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Y* 真実の腕の中

「ずっと、謝りたかった。夕凪をあんなふうに傷つけてしまったこと。俺は何もわかってなかった。夕凪がどんな気持ちで、生きてきたか。俺に勝ちたいと思っていてくれたんだよね、ずっと」

兄さんの声は待合室に震えて響いた。喧嘩をした後いつもこんなふうに声を震わせて謝っていたなと遠い昔の、それこそまだ誰の言葉に惑うこともなかった無邪気な子供のころを思い出した。

そしてその喧嘩さえ、いつも一方的に私が怒りをぶつけていただけだということも。

「夕凪は、競わされているだけで本当はもっと自由に生きたいんだろうと思ってた」

そう思ったこともあったかもしれない。

「勝たせてあげたかったわけじゃなくて、ただ解放してあげられると思ったんだ」

それはきっと嘘ではない。私が彼を拒絶するようになったあの日以来、彼は決して手を抜かず、天才の名を持ち、私に勝ち続けた。私が勝ちたいと思っているなら向かいたってやると告げていたのだと今ならわかる。あのころはそれさえも、私に対する力の差を見せつけて、やはり馬鹿にしていると言っているのだと思っていた。

勝ちにいく私に立ちはだかった彼の中にあったのは、本気でやってやろうという優しさだった。

そこには勝たせてやろうなどという思いは全く感じられたなった。


だからきっと、兄さんは本当に私を、あの苦しみから解放したいと思っただけなのだろう。

「本当にごめん」


兄さんが与えてくれるのはいつだって私のためのものだったのに。

『私のことを考えて選んでくださったそのお気持ちが、嬉しかったのです』

そう言った暦様の気持ちが今ならよく分かる。

兄さんさえいなければ失敗作だなんて言われずにすんだのに。黄昏が兄でなれければ、苦しむことなどなかったのに。ずっとそう思ってきた私の中の脆さがすっと剥がれていくような気がした。


私が苛められていた時も、人を責めることは苦手なくせに必死になって守ってくれた人。

私が作ったものを全て捨てずにいてくれる人。

どれほど私が不出来でも、ただ1人ずっとすごいと認め続けてくれていた人。


「貴方が兄でよかった。貴方の妹でよかった」


今なら心からそう思える。


「私こそ、ごめん」


ごめんだなんて謝ったのはいつぶりだろうか。

そう思った私を兄さんの大きな腕が包み込んだ。


「仲直りだ」


低い声。

震える腕。

暖かな温度。

その中にじんわりと溶かされた喜び。


「そうね、仲直り」


思わず笑ってしまうほど、弱弱しい兄の胸に頭をとんとあてた。

思い返せばただの兄妹喧嘩だったのだな。

そう思った私は気付くといつぶりか、心からの笑みをこぼしていた。

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