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第二章⑥

カスミとライカはグラス・ベル・キャブズの営業所の前の電信柱の陰にいた。二人は『メロウディア』というパン屋の派手な看板の上の営業所を見上げていた。二階の営業所の扉には緑色のベルがぶら下がっている。キャブズの営業所の印である。建物の前の道は狭いが人通りは少なくない。メイド服を着ている二人は通行人にきっと変な風に見られている。

「カスミ、どうするの?」ライカはカスミの袖を引っ張る。「扉を叩いて、私の本気のプラズマで」

「バカっ、そんなことしたら、」カスミは近い未来を想像することが出来なかったが、プラズマはまずいと思った。ライカの本気のプラズマは巨大で派手なのだ。「そんなことしたら、警察が来るかもしれない、ましてあの中にはスーパ・ソニックを編んだ魔女がいるかもしれないし、返り討ちに合う可能性だってある、それにもしかしたら、さっき喫茶店にメロンパンを届けに来ていた魔女だって、凄い魔女なのかもしれない、そういう魔女たちのキャブズなのかもしれないじゃないの」

「ファーファルタウのイエロー・ベルみたいに?」

「そう」

「カスミらしくない、凄く及び腰、」ライカは口を尖らせている。「じゃあ、結局、どうするの?」

「敵が出てくるのを」

「待つの?」

「うーん」カスミは判断に迷う。本気で誰かを捕まえようとした経験なんて今までなかったことだ。いや、ある。小さい頃、といっても魔女になったばかりのほんの六年前くらいのことだ、魔女になったばかりで徐々に暴力的になっていたカスミはまだ魔女じゃなかったライカと鬼ごっこをしていて。

「私の作戦はね、」ライカが人差し指を立てて言う。「カスミのパープゥで、」パープゥは密閉された空間に破裂するまで、際限なく水を送り込む魔法だ。きっとパープゥという以外に名前があるのだろうが、同じ魔法をカスミは他の水の魔女が編んでいるのを見たことがなかった。小さい頃、鬼ごっこをしていたときだ。カスミは廃ビルの一室に逃げ込んだライカを窒息させて捕まえようとした。パープゥは咄嗟に考え付いた魔法だった。部屋の窓ガラスが割れ、ドアが水圧に耐えられなくなって破裂。ライカはカスミの前に昆布のように流れて出てきた。そのとき「パープゥ」とライカはバカみたいに水を吹いた。「もうビッショリだよぉ」ライカはバカみたいに、とても気持ちよさそうに言ったのをカスミはよく覚えている。「パープゥで営業所を破裂させて、慌てて外に出てきたあの女を捕まえる」

「プラズマと同じよ、目立ってしまう、」カスミは出来るだけ穏便にことを進めたいと思っている。「ここは駅前よ、それに下はパン屋さん、駄目よ、そんなの、パンが濡れちゃうかもしれないじゃない、メロンパン、おいしかったね」

「うん」ライカは頷いた。

 その折り、グラス・ベル・キャブズの営業所の扉が開いた。扉から出てきたのは緑色のワンピースに灰色のジャケットを羽織った、赤毛の魔女。昨夜追いかけた魔女だった。カスミはライカの手を強く握って素早く死角に移動する。移動して、壁の影から扉を確認する。逃げたあの女が赤毛の魔女の後ろに乗った。

「痛いってば、カスミ」ライカはカスミの背中に向かっている。

「あ、ごめん」カスミは後ろを振り向かずに手を離した。

 赤毛の魔女はふわりと空中に浮かんだ。営業所の扉からはさっき喫茶店にメロンパンを配達しにきた魔女と、それから黒い長い髪の、いかにもお伽噺に出てきそうな魔女が出てきて、箒に跨って空中に浮かんだ。そして北の空に向かって飛んで行く。

「どこに行くんだろう?」

「早く追わなくちゃ」ライカはすでに箒に跨って飛んだ。

「ああ、ライカってば、」カスミも箒に跨って浮上する。すぐにライカの横に並ぶ。カスミはライカのスカートの裾を引っ張る。「低く飛ぶよ、気付かれちゃう」

 二人は高度を落とした。今度はライカが言う。「どこに行くんだろう? ……あ、この方角ってもしかして」

「ホテル?」カスミは嫌な未来を想像してしまった。「ねぇ、ライカ、もしかしてあの魔女たち、もしかしたらホテルまで飛んで」

「真倥管を奪おうとしている?」カスミとライカは目を合わせた。

真倥管を守るのが二人の仕事だ。問題を起こして学校を辞めさせられた二人だけれど、新田ホテルに就職できた。それは二人が曲がりなりにも魔女で、暴力的な魔法を編むことが出来たからだ。真倥管を守る仕事があったからだ。もし、彼女たちに真倥管を奪われてしまったら、それは二人の責任だ。二人は今の生活に満足していた。お金は沢山もらえるし、住む部屋も食事も悪くない。学校で問題を起こして絶望的な生活を味わったことある二人には素晴らしい生活だった。失いたくない生活だった。今を失いたくない。今を失いたくないから本気を出さなきゃいけないらしい。申し訳ないけれど彼女たちには沈んでもらう。

 カスミは意識して気持ちを高めた。思考を徐々にシフトする。水の魔女が振るう、慈愛に満ち溢れた、強靭で、確固たる暴力の所在は、母なる海にその原理を求めることが出来る。カスミは群青色の原理に、自らを濡らしていく。沈めていく。

カスミは徐々に高度を上げた。キャブズたちに接近する。

 ライカは遅れてついてくる。

 カスミは速度を上げた。

 カスミの群青色の髪は発光を開始。

 グラス・ベル・キャブズの三つの影が大きく見える距離にまで近づいた。

 あの女が後ろを振り返った。

 カスミは時間をかけて魔法を編み込んでいた。

 コレだけの時間があれば、真倥管なんてなくても、問題児の私でも素晴らしい魔法を編むことは可能だ。

「ジスティロワータ」

カスミは速度を緩め、左手を掲げ空に向かって指を立てて素早く発声する。

 カスミの瞳がダイヤモンドリングのように輝く。

 直後。

 巨大な水の塊が雲よりも低い高度の空に出現。

地上に巨大な円形の影が産まれる。

 その影に三つのキャブズはすでに飲み込まれている。

 カスミは左手を降ろす。

人差し指はキャブズを狙っていた。

その指の軌道とシンクロして水の塊は落下する。

 落下。

 一瞬で落ちた。

 キャブズを飲み込んで落ちた。

 カスミは空中で止まった。

ライカはカスミの少し前の空中で一回転している。「ああ、やっぱりカスミの水は素敵!」

巨大な水の塊は地上に雨を降らしていた。

その街だけビッショリ。

キャブズは水の重さに耐えられず。

名前の知らない雨降りの街のどこかに堕ちたはず。

少し疲れた。

久しぶりに本気を出したから。

呼吸を整える。

心地のいい脱力感がカスミの脳ミソに走る。

暴力的なことをした後はいつもこんな感じ。

気持ちがいいしかし。

 カスミはそして笑った。突然沸き上がった気持ちは今までにないほどの暴力的だった。

 キャブズたちは飛んでいた。濡れてない。私の水に濡れていない。

 髪の毛は乾いていて、風に揺れている。こっちを見ている。

 赤毛の魔女がこっちを見ている。

 カスミは歯を見せて笑った。突然沸き上がった気持ちは今までにないほど、暴力的だった。

「素敵、カスミのその顔、私、今のカスミが一番好き」

ライカは堪らないという表情をカスミに見せて、そしてプラズマになってキャブズたちに向かって飛んで行く。



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