第四章②
佐倉サナエは美作ショウコのことを愛している。
佐倉は地元の農家出身で、地元の小学校を卒業して、一年前に新田ホテルの従業員になった。佐倉は魔女じゃない。ただのメイドだ。メイドとしては優秀な方だと思っている。メイドの仕事には自信を持っている。でも魔女じゃないからいけないことだと思っている。
美作に恋することはいけないことだと思っている。
普通のメイドなのに、新田ホテルの支配人で、素敵な魔女の美作に恋をするのは普通のことじゃないと思うのだ。しかし恋する気持ちはいくら仕舞いこんでも、何重にも鍵を掛けても、ふとした拍子に出てきてしまう。美作の後ろを歩いているだけで膨らんでしまう。美作と目が合って優しい声を聞くだけで破裂してしまう、破裂して大きくなる。消えることはない。愛を叫んでキスしたくなってしまう。
洗濯物の中からブラウスを盗んでアイロンを掛けたのも、その気持ちが原因だ。
変態だ。
本当に。
危険な気持ちだと思う。この美作への気持ちが膨らんで破裂してまた大きくなって膨らんで破裂して、この繰り返しの未来に私は何か、とんでもないことをしてしまいそうな気がするのだ。それを防ぐために佐倉は何をすればいいか分かっている。
告白すればいい。
美作の気持ちが分かれば。
いいえ。
美作に何か言ってもらえれば。
いい加減気が済む。
そう思う。
今日は告白日和。一体何者だっただろう、あの人たち、あのキャブズたち。
よし。胸に畳んだブラウスを抱き締めた佐倉は美作の部屋の扉をノックする。
返事がないので、小さく声を掛けてノブを回す。回転した。
佐倉は音を立てないように扉を押す。
出来た隙間から部屋の中を覗き込む。
美作はベッドで眠っていた。佐倉は廊下に誰もいないことを確かめてから、部屋に入った。美作の匂いがした。後ろ手で扉を閉める。窓が開いていて乾いた春風が白いカーテンを揺らしている。窓から差し込む光が美作の顔を照らす。とても綺麗だ。佐倉は理性を失いそうになる。ベッドの脇に跪いて美作の唇を眺めていた。気付いたらキスしていた。自分でも力が抜けるほど驚いた。「うわっ、し、しちゃった、しちゃった」
「……ん?」美作が佐倉の声に反応して目を覚ました。「……佐倉?」
「は、はい」
「どうしたの?」
「……え、ええっと」
佐倉が答えあぐねていると美作は目をはっと見開いて起きた。「寝ている場合じゃないわ、」そして自分の胸の辺りを触って険しい表情になった。「真倥管が、……ない、佐倉、私の真倥管は?」
「いえ、分かりません」佐倉は首を大きく横に振った。
美作は軽く舌打ちしてベッドから出て髪をポニーテールに結びながら部屋の扉に向かう。
「あの、どちらへ?」佐倉は美作の背中に聞く。
「工場に行くわ」
「あの、もう、一つだけ」
「なに?」美作が扉を開けて振り返る。
佐倉の胸は破裂しそうだった。勇気を出す。精一杯の勇気。「ブラウスにアイロンを掛けておきました」
「ああ、ありがとう、」美作は佐倉に微笑む。「ベッドの上にでも置いておいて」
美作は部屋から出て行った。佐倉は大きく息を吐く。
言えなかった。
言えないよ。美作が素敵過ぎるから。
でも、美作にありがとうって言ってもらって、今はとても気分がいい。
そして美作の部屋に佐倉は一人。その事実の貴重さに気付いて、慌てて扉を施錠した。
佐倉は最初に何をしようと考えた結果、一分前まで美作が寝ていたベッドの上で、ほんのりと温かい枕を抱き締めて、その匂いを嗅ぐことに決める。




