Y* 過ちの日
「お兄ちゃんはできるのに、どうして夕凪はだめなのかしら」
幼い頃、その言葉はいつも兄を私に縛り付けた。
父も母も、できた兄を見ていたばかりに、私があまりにも不出来だと思わずにはいられなかったのだろう。兄は何をさせてもすべてを完ぺきにこなしてしまえる人だった。勉学だけではなく、全てにおいて彼は完璧だった。私が努力したところで、彼には遠く及ばず、いつだって私は不出来だと言われ続けた。
そんな言葉に慣れてしまっても、私の中に負け続けても構わないと思う気持ちはなく、いつか必ず勝って見せると思っていた。
周りの人間は皆、陰で私を笑っていた。
あれだけ頑張ってあれか、失敗作だ、と笑った。
ついに父と母までどこで間違ったのかと言った。
兄がそこにいると私はいつだって失敗作だった。
そんなある日、私はその成功作である兄に勝った。
「最優秀賞・・・」
それは兄も出展していた研究発表でのことだった。
ようやく兄を抜いた。ようやく勝った。これでもう失敗作ではない。これで胸を張って、黄昏の妹だと言える。認めてもらえる。そう思った。
しかしそんなはずはなかったのだ。
それに気づいたのは兄の出展作品、私の目には誤魔化すことのできない改造作を目にした時だ。
兄が中等部のころに作ったものとほとんど変わりなかったそれは、当然教授となった私に勝るはずのないものだった。
それを見た瞬間、兄が何を考えそんなことをしたのかが手に取るように分かった。それからも彼はあらゆることを疎かにし、誰もが天才も結局はただの人だと笑い始めるまで失敗し続けた。
落ちぶれた天才を完璧に演じていた。
「夕凪は偉いね」
そんな時、彼は私にそう言った。もうその時の彼の表情など覚えていないが、とても穏やかな声に私は自分の手を握りしめ、じっと耐えるように兄の言葉を聞いていた気がする。
「努力は天才なんかよりずっと優れた才能なんだよ。」
「誰も気づかないだけで、天才なんて秀才の足元にも及ばない。」
兄さんはそう言った。
そんなことを貴方には言われたくない、と心の中で叫んだ。手を抜いて、わざと私を勝たせて、そんなことで私が満足すると思ったのか。そんなことで私が喜ぶと思ったのか。そんなことをしなければ私は勝てないと思ったのか。
いつだって私のすぐそばで励ましてくれていた兄のその行為は私にとって裏切りだった。いくら頑張っても無駄だと、勝たせてやるから素直に喜んでいろと、そう言われている気がした。
「いいかげんにしてよ」
誰の何よりも、兄のその行為が私は哀しかった。兄さんだけは私の味方だと思っていたのにずっと嘲笑っていたなんて、と思わずにはいられなかった。
「兄さんが手を抜いたことで勝って喜ぶほど、私は馬鹿じゃない。いつもそんなふうに思ってたの?勝たせてやらなきゃ、私は一生兄さんには勝てないって。ずっと・・・、馬鹿にして笑ってたんでしょ!」
その言葉に彼がどんな表情をしたのかは、分からなかった。涙でいっぱいになった目は全てをぼかして映した。私は生まれてからずっと与えられ、どこに逃すこともできずにいた苦しみを兄にぶつけるように言った。
「兄さんに、失敗作の気持ちなんて分からない」