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E* 隣の陽だまり

「ベースメントポリスってさ、会社とかじゃなかったんだね・・・」

華に手を引かれるままにやってきた小さな喫茶店の奥にある小さなクローゼットのような木箱に2人で入ると、ガゴンという妙な機械音がした。まるでエレベーターの中にいる感覚に驚いたまましばらくゆられた後、開かれた扉の向こうには華がベースメントポリスと呼ぶものがあった。

「ベースメントポリスは地下都市のことです。正確に言うとここはベースメントポリスJ、第四地区と第五地区の境にあるベースメントポリスの入り口です」

はぁ、とため息しか出ない。50メートルはありそうな壁は永遠と地平線まで続いているように思える。

地下都市という言葉にいよいよ意味が分からなくなってきた。

真っ白な鉄板がまるでドームのようにすべてを覆っている。空はなく、そこにはその鉄板が宙に浮く明かりに照らされている。

「ここが」

「人口は現在5千万人と少ししかいません。面積はほぼ地上の日本と同じくらいだと聞きました」

「本当に都市・・なんだ」

「はい。永杜に嘘はつきません。」

のんきに笑っている華にはは、と乾いた笑をこぼす。何も華が嘘をついているのではないかと疑っているわけではなく、ただ信じがたい現実を目の当たりにして、それ以上の何もいいようがないだけだった。

「入りますよ。これは永杜のパスカードです」

いつのまに撮られたのか、顔写真と指紋が写された小さなカードに紐を通し華が僕の首にそっとかけた。

「似合ってます」

何故か嬉しそうに笑って華は僕を無意味におだてた。

パスカードが似合っていても嬉しくはないが、華が褒めてくれるのは嬉しい。

やはり繋がれた小さな手はぐいぐいと僕を引いて縦に細長い鉄格子の門の前に行くと、門の脇にいる門番らしき男に手を振った。

「・・・仲いいの?」

「兄妹みたいなものです。あの人は黄昏に創られたフィオL03」

「フィオって」

「人間化機械。門番をするために創られた中身は機械、外見は人間です。夕凪はL03を不良品だと言ってました」

また新しい名前が出てきた。L03と呼ばれたのは門番のことだろう。遠くてはっきりとは見えないがにこりと笑って手を振りかえしていた。夕凪というのはわからないなと考えていると、ギィと重い音が響き門が開かれた。

「L03は優秀なフィオだと私は思います」

華が門をくぐり終えて、また門番のほうへ振り返ると手を振ってそう小さな声で言った。

「あんな遠くからちゃんと私を認識し、永杜を認識します。今まで一度だって間違ったことはありません」

それならこの言葉もちゃんと聞こえているといいな、と思った。

機械化されて、感情を表現するのは苦手な華の哀しげな想いが僕にはわかった。

「そうだね。僕もそう思うよ」

そういうと華が少し嬉しそうに僕を見て小さく頷いた。

それからまた手を引いて広い通路のようなところを歩いていく。門の内へ入ると遠くにまるで城のような建物が見えた。白い空に届きそうなほど高い城だ。

「あれは?」

「あそこはメインタワー。限られたごく一部の人しか入ることが許されていない場所ですよ」

「華は入ったことあるの?」

「一度だけ、黄昏に連れていってもらったことがあります」

華の表情を見るとあまりいいところではないらしい。無表情の奥に少しばかりの恐れのような感情を見た気がした。

「永杜、入ってください」

「あ、うん」

促されるまま華の開いた扉の向こうへ踏み込むと、そこには真っ白な明るい廊下がやはりずっと遠くまで続いていた。

「すごいところだね」

「無機質なところでしょう?廊下はどこもこんなふうになっているので迷子にならないように気を付けて」

「ならないよ」

「永杜はなりそうだから心配です」

昨年の夏祭りは確かに華とはぐれて、元の場所に戻るのも苦労したが、あれを迷子と呼ぶのは少し嫌だ。

そんな僕に華は言った。

「手をつないでいれば大丈夫ですよ」

あの日も今年の夏祭りも同じことを言われたのを思い出す。

「子供じゃないよ」

「知ってますよ」

華がおかしそうに笑って手を引いた。

何の不安も感じないのは華がこうして手を握ってくれているからだろう、と僕はそっと握り返す。

本当はこんなわけのわからないところへ連れてこられて、気がどうかしそうなのに、華がいるから平気でいられる。いつもそうだ。

いつも助けられるのは僕で、いつも好きなのも僕のほう。

『調査、観察を目的に永杜に近づきました』

ふと、華の言葉を思い出す。今まで付き合っていたのも、全て義務だったのかと思わずにはいられなかった。裏切りと呼ぶこともできそうなものだが、僕にそんなことができるはずがなかった。

「暖かいね、華の手」

「永杜が冷たいんです」

この僕の冷たい手を温めてくれる華になら裏切られてもいいかなと思ってしまうのだ。

白い廊下を永遠と歩いていく。華がそっと僕の隣に並んだ。小さな彼女の細い肩が僕の腕に少しあたる。

そこに熱が生まれる。

「熱くないですか?」

「熱くはないよ」

「そうですか。まぁ、熱くても離してあげませんけど」

じんわりと体中に広がっていく熱が心地いい。

どこまであるのか分からない真っ白な廊下を、華の小さな歩幅で歩いていく。

たとえそれが義務でも、華の意思がそこになくとも、ずっとこうして歩いていられたらいいのにと思ってしまうのだ。

「よかった」

一瞬春風が華から吹き込んできた気がして華を見ると、頬を赤く染めて小さく笑っていた。

それだけでいい。

こうして華の手を握り、華が笑って、二人で歩いていられるなら僕はそれでいい。

そう思いながら僕は何の音もしない真っ白な廊下を華の隣でゆっくりと歩いていた。

「永杜」

「ん?」

「永杜がおしゃべりするからです」

「何が?」

「迷子になってしまったのですよ」

「え!?」


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