第5話 《決別の夜》
──守るべきものと、切り捨てるもの──
歌原レイラ(24歳)――死まで、あと四年。
その夜、彼女は初めて「家族」と決別する覚悟を口にした。
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1 歌原家・居間(夜)
古びた照明がテーブルの天板を白く照らす。
壁には色あせた家族写真。新聞や空き瓶が無造作に積まれている。
テーブルを挟んで両親とレイラ。
彩は廊下の影から様子をうかがう。
壁掛けテレビには、消音でレイラの映像が流れていた。
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陽子
「ねえレイラ、今月の“生活費”はもらったけど……それとは別に投資の資金も必要なのよ。
約束したでしょう、私たちの挑戦は応援してくれるって」
和人
「俺たちの生活を少し楽にしてくれても、バチは当たらんだろう」
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レイラは背もたれに深く寄りかかり、視線だけを二人に向ける。
実家の空気に居心地の悪さをにじませつつ、淡々と。
レイラ
「……今は渡せないわ」
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陽子
「どういうこと? 今までは渡してくれてたじゃない」
和人
「まさか金を抱え込むつもりか?」
レイラは鼻で笑う。
レイラ
「“投資”に失敗しては私に泣きつく。それが挑戦?」
両親が口ごもる。レイラは目を細め、淡々と列挙する。
レイラ
「太陽光発電の飛び込み契約。名義だけ私にして三年で赤字。
“確実に倍”というDMに乗って仮想通貨で半分。
ガレージには加湿器と延長コードが山積み。
……守るって、損を私に押し付けること?」
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和人
「う、うるさい! 誰だって間違える!」
レイラは静かに息を整え、まっすぐ両親を見据える。
背筋を伸ばしたその姿は、もはや“娘”ではなく、ひとりの経営者の顔だった。
レイラ
「今すぐじゃないわ。スポンサーとの契約もあるし、関係各所に義理を通す必要がある。
でも、頃合いを見て事務所を離れるつもり。
自分の会社を立ち上げる。
その準備に資金も時間もかかるから──“支援”は期待しないで。」
(バッグから封筒を取り出し、テーブルに置く)
レイラ
「生活費だけは、これまで通り送る。
それ以外は、今日で終わり。
これが最後の“親孝行”よ。」
(沈黙。蛍光灯の低い唸りだけが響く)
陽子
「そんな……私たち家族でしょう?」
レイラは目を伏せ、わずかに息を吐く。
レイラ
「“家族”って、都合のいいときだけ名乗るものじゃないわ。」
立ち上がる。椅子の脚が小さく鳴る。
レイラ
「彩の生活にだけは、手を出さないで。」
振り返らず、玄関へと歩き出す。
その足音は、長い依存の鎖を断ち切るように静かで確かだった。
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2 廊下 → 居間
小さな足音。彩が顔を覗かせる。
レイラは振り向きざま、自然と肩の力を抜き、彩を見るなり穏やかな顔になる。
唯一の癒し──この家で心から安らげるのは、妹の存在だけだった。
彩
「……おねーちゃん、眉間にシワ。やだ、“がんばってる笑顔”の顔だ」
レイラは彩にだけ柔らかな微笑みを見せる。
レイラ
「大丈夫よ、彩」
彩
「ホントに大丈夫? さっきの笑顔、少しだけ嘘だった」
レイラは目を伏せ、彩の額にそっと指を当てる。
レイラ
「嘘をつくときは……彩の前だけ難しいの。ごめんね」
彼女は彩の頭を優しく撫でる。
レイラ(心の声)
《あなたは――私が守る》
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彩
「わたし、おねーちゃんみたいなモデルになりたい!」
レイラは微笑の奥で何かがほどける。
レイラ
「そう。じゃあ“レイラ体操”、朝晩欠かさずやりなさい。基礎は大事よ」
彩
「わかった! 毎日やる!」
レイラ
「それなら大丈夫。彩はモデルになれる。私の妹だもの」
満面の笑みを向ける彩。
その瞳を見つめ、レイラの胸に決意が宿る。
レイラ(心の声)
《……あの親たちの手から、彩を自由にする》
レイラはスマホを取り出し、短くメモを打って信頼する弁護士へ送信する。
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ナレーション
両親との決別を決意するレイラ。
その一歩が、静かな波紋を広げていく。
やがてそれが――彼女の命運を大きく揺るがすとも知らずに。
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――第6話へつづく。
今回は「実家での対峙」を描きました。
高級マンションで一人暮らしをしているレイラが、あえて実家に足を運び、両親と話し合う──その舞台設定です。
彼女の生活と仕事はすでに“トップモデル”としての華やかさに包まれていますが、実家に戻ればそこは金銭要求と不穏な空気の漂う空間。
唯一の癒しは、妹・彩の存在です。
笑顔の裏にある疲労や決意、そして「個人事務所を立ち上げる」という宣言。
それはスキャンダルごときに屈しない強さを示しつつも、家族との関係を断ち切らなければならない覚悟の始まりでした。
レイラが放った決意は、やがて彼女の命運に大きな波紋を広げていきます。
次回、第6話では──その決別の先に待つ「裁判所」と「親権」という現実に迫っていきます。
どうぞお楽しみに。




