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第二章④

少女は鍵を開けて阿倍野のいる白い空間に入ってきた。少女に一瞬見下ろされる。見下されたわけではないのだろうが、酷い圧迫感を感じた。違う。偉大さというか、魂のレベルというか、いや、意味が分からないが、とにかく、少女は阿倍野の前に立った。

 そして少女は屈み、阿倍野の胸に耳を当てた。

 心臓の音を聞いているようだ。

 その行為の意図は謎。

 少女は阿倍野の胸から耳を離す。少女は小さく阿倍野に微笑む。「手を出して」

 言われた通りに阿倍野は繋がれた手を前に出す。少女は鍵を持っていた。阿倍野の手枷と足枷を外す。自由になった、のだろうか、状況は分からないまま。

「酷い顔、ごめんなさい、本当に、」少女は白い空間から出て鏡台の引き出しから小さな小箱を取り出した。正面に赤十字が見える。「手当をしてあげる、ここに座って」

 阿倍野は言われるままに椅子に座った。そして少女の手当てを受けた。非常に手際がいい。消毒液が沁みた。

「はい、終わり、」少女は小箱を引き出しに仕舞って言う。「それじゃあ、少しあなたの時間をくれない? 説明してあげる、きっと美作は分かりやすく色を付けて説明していないでしょうから、」少女は部屋の扉の近くに立って椅子に座ったままの阿倍野を見ている。「説明した方がいいでしょう? このまま帰るのも理不尽でしょう? ううん、きちんと説明して、謝らないと私の気持ちが変になる」

「……まだ千場の手当てが、」阿倍野はやっと声を出すことが出来た。「千場の方がきっと、強く蹴られたから」

「え、ああ、」少女は千場の存在なんて知らなかったような反応をする。「寝ているから痛みなんて分からないと思うけど、」少女なりの冗談なのだろう。独りで笑っていた。「とにかく、一緒に来て、あ、逃げようとして変なことをしないでね、心配しないで、大丈夫、ちゃんとホテルの外の空気を吸わせてあげるから、約束する、根拠のない約束だけど」

 少女はまた独りで笑っていた。阿倍野は千場の方を一度見てから立ち上がった。少女は鍵を阿倍野に渡した。少女は自分の手と足を指差す。それをヒントに阿倍野は千場の手枷と足枷を外した。鍵を少女に返す。

「さあ、行きましょうか、」少女はクルっと回れ右をして阿倍野に背中を向ける。「それとも彼を一人にするのは心配?」

 心配?

 そうじゃない。

 俺がそう見える顔をしているのは。

 千場がこの少女に対してどんな感想を持って、どんな行動を起こすのか、とても気になるからだ。二人が目を合わせた時に起こる反応に興味がある。未知の領域が想起される。

 少女は阿倍野を見て扉の外に立つ。ゆったりとステップを踏むように跳ねて歩く。その佇まいはとても子供っぽい。オレンジ色の髪が、きっとどこかで混ざり合って溶け込んだ銀色を主張しながら揺れている。少女は俯いて床を見る。そして上目で阿倍野を見る。その目の色はまだ判別できない。その目から魔女特有のヒステリィの匂いも感じられる。阿倍野は多少の身の危険を感じて、足に力を入れて立ち上がる。

「さあ、行こう」少女は微笑んで一回転して方向を変える。少女はとても高い音を立てて歩く。阿倍野はその後ろを付いていく。途中、壁際に阿倍野の腰くらいまでの高さの柱があった。柱の上には金魚鉢。その横を通過。金魚鉢には一匹の金魚。僅かな時間だが、観察した。とても悠長に白勝ちの桜錦が独りで泳いでいる。視線を少女に戻す。少女の髪を結ぶ真っ赤なリボンが揺れていて気になる。少女は阿倍野の方を振り向かない。そのまま階段を降りていく。途中で木製の手すりが金属製に変わる。匂いも変わる。空間の変化を感じた。牢があった階から、三つ階を降りた。そこで下へ続く階段はなくなった。代わりに鋼鉄製の扉が現れた。少女はチェーンにぶら下がった小さな銀色の鍵で扉の施錠を解く。少女は阿倍野の方を見た。「重たいの、開けてくれない?」

