで歩く。新田は金色の髪のニシキを見据えている。「アキヒト、あなたの鬼の力を貸して」
「ああ、ここには千場がいる」
「エリコ様にもお願いが」新田はエリコを見る。
「私にも何か出来ることがあるの?」エリコは新田を挟んで阿倍野の反対側を歩いていた。
「エリコ様の髪の色は赤」
「ええ、そうよ、私は火の魔女」
「火を頂けますか?」
「私の火は巨大で、」エリコは微笑んだ。「制御できないくらい大きい炎よ、それこそ暴走して、きっと工場が火事になるわ、だから私はキャブズになって空を飛んでいるの」
「構いません、それくらいの火が今は必要なんです」
「それでどうするんだ?」阿倍野は聞く。
「レクティファイアを、」新田はバーニング・モータの前で立ち止まり、見上げた。「真倥管レクティファイアを製造します、レクティファイアをニシキさんに触らせることが出来れば、レクティファイアはトライオードを制御して、ニシキさんはトライオードから手を離すことが出来ます」
新田は言い切った。エリコと阿倍野はバーニング・モータを見上げる。
「あの壊れた機械は発火装置でした、エリコ様にはその機械の代わりになってもらいます」
「分かった、」エリコは頷いて伸びをした。「ああ、火を編むなんて、あの日以来だわ、あの日以来なんだから」
「アキヒトは時間を稼いでいて、バーニング・モータが起動するまで百八十秒、レクティファイアが出来るまで三百秒」
その時間が長いのか、短いのか、阿倍野にはよく分からない。




