第9話 《崩れたもくろみ、消えぬ執念》
0 プロローグ
(深夜。ガラス越しの街が、蛍光灯の白で滲んでいる。
歌原レイラ――死まで、あと三年。)
妹を守る戦いは、法廷を越え、
“家族”という名の欲望さえ敵に変えようとしていた。
---
1 ホライゾン本社・夜
(高層ビルのロビー。無機質な床が、蛍光灯を鏡のように返す。
和人と陽子は受付前で場違いな笑顔を浮かべていた。)
和人
「歌原です。常務の渡辺さんに面会の約束を。……取り次いでくれ」
(奥の内線が光り、やがてスーツ姿の男が現れる。渡辺。
かつての取引先を前に、目だけが冷たい。)
渡辺
「……外で話そう。ここじゃ目立つ」
(3人は夜風の中へ。街灯の白が舗道を照らし、無言のまま喫茶店へ入る。)
---
2 喫茶店・半個室
(古いジャズとコーヒーの匂い。
渡辺は黙ってカップを傾け、和人と陽子の落ち着かない視線を受ける。)
渡辺
「……で、要件は」
和人
「レイラの件だ。家庭裁判所で揉めてる。
不利になる情報を、少しでいい。あんたも昔、旨い汁を吸った仲だろ」
陽子
「そうよ。あなたが今の地位を得たのは、私たちの協力があったから」
渡辺(心の声)
――相変わらずだ。
十年前と同じ。娘を金に換えることしか考えていない。
……それこそが、俺の黒歴史だ。
渡辺
「恩でも売ってるつもりか。滑稽だな」
(和人と陽子が固まる。)
渡辺
「レイラの背後には“ファッション界の帝王”アレッサンドロ・ノルディがいる。
日本中が知ってる話だ。
──あの男を敵に回したら、会社ごと消える」
(陽子の顔が青ざめる。)
渡辺
「ノルディを敵にした事務所は一夜で干される。
スポンサーも契約も吹き飛ぶ。……俺も、その波に沈む」
(わずかに苦笑し、灰皿に煙草を押しつける。)
渡辺
「それでも、レイラがいたから今の俺がある。
感謝はしても、恨みはしない。
弱みを知っていたとしても──あんたらには渡さん」
(椅子の軋む音。渡辺は立ち上がり、背を向ける。)
渡辺
「……あんたらと組んでいた時間は、俺の黒歴史だ」
(扉の鈴が鳴る。残るのは冷めたコーヒーの苦みだけ。)
---
3 喫茶店前・路地
(街灯の下。二人の影が雨に溶ける。)
和人
「……くそっ!」
陽子
「どうするの……もう、終わりなの?」
(和人は煙草に火を点け、低く吐き出す。
赤い火が一瞬、怒りの形を映す。)
和人
「彩がいる限り、金の流れは残る。
“育ててきた実績”がある以上、まだ戦える。
どんな手を使っても、取り戻す──最後までな」
(陽子は怯えと安堵の間で言葉を失う。
二人の影は長く伸び、夜の底に溶けていく。)
---
4 ナレーション
冷めたコーヒーの香りが、まだ店に残っていた。
誰も何も言わなかった。
けれど、その沈黙の奥で──
“執念”だけが、静かに呼吸していた。
---
――第10話へつづく。
あとがき
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第9話では、両親と渡辺の邂逅を通じて、レイラの背後に立つ“帝王ノルディ”の存在が改めて浮き彫りになりました。
それでもなお和人と陽子は執念を燃やし、彩を手放そうとはしません。
次回・第10話では、三年の長きにわたる親権争いについに判決が下ります。
勝利を掴むのは果たして――ぜひ見届けてください。




