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T* 曲げられた真実


―――――兄さんに失敗作の気持ちなんて分からない



手に取るように分かるほど思いつめた冷たく重い言葉だったのを今でも何一つ忘れることなくその生々しい記憶に蓋をして、逃げるように戻ってきた現実世界には桜井永杜が心配そうな顔をして立っていた。


「大丈夫ですか?起こしたほうがいいのか迷ってたんですけど」

「あぁ、平気だよ。最近寝不足なんだよねぇ。ちょっと夜遊び減らさなきゃなぁ」


最近毎日のようにあの日の夢を見る。冷たくてたまらない、あの日の夢。

気が付くと汗だくになって目を覚まし、息を乱している。


「夕凪さんの夢ですか?」


桜井永杜は申し訳なさそうにそう言って、俺が驚いているとすいませんと頭を下げた。

もう覚醒の日は近いのだから、彼の意思に関係なく、真実を見てしまうのは仕方のないことなのに、彼はひどく罪悪感を感じているようだった。


「君が気にすることじゃないんだよ、永杜君。それより夕凪が誰かまで知ってるのも真実が見えたから?」


ずいぶん感じやすくなったのだな、と感心していると桜井永杜は首を横に振っていった。


「夕凪さん、この間ここへいらしたんです。その時に」

「来た?・・・・ここに、あの子が・・・本当に?」

「え?はい」


夕凪がここに来た。

それこそ真実かどうかを疑いたくなることだった。あの夕凪が俺の研究室に来たことなど、あの日以来1度もない。そもそもあの子と言葉を交わしたのは、あの日が最後。もうずいぶん昔のことのように思われた。会いに行っても追い返され、彼女の姿を見ることができるのは学会の時だけ。

そんな夕凪が俺の研究室に来たのはきっと、桜井永杜がここにいるということを知っていたからだろう。


「喧嘩でも、しているんですか?」


桜井永杜にはどんなふうに真実が映し出されているのだろうか。もしかするとあの日の記憶まで見えているのかもしれない。そして俺の奥にある触れられてはならないこの感情まで。


「すいません、余計ないこと・・・」

「いや、いいんだよ。君の質問にはできるだけ答えなくちゃね。・・・喧嘩というより、嫌われてるんだよね」


夕凪は俺が兄ではなければ、と幼いころからよくそう言っていた。

比べられることに苦しみを感じていることは俺にも分かっていた。だからその苦しみから救ってやれるならと、俺は天才を捨てることを選んだ。けれどそんな想いが、他の誰からの感情よりも、夕凪を傷つけてしまった。


「人は俺を天才と呼ぶけど、天才なんかより秀才であることの方がはるかに優れているんだよ。けど誰も、あの子にそう言ってくれるやつはいなかった。俺が言うんじゃ駄目だったのに。あの子は俺と比べられて苦しんでた。だから俺は、一番最低なことをしたんだ」


あの頃はそれが唯一の道だと思っていた。

夕凪を苦しみから救うためなら、他の何をも厭わなかった。


「全てを捨てたんだ。分からないように少しずつ、俺が天才なんてものを捨ててしまえばあの子はきっと楽になると思った。けど夕凪はそんなことを望んでなんかいなかったのかもしれない」


俺の自己満足があの子をきっとひどく傷つけた。


「あの子を傷つけて、俺は何もしてやれない。ただ俺が存在してるだけで夕凪は苦しむ。それでもやっぱり」


夕凪だけは、捨てられなかった。


「黄昏さんは、夕凪さんを愛しているんですね」


それはまるで俺をすっぽりと呑み込んでしまうような言葉だった。


「・・・妹、だからね」


それ以上でも以下でもない。

俺はそれをよく知っている。あの子がどんなに俺の妹であることを呪っても、俺がどれほどあの子の兄でなければと願っても、夕凪は俺の妹だ。


「妹ってそんなに、大切なものなんですね」

「あぁ」


とても、とても。

初めて会ったときから、まだあの子が目すら開いていないときから。

いやむしろ、あの子が母のお腹の中に小さな光として生まれたときから、俺が兄であることは決まっていて、俺はただその命がそこに存在しているだけで幸福を感じられた。


「僕も華がとても大切です。黄昏さんの内にあるそれは、華が僕にくれるものとよく似ていて、とても・・暖かい」


HU06と桜井永杜は兄妹でも、姉弟でもない。

そう、だから似ているのだとすれば俺が夕凪を想う気持ちがHU06が桜井永杜を想う気持ちと似ているのだろう。それはきっと真実だ。


けれどこの世界には、知られてはならない真実がたくさんある。誰かが隠そうとする重大な真実を真実者たちが見て聞いて語り、そして桜井永杜が触れて暴かなければならないことがたくさんある。

それと同じくらい暴く必要のない真実だってたくさんある。

世界は広い。

真実を暴く真実者たちがいるように、それを曲げる者だって存在する。


「永杜くんには妹がいなかったよね。だから似ているように感じるだけじゃないかな」


暴くべきものではない真実を曲げるために。


「そう・・・、ですかね」

「そうなんだよ。妹っていうのはとても愛おしいものだからね」


知られてはならないこの感情を、夕凪には伝えることさえ許されないこの真実を、俺は今もこれからもずっと曲げ続ける。


「そうかもしれませんね。変なこと言いました」


世界はそう簡単には創られていない。


実は黄昏さんね、すごい力と感情をこっそり持ってるんですよっていうお話でした。

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