T* 機械の願い事
「で、失敗したっていう結果を持って帰ってきたの?」
私はこの人に弱い。私は決して創作者だけには逆らえないように作られているから。
規定で禁止されている以外の命令に、背くことは許されない。
しかし初めて、命令に逆らった気がした。
「夕凪はどうして華を嫌うの?」
大切なものが多くて困ってしまうと、昔永杜が言っていた。
その時は大切なものなんてなかったから、よくわからなかったけれど、今はよくわかる。
私は夕凪も華も大切だ。そう思う心が創られたものだとしても、複雑なことに私はそう思う。
「華を嫌いなんじゃないわよ」
知ってる。
「黄昏さんが創ったから?」
夕凪は黙り込む。私はそんな夕凪の姿を誰かに見せてあげたくて仕方がない。
泣きそうな目を床に向けて、何かに耐えるようにうつむく彼女のその姿を、誰かに分かってほしい。
『私は夕凪が嫌いです』と華は言った。
人の好き嫌いが少ない彼女がそう思うほど、華にとって夕凪は困った存在なのだろう。
けれど私にとってはとても大切な人なのだ。彼女の内側はとても心地いい。
「ごめんね、T28」
ぼそりと消えてしまいそうな声が言った。
確かに私は華が大切で、華を傷つけなければならないようなことを命令されるのは困るけれど、そう分かっていても命令せざるを得ない夕凪の気持ちが分かるから、実行に移す。
大切なものが多いと困る、というのは本当だ。
けれど私が困るだけで全てが上手くいくのならそれでいい、そうはいかないから大変なのだ。
夕凪は決して、私たち機械を壊さない。
いつも「ただの機械」だと散々言っているくせに、他のどの研究者よりも優しい。
私は一度捨てられた機械だから、人に捨てられる感覚も、焼却炉から私を拾ってくれた夕凪の優しさも決して忘れることはできない。目覚めたとき綺麗な体で、信じられないほど動きやすい空っぽの設定のまま、夕凪という人間を視界に映した。
「起きたみたいね」
起こしてくれたのは貴女でしょう。そう心の中でつぶやいたはずが、音になって出て行った。
そのことに驚きそっと音が出て行った場所に手を当てる私を夕凪が笑った。
「人間になったのは初めて?」
「フィオ」
どこかでそんな高度な研究をしていると聞いたことがあった。総合研究所というベースメントポリス最大の研究施設の一角で、機械を人間にしたり、人間を機械にしたりといった、おとぎ話のような研究をしていると。
「そうよ、貴女はフィオ。人間化された機械T28」
それから私は人間化を強化すべく、たくさんの訓練をした。心の中で思ったことを言葉にしないように、作り笑いをうまくできるように、誰にでも好かれるような人間になるように。
決して人にはなれないけれど、それでも夕凪は私をまるで人のように扱ってくれた。
まるで妹のように、大切にしてくれた。
そんな彼女はずっと、自分が欲しいもの全て兄である黄昏さんに奪われてきたと話してくれたことがあった。酔いに任せて心の中にため込んだものを吐き出しているようだった。夕凪が捨てたくても捨てられず、そんなふうに抱えているものを、少しでも受け止められたらと思った。
天才の黄昏、秀才の夕凪。
総合研究所の研究者たちの間ではそう呼ばれる兄妹。
そしてその言葉が周りの評価として彼女をさらに追い詰める。陰では秀才は天才に敵わないと笑うものもいる。確かに黄昏さんは今期最高のティオも創りだし、過去最高のフィオも創りだしたという。
研究者たちのなかでもティオとフィオの両方を創れるものはほとんどいない。いたとしてもかなりの高齢で実践の場には立っていないものばかりだ。
彼の若さでその実力をもつというのは努力だけでは不可能なのかもしれない。けれど夕凪は幼いころから兄と比べられ、不出来だと言われ続けた結果、努力の夕凪と呼ばれるまでになり、今では黄昏さんの次に優秀な研究者だとさえ言われている。ただ、そこにある差ははかりしれない。
全てを奪われたから、彼から何かを奪いたい。
そんなふうに思う心があることも私は知っている。私にはそれがいけないことだとは思えなかった。
彼女は何を言われても決して泣かない強い人だけれど、優しい人は皆強く、それと同時に皆脆い。
だから私だけは彼女の味方でいたいのだ。最後の1人となっても、この身をささげて彼女を守りたい。
地上世界でも地下都市でも、どうか私の大切な人が幸せでいられますように。
それはあまりにも難しい、私のたった1つの願い事。
照は人間に好かれるように作られたけど、人間が大好きな子だから、とても大変っていうお話。




