プロローグ
その都市には、もう十年も名前がなかった。
かつては アウレリス と呼ばれていた。
だが今、人々はただこう呼ぶ。
"ケージ"
誰も出られない。
誰も入れない。
そして毎夜……何かが空から降ってくる。
人々の皮膚に紋様が現れた日、同時に“壁”も現れた。
白い光のドームが都市全体を覆った。飛行機はそれに衝突し、電波は消え、インターネットは死んだ。外の世界は記憶になった。
そして、“神々”が語った。
顔はない。
身体もない。
ただ空そのものが生きているかのように響く声だけ。
「ここはお前たちの試験場となる」
「生き残れ」
説明はそれだけだった。
慈悲も、それだけだった。
最初の夜だけで、何千人も死んだ。
空間に開いた光の亀裂から落ちてきた“それら”は、動物でも機械でもなかった。骨が外にあり、あるはずのない場所に目があり、食べるためではない口を持っていた。
銃は効かない。
刃物も通じない。
だが一部の人間は……何かに目覚めた。
腕、首、胸、顔。身体に光の印が浮かび上がった。まるで光で刻まれた傷跡のような紋章。
能力。
炎。
速度。
念動力。
治癒。
こうして都市の唯一の法則が生まれた。
強い者は生きる。
弱い者は餌になる。
十年後、人口は半分以下になった。
電力は要塞化された区域だけ。
学校は軍事拠点。
病院は徴兵施設。
子どもたちは文字より先に戦い方を覚えた。
そして都市の中心、かつて公園だった場所には、誰も建設した記憶のない黒い塔がそびえている。
人々は言う。そこが神々の“ゲーム管理者”の住処だと。
入った者は……誰一人戻らない。
だが怪物より恐ろしいものがあった。
飢えより。
死より。
もっと恐ろしいもの。
噂だ。
生存者、傭兵、能力者の間を巡る囁き。
「能力を盗む少年がいる」
コピーではない。
習得でもない。
奪うのだ。
だが条件がある。
必ず“誰かが死にかけている場所”に現れる。
その夜、天が光でひび割れる空の下、十七歳の少年が崩れたビルの間を走っていた。手に付いた血は彼のものではない。
その目に恐怖はなかった。
あったのは罪悪感。
胸元、破れた服の下で、黒い紋章が弱く光っていた……まるで壊れかけているように。
目の前で、重傷の男が恐怖に満ちた目で彼を見た。
「お前……」とかすれた声で言う。
「能力泥棒……」
少年は歯を食いしばった。
「俺は泥棒じゃない……」
空からはもう怪物が降り始めている。
時間はない。
いつだってそうだ。
「……ただ、遅すぎただけだ」
胸の紋章が、男の紋章の光を喰らい始めた。
光が砕ける。
能力が持ち主を変える。
そして彼の人生の一部が……また消えた。
都市を覆う結界の上空、高みから見えない存在たちが観察していた。
「不規則個体を確認」
「能力奪取機能を検出」
「興味深い干渉」
声が一瞬止まる。
「実験難易度を上昇させる」
空に、新たな亀裂が開き始めた。
それが、「檻」の均衡が崩れ始めた夜。
神々が注目した夜。
そして、己の能力を憎みながらも——
それを使って神々のゲームを破壊する少年の物語が始まった夜だった。




