墓場まで
ロドリフ男爵家に公爵家から書簡が届いた。
男爵家当主はひっくり返り、恐る恐る内容を確認し、執務室に次男のアーリットを呼び寄せた。
「お前はっお前はっ! この間の社交場でトイレを有耶無耶にしようとして噴水に落ちたな!?」
「その件なら終わったことでしょう? 粗相するよりマシだったと父上も言っていたではありませんか」
「公爵家のご令嬢を庇って落ちたのか!?」
「二人の令嬢から押されたのを庇って落ちましたね。公爵家のご令嬢だったんですか? 」
「公爵家当主様はお前を是非婿と言ってきている! いいか! トイレを有耶無耶にしたかったことは墓場まで持っていけ! いいな!?」
そこでアーリットはアハハと笑う。
「僕が公爵家の婿? 何の冗談ですか。うちは男爵家ですよ。とても釣り合いが取れませんよ」
それを聞いて男爵家当主は呆れ返る。
「馬鹿者。忘れたのか? お前の祖母は隣国の末の姫君だ。血筋ならば釣り合いは取れるんだよ」
「あ……そうでした。でも僕兄様の脛を囓って生きていこうと思っていたんですけど」
「この際自立するんだな」
何もかも規模か違う公爵家にアーリットはただだ圧倒された。
付き添いできた男爵家当主は平然としているようで、アーリットの名前を間違えて公爵家当主に紹介していた。
公爵家当主は笑って許し、アーリットは次男の名前をド忘れする父親に代わりに名前を名乗る羽目になった。
そこで紹介された令嬢のベリーロッタはとてもふくよかだった。
公爵家当主はベリーロッタにアーリットに庭の案内をと言い、二人は美しい庭を歩くことになった。
アーリットに付く従僕がいなかったので、騎士を二ヶ月で辞めた庭師が公爵家の子息を見たことがあるという理由で選ばれ、アーリットの後ろを歩いている。
「あのう」
「どうなさいましたか?」
「私の方からお父様に婚約を断っておきますわ」
「え?」
「私のような者と婚約者になりたくないでしょう? でもお礼を言いたくて。庇って頂いてどうもありがとうございましたですわ」
ベリーロッタは笑った。
その笑みが病気で亡くなった母親の笑みと重なった。
ふくよかだったが、病気で小枝のように痩せ細る前の母親の笑みと。
「いいえ! 断らないで下さい!」
気がつけば、そう口に出していた。
ベリーロッタは驚く。
「いいんですの? 私のような者と?」
「僕の母上も病気で亡くなる前はふくよかで温かい人でした。公爵家の婿なんて光栄です。僕と温かい家庭を築きましょう」
ベリーロッタは嬉しそうに笑う。彼女の後ろにいる侍女も涙ぐんでいる。
(母上と笑みが重なったことは、墓場まで持っていこう)
アーリットは内心決意するのだった。