 阿倍野は扉のノブを引く。確かに重たい。少しの力じゃビクともしない。息を吸って力を入れる。金属同士が擦れる音が響く。扉の厚さは阿倍野の靴のサイズと同じだ。重たいはずだ。少女は隙間を抜って、扉の向こうに行った。扉は三十度くらいしか開いていない。阿倍野は力を入れるのを止めて少女に続く。

部屋というのにはその空間は広すぎた。

中はドームのような構造。つまり天井は半円球。その空間に存在するのは黒鋼色の機械。空間のライトの光は弱い。弱くて微細なところまで見えないが、ここが工場であることには違いないだろう。機械同士はそれぞれリンクして生産ラインを作っている。それは音を立てていないが、いつでも動き出しそうに躍動的だ。生命体のようだった。心臓の音がしたっておかしくないと思う。本当に、圧倒される。

「ここは真倥管工場、」無音な空間に声が響く。少女はいつの間にか中央に真っ直ぐに伸びる通路をゆっくりと先へ歩いていた。「私が設計したのよ、とても芸術的で素晴らしいでしょ、真倥管が生産される場所、ココには魔法工学の最先端技術が集合している、あらゆる新しくて個性的なものがここに集まっているの、シンデラのシリコバレイにだってこんな素敵な場所はないと思う」

 少女は真倥管工場の丁度中央にそびえる柱の前に立っていた。阿倍野はそこまで歩く。少女は阿倍野が近づくのを待ってから説明してくれた。見ると柱は複雑な構造をしていた。樹齢千年以上の巨木のように太く、表面にはそれの皺のように無数の管が絡みついている。

「この柱はバーニング・モータ、つまり工場の中枢、この中で真倥管が精製されるわ、」少女は真倥管が出来る工程を、たまに冗談を交えて、少し早口で説明してくれた。しかし、魔女でもない阿倍野にそれを理解することは無理だった。少女の冗談も分からなかった。途中から脳が働きを止めた。分かったのは。「この工場は私の魔法がないと動かないの、誰にも動かせない、貴重な金属と濾過を繰り返した石油燃料と私の魔法が揃わないと動かない、真倥管は出来ない、」そう語る少女の横顔は自信で満ち溢れていた。「何か、質問は?」

「君は俺に、」

「フエコ、」少女は阿倍野の言葉を遮って言う。「新田フエコ」

「阿倍野アキヒト」

「阿倍野アキヒト、アキヒト」

「……新田は俺に、」

「新田?」新田はまた阿倍野の言葉を遮る。そして目を丸くしていた。新鮮な感覚を味わっている表情。しかし、その反応の意味は分からない。ただ不愉快な表情ではないことは確かだが。「あなたは、アキヒトは私のことを新田って呼んでくれるの?」

「ああ?」阿倍野は新田の質問の意図が分からない。「なんでそんなこと」

「新田、新田、」少女は指を紅い唇の近くに添えて、発音しながら、その場で回転して、きっと喜んでいるのだろう。「あはは、私は新田ぁ」

「それで、新田」

「うん、アキヒト」新田はとてもフランクな笑顔を見せる。

「くれるの? 俺に、真倥管を」

「あげない、」新田は手を後ろに組んで独りで笑う。「うふふ」

「よこせ」そう近づいて言ってみる。

 新田は怯まない。背は阿倍野の方がずっと高いのに。むしろ楽しんでいる。きっと新田は自分の魔法に絶対の自信を持っているのだ。そして真倥管もきっとどこかに隠しているに違いない。怖がる理由はない。新田を怖がらせることは不可能に近い。

「アキヒトの返答による、気持ちによる、アキヒトがもし私の要求に頷いてくれたら、」新田は阿倍野を上目で見る。不思議な色の判別はまだ出来ない。「委ねてもいい、私の真倥管」

阿倍野はシガレロが吸いたくなる。「……要求っていうのは?」

「アキヒトは私と、新田ホテルを守ってくれる?」

「どういう意味?」

 新田は体の向きを変えた。そして歩き出す。「来て、アキヒト」



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