第一章②
真倥管について図書館の書庫で得られた情報は少なかった。徳富の記憶を手掛かりに群馬大学工学部研究紀要の第六号に目を通したのだが、真倥管について触れている文章は一ページの半分もなかった。
『真空管製造大手の新田製作所が既存の真空管とは違う全く新しい真倥管を開発した。魔法工学研究の新たな成果。真倥管によって潜在の魔力は整えられ、増幅し、あるいは変化し魔法が編まれる。誰もが緻密で繊細な魔法が容易に編めるようになる、画期的な発明がここに産まれた』
そんなイメージを掻き立てない抽象的な文章が続き、小さな回路図と記号、専門用語の並びで真倥管の原理が短く説明されていた。阿倍野は三十秒間睨んだが、よく分からなかった。千場は考えようともしなかった。徳富は「ああ、なるほど」と魔女でもないのに簡単に理解して微笑んでいた。書庫から出てから阿倍野は徳富に分かりやすく説明してもらった。しかし結局、何も分からなかった。しかし真倥管という発明があり、どうやらそれを上手く使うと阿倍野も魔法を編むことが出来るらしいということは分かった。それが分かっただけでも一定の成果ではある。
阿倍野はどうやって真倥管を手に入れようかと考えた。情報は非常に少ない。市場に出回っているのだろうか。そもそも実用化されているものなのか。
群馬のトラベルブックを図書館から持ち出し、三人は研究棟の一階のラウンジで話し合うことにした。
「とにかく新田製作所に行ってみようよ、」軽いノリで徳富が発言する。「群馬だよね、遠いね、でも、汽車に乗ればすぐだよ、きっと」
「群馬は遠いなぁ、」千場は言う。「群馬は遠いぜ」
「長崎よりは近いんじゃないか?」阿倍野は日本の地図を思い浮かべる。「あ、でも、一緒くらい?」
「ねぇ、阿倍野君、帰りは東京に行って買い物がしたいな、それと確か『ノベルズ』がやっているんだよね、新宿で」
千場は徳富の隣で欠伸をしていた。「のべるず?」
「演劇だよ」
「それよりも群馬の山奥の方が楽しいぜ、きっと」
「……金がかかるな」阿倍野はトラベルブックを眺めながら言う。
「……俺だって金なんかねぇよ、」千場は頭を搔いて目を逸らした。しかし阿倍野が何も言わずにいると、千場は決心したように言った。「……ああ、もうっ、分かったよ、分かった」
「よし」阿倍野は拳を軽く握った。最初から千場のことを当てにしていたのだ。千場の医学の知識は、それに金を払う人がいるほどに深い。
「いぃやったぁ」徳富は千場の金で旅行が出来ることを一回転して喜んだ。色の多いスカートが踊る。
「喜んでんじゃねぇ、行くのは俺と阿倍野だけだ、お前は研究室でお勉強だ」