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E* 平日のプロポーズ

華の機嫌はすこぶるよかった。

僕の体調はすこぶる悪い。

行きたいところがある、とめずらしいことを言うから僕は嬉しくなって華に手をひかれるままついてきた。どこでもいいよと言った手前、見慣れた建物が目に入ったあたりから何となく嫌な予感はしていたが、そこで引き返すことなど華の嬉しそうな顔を見るとできるはずもなかった。

そしてその嫌な予感は的中し、今に至る。

「ずっと見たかったのです」

まだパンフレットを眺める華の目はうっとりとしている。

確かに映画の宣伝を見たときから華は僕に楽しみです、と言っていた。

「永杜は本当に何も食べませんか?」

「うん、今は・・ちょっと」

僕はまだ主人公の腕がもげる映像が頭から離れず、とてもじゃないが何かを口に入れる気分にはなれなかった。こんなことになるのに、華はいつも僕を誘ってくれる。そしていつもこんなことになると分かっていて、僕は彼女の隣に座る。

彼女が僕と観ることを選んでくれた喜びを時折忘れそうになるけれど、他の誰かではなく僕を選んでくれることが僕は嬉しい。それだけではない。僕は我慢ではなく、彼女が楽しいと感じるものを僕も隣で一緒に感じていたいのだ。華が嬉しそうにしていたり、僕が泣きそうになるのを心配しながらも頬を染めて見つめてくるのを、一番近くで見ていたい。

そう思うとふっと内から笑みが零れ出る。

「何がおかしいですか?」

「おかしいっていうより、なんだろうな」

「楽しい、ですか?」

「うん、そうなんだけど」

フライドポテトを食べる華が首をかしげる。

「今何となく思ったんだ。もし、華と出会ってなかったら、僕はこういう映画やドラマをさ、見ることもなく死んでただろうなって」

きっとそれは僕にとって限りなく平和な世界に違いない。華と出会わず、他の女の子の隣で、ホラー映画を怖がる女の子の隣で平気なふりをして強がって、それ以降はその子のためにと言い訳をしてホラー映画を封印して生きていたと思う。

けれどそんな世界はきっと限りなく退屈な世界に違いないことを僕は知っている。

「それはありません。永杜はきっと華と出会っていなくとも、いつか他の誰かと観る可能性が大いにあります」

「そうかな」こんなに頻繁に好き好んで、と笑ってしまう。

「はい」華の目はいつになく真剣だった。

「そもそも、華に教えてくれたのは永杜です」

「そうだっけ」

「はい」

それでも、こんなふうにまた観たいと思うのは、隣にいるのが華だからだと思うんだ。

そんな僕の中で揺れている不安に、僕はふと疑問を抱いた。

僕は何の不安も感じてなどいないはずなのに、確かに内にあるコレは誰の不安か、そう思った。

僕の不安ではなく、華の。

真実。

僕は華の内にある真実に触れていた。


もしも、と思ったのは僕ではなく華だ。そう思ったとたん、僕は自分の内側に溢れるものに言葉を失った。


声でも音でも映像でもないそれは、とめどなく僕の内いっぱいに広がって、響いていく。


「違、う。そうじゃない。」


永杜は華と出会わずとも、誰かと楽しく笑っていただろう。

永杜は華を好きにならなかったら、普通の人生を過ごせただろう。

永杜が華以外の誰かを好きになっていたら、華は永杜の隣にはいなかっただろう。

楽しいも、嬉しいも、寂しいも、忘れたままだっただろう。

永杜がもし、華以外の誰かを好きになってしまったら、華以外を選んだら、華は。


「そうじゃないよ・・・」

「永杜?」


僕の名を呼ぶ華に、何と言えばいいか分からなかった。

勝手に華の不安に触れたことを申し訳なく思った。自分が怖いと感じた。

心を読んでいるのと同じじゃないか、とうつむき自分の足元を見つめた。華はそれを知ったらどう思うだろう。そんな臆病が僕の口を噤ませる。

嫌われたくないと思う気持ちが、華の不安を否定してやりたいと思う気持ちとせめぎ合う。


「どうしましたか?」


小さな体いっぱいにこんな不安を抱えて、その不安を消すために、隣に僕がいるということを確かめるために、僕が華を選んだという確信を得るために、華は僕とここへ来ることを望んだ。


「・・・永杜?」


僕は華の抱える真実に泣きたくなった。


一生、華だけだと誓っても構わないほど、今、僕が華を好きだということをどうすれば伝えられるだろうか。もしもなんて存在しえないことだと、僕は華以外を選ぶ選択しなど持ちえないのだと、どうすれば分かってもらえるだろうか。


華は僕がいなくとも華で、僕も華がいなくとも僕だということ。

それでも、僕等は2人だから僕等だということ。


「明日もまた、今日のやつを観に来よう」


華はきょとんとした顔で僕を見た。


「映画なんて、華が隣で楽しんでいたら何でもいいんだ。逆を言うと、華以外の誰と何を観ても、今日のほど楽しいとは思わないんだよ。華が生きている限り、華が僕を嫌いになっても、僕は華としか手をつながない。つなげない」


平日のファーストフード店の端の席で、僕はまるでプロポーズをしているようだった。

しかしそれほどに必死だった。君ばかりじゃないんだよ、と伝えるために。華の不安を少しでも取り除くために。僕の臆病に華は勝利した。

華は驚きながら僕の言葉を理解すると、白く小さな手を僕の手に伸ばして、そっと触れた。


「それなら明日は、永杜が好きなものを観たいです」


僕の中にまた、真実が見えた。

それは華からそっと流れ込み、僕に染み込んで行く。

触れてもいいよという暖かなものと、まるで春の野原に吹く春風のように心地よい、華が僕に向ける愛しいという感情。

僕はただその手を握り返すだけでいっぱいいっぱいだった。

そして心の中でどうか華にも伝わりますようにと願いながら、彼女に一生を誓ったのだった。

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