第27話《死者、現世に降り立つ》
【1】墓地・風のない午後
(無風。線香の煙がまっすぐ昇る。石畳は乾き、空気は止まったまま)
レイラ(淡く滲む気配)
「……すみません。少しだけ。
あなたの身体、貸して。歩きたいの」
(参拝客は通り過ぎる。誰一人、気づかない)
レイラ
「見えて……ない?
声、届かない……の?」
(良太、レイラを呆然と見つめる)
良太
「……え、俺だけ? 俺だけ見えてるの?」
レイラ(薄く光る瞳)
「そう。あなた、だけ」
良太
「なんで俺……?」
レイラ
「三つ。
墓石、洗って。
拝んで。
線香、くれた。
──それで、繋がった、かも」
良太
「いや、それ日本標準の供養セットですが。
毎年やってるけど、母さん出てこなかったよ?」
レイラ
「理屈は、わからない。
でも──縁は、本物」
(レイラの輪郭が揺らぎ、かすかに揺れる)
良太
「で、どうするの。帰るなら……身体くらい貸すけど」
レイラ(小さく首を振る)
「帰らない。
……彩に会う」
(照れたように俯く)
「電車、乗りたい。……お金、ない」
良太
「俺も無いよ。貯金ゼロ、キャリアゼロ。
役に立てなくてごめん」
レイラ
「じゃあ……名前」
良太
「与那嶺良太」
レイラ
「良太。頼れるの、あなたしかいない。
取り憑いてても、いい?
報酬は……遺品、全部」
良太
「やめとこ。
“霊に許可もらいました”は裁判で絶対負ける」
(レイラ、ほんの少し困った顔。人間のしぐさ)
レイラ
「……まず、良太の家に帰る。
家族、心配する。
帰ってから考える」
良太
「え、君も来んの?」
レイラ
「私の移動手段、良太だけ。
尽くす。損は……させない」
良太
「取り憑かれてる時点で損だけど……
まあ、人として見捨てられないし。少しなら」
良太《……了解しちまった。情が芽生えたのか俺……》
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【2】憑依、そして歩き出す
(レイラがそっと良太の肩に触れる。空気が震える)
レイラ
「……借りる。少しだけ」
良太「どうぞ」
(レイラが溶け込む。瞳の焦点が“王の眼”に変わる)
良太《うわ来た来た!急に立った!操縦権99%持ってかれた!》
(身体が立ち上がり、重心が軸に吸い寄せられる)
レイラ(良太の口で)
「……歩く」
良太《俺オマケ!?人生乗っ取られ系チュートリアル!?》
(一歩。地面を確かに踏む)
レイラ
「……重い。温かい。……生きてる。
そして、臭い」
良太《言い方ァ!詩的ディス!幽霊の現世VR!?》
(歩幅が伸び、空気が流れる。風が撫でていく)
良太《速っ!俺こんな脚長モード搭載してない!
近所に“急に垢抜けた無職”って噂立つ!》
レイラ
「風……匂い……忘れてた……すごい」
良太《……感情、伝わってくる……やば、泣く》
(空を仰ぐ。儚さと芯)
レイラ
「世界、まだ……動いてる。よかった」
良太《こっちは膝死ぬけど!? 片道50分だぞ?》
レイラ
「大丈夫。歩く。今日は……ちゃんと」
良太《膝にも供養を……》
(曇り空の歩道を、一つの身体で進む)
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曇り空の下、
死者はもう“浮いて”いない。
生者の速度で、帰る場所を探す。
魂は、足音で現実に戻る。
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【3】与那嶺家・夕方
(レイラが抜け、良太が崩れ落ちる)
良太
「ぎゃあああああ膝!!膝が終わった!!!」
(床を転がり、太ももが痙攣)
良太
「急に“パリコレ回線”繋ぐな!
俺の脚、地方民用ノーマルモデルだぞ!?
重心どこ!俺の膝どこ!」
レイラ
「歩いただけ」
良太
「“歩いた”じゃねえ、“切り裂いた”だよ!
ハムストリングから救急車呼ぶ音した!」
レイラ
「……良太の身体、ちゃんと使う。
モデルのものにする」
良太
「やめて!? 膝が職失う!」
レイラ(小さく微笑む)
「訓練、明日も」
良太
「明日!?俺は今日で限界!!」
(テレビつける。彩の社長就任会見)
良太
「妹さん、レイラの事務所の社長だって」
レイラ(息を呑む)
「彩……代表取締役……だめ」
良太
「なんで?誇らしいだろ」
レイラ
「時間は命。
彩は歩く子。
経営で止まる……それは、だめ」
ナレーション
彩は、姉の名を守るために立った。
だがレイラにとってそれは──
未来を質に入れる行為。
レイラ(震える)
「彩は、進む子。止まっちゃだめ」
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第28話へ続く
✒️あとがき
線香は、死者を呼ぶ呪具じゃない。
「忘れていない」という静かな灯り。
その温度が、
途切れた道に足場を返す。
今日、ひとつの魂は
生者の速度で世界に触れた。
ただ──会いたい人がいるだけで、
祈りは道になる。




