第6話 《波紋》
歌原レイラ(25歳)――死まで、あと三年。
妹を守るための戦いは、いよいよ法の場へ踏み出そうとしていた。
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1 レイラのマンション・朝
窓辺から差し込む朝日。
白い床の中央で、彩が「レイラ体操」を必死にこなす。腕は震え、呼吸は荒い。だが、一年前より姿勢は格段に整っていた。
彩(息を切らして)
「……はぁ、はぁ……どう? 少しはマシになったでしょ」
レイラはソファから立ち上がり、妹を見下ろす。冷ややかな眼差しの奥に、かすかな誇り。
レイラ
「悪くない。でも呼吸が浅い。形だけでは“美”は空虚よ」
彩(苦笑)
「ほんと、おねーちゃんは厳しいんだから」
差し出されたタオルで額を拭う彩。レイラはその汗を見つめながら、胸の奥で思う。
レイラ(心の声)
《……夢を語る子どもじゃなくなった。この一年で、彩は確かに“生き方”を変え始めている》
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2 テレビのニュース
壁掛けテレビに速報テロップ。
『歌原レイラ、所属事務所を退所 個人事務所を立ち上げ』
会見映像。白いブラウスに黒のジャケット。笑みはなく、揺るぎない瞳。
彩(息を呑む)
「おねーちゃん……本当に辞めたんだ……」
レイラ(淡く笑う)
「縛られる場所にいては、美は守れない。彩、あなたも“歌原彩”として立つ時が来るわ」
彩は拳を握り、力強くうなずく。
彩
「うん。必ずやる。おねーちゃんと同じ場所に立つ!」
レイラは妹の瞳に、未来の光を垣間見ていた。
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3 彩の帰宅
玄関。制服姿の彩が靴を履き、鞄を肩にかける。
彩
「今日はありがとう。また来るね!」
レイラ(微笑)
「いつでもおいで。ただし、学業はおろそかにしないこと」
彩
「分かってる。一カ国語でも多いほうが有利なんでしょ?」
彩はふと振り返り、英語で言う。
彩(英語)
「See you next time, sister!」
レイラは少し目を細めて笑みを浮かべる。
レイラ(英語)
「Good. Your pronunciation is better than before.」
彩は得意げに胸を張る。
彩
「でしょ? 学校の授業だけじゃなくて、自分でも練習してるんだから!」
レイラは妹の瞳に未来を見つめ、胸の奥で確信する。
レイラ(心の声)
《語学も学び始めた。授業だけじゃない、独学で積み重ねて……もう日常会話なら問題ないレベルにまで来ている。
これは遊びじゃない。本気の火が、確かに宿っている》
彩が笑顔でドアを閉める。
残されたレイラは静かに息を吐く。その笑顔の裏に、妹に見せられない決意が潜んでいた。
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4 歌原家(両親の住まい)
夕方。乱雑な郵便物、転がる空き瓶。彩は靴を脱ぎ、足早に自室へ。
居間ではテレビの音が大きく響いている。
テレビには「レイラ退所」のニュース。
陽子
「……本当に辞めたのね。個人事務所なんて、うまくいくのかしら」
和人
「計算高い女だ。スポンサーも繋ぎ止めるだろう。……まだ稼げる」
陽子は顔をほころばせる。
陽子
「ならレイラの未来に乾杯ね。少し贅沢でもしようか」
その時、固定電話が鳴る。和人が苛立ちつつ受話器を取る。
職員(電話越し)
『家庭裁判所です。歌原彩さんの親権について、歌原レイラさんから申立てがありました』
和人の顔から血の気が引く。陽子は凍り付く。
職員
『虐待の診断記録、経済的浪費の証拠に基づく申立てです。詳細は追って送付します』
沈黙。受話器を置く和人。
和人(低く)
「レイラめ……俺たちを裏切りやがった……」
陽子(呟く)
「……本気で彩を奪うつもりなのね」
暗い居間に、濁った光が浮かぶ。
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5 レイラのマンション・夜
窓辺。街の灯り。レイラのスマホに弁護士からのメールが届く。
《申立ては受理されました。次は審理に入ります。反発が予想されます。慎重に――》
レイラ(心の声)
《どんな反撃が来ても……彩だけは、必ず守る》
同じ時刻、両親の居間。沈黙の後、陽子が低く落とす。
陽子
「……レイラ。あんた、絶対に許さない」
部屋の灯りが弱く瞬き、闇が深まっていく。
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ナレーション
両親は“裏切り”を確信した。
その確信は、やがて静かに──破滅の計画へと変わっていく。
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――第7話へつづく。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第6話《波紋》では、物語が大きく動き出しました。
彩が少しずつ「夢を語る子ども」から「行動する人」へと変わり、
一方でレイラは、妹を守るために両親へと真っ向から挑む決断を下しました。
“家族”という最も近い存在が、最大の敵へと変わる瞬間。
この波紋は、やがて取り返しのつかない渦へと広がっていきます。
──どうかご期待ください。




