第25話 《伝説と無職》
> 43歳・無職──伝説のモデルの墓を掃除した日、俺の人生は再起動した。
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【1】43歳無職の部屋(朝)
(カーテンの閉じられた、薄暗い六畳間)
(PCモニターの青白い光が、無音の空間をぼんやりと照らす)
(壁にはアニメポスター。足元には食べ終えたカップ麺の容器と脱ぎ捨てられたTシャツ)
(エアコンの吹き出し口からは、かすかにカビの匂い)
──キーボードを叩く音だけが、部屋の呼吸を支配していた。
良太
「与那嶺良太、四十三歳。職歴、空白。
生きてるのに、生きてないような毎日──それが、俺の“現実”だ。」
(間)
(カップに、前に使ったティーバッグをもう一度放り込み、お湯を注ぐ)
(色の薄い液体をかき混ぜて、ぼそりと呟く)
良太
「……二回目でも、まだ味するな。」
(小さく笑う)
「今の俺には、これで十分。」
(ぬるいコーヒーを一口すすり、わずかに顔をしかめる)
(モニターの反射光に照らされた自分の腹を見下ろす)
良太
「……この腹、ひでぇな。」
(思い出したように苦笑する)
良太
「近所のおばちゃんが言ってた。
“稼がないのに、いいもん食べさせてもらってんだね。親に感謝しなよ”って。
──その通りだ。年金暮らしの父親の金で生きてる俺なんて、みっともねぇにもほどがある。」
(しばし沈黙)
「……痩せなきゃな。」
(良太、ニュースサイトをスクロール)
> 『歌原彩(16)、伝説の姉の年商15億の事務所を引き継ぎ代表取締役に就任』
『高校1年で社長に──亡き姉・歌原レイラの遺志を継ぐ』
(同時に流れるSNSコメントのざわめき)
> 「16歳で社長! 学業と両立できんの?」
「レイラの妹ってだけで人生勝ち確だな」
「生まれながらの勝者ってこういう子のこと」
(良太、無言でモニターを見つめる)
良太
「……高校生で、社長?」
(苦笑)
「マジかよ。現役JKでも会社動かしてんのに──
俺は、親の年金でティーバッグ二回使いかよ。」
(マウスをクリック。画面が暗転。部屋の空気がさらに沈む)
良太
「十五億かぁ……。
百万円くれないかな。
推しグッズ、しばらく買ってないんだよ。
買いたいなぁ。」
良太
「父さんの年金が、唯一の収入源。
俺にできるのは、“負担にならないこと”だけ。」
「電気は最小限。風呂は週一。洗濯は月イチ。
冷蔵庫には水と、割引シールの惣菜だけ。
体臭? まあ、慣れる。父さんも俺も、もう鼻がバグってる。」
「唯一の交流は、推しの妹系アニメキャラたち。
裏切らないし、“お兄ちゃん”って呼んでくれる。
最近は、妹キャラTシャツで外出するのも抵抗がなくなった。」
(ふっと自嘲の笑み)
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良太
「昔はちゃんと働いてた。印刷会社の営業。
底辺でも正社員で、スーツを着て通ってた。」
(少し遠くを見るような目)
「だが、人の顔色ばかりうかがう性格が、見事に裏目に出た。
同僚からも、上司からも、部下からも“便利な的”扱い。
数字が悪ければ怒鳴られ、成果を出しても“当然”。
手柄は横取りされ、“ちょっとお願い”が日常語。
週一休みでも家に仕事を持ち帰り、
一日十四時間働いても、何も残らなかった。」
(息を吐く)
「そんな中、倒れたのは俺じゃなく──母さんだった。
連絡を受けたのは、得意先で土下座してる最中。
部下のミスをかばって、額を擦りむいてた。」
「“帰らせてください”って言ったら、“逃げるな”と胸ぐらを掴まれた。
……その数時間後、母さんは息を引き取った。」
「通夜の夜、父さんは言った──
“お前が殺したようなもんだ”って。」
(長い沈黙)
「それからだ。音が消えた。
朝起きる意味も、外に出る理由もなくなった。
気づけば、十五年。」
(そのとき、ドンッと玄関がノックされる)
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【2】玄関前・父との会話
(年季の入った作業着姿の父・与那嶺和男が、無言で封筒を差し出す)
父
「……これで花でも買ってこい。電車代も入ってる。余計なもん買うなよ。」
良太
「ああ、ありがとう。」
父(吐き捨てるように)
「……母さんの墓参りすら自腹で行けねぇクソ息子を十五年も見続ける気持ち、
母さんの身にもなってみろ。……バカ息子が。」
良太(心の声)
「……正論すぎて、反論もできない。俺もそう思ってる。」
(封筒をポケットにしまい、深く一礼して家を出る)
——“最低限の義理”だけを背負って。
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【3】墓地(午後)
(町の外れにある、小さな共同墓地。空は快晴で、風が少しだけ涼しい)
良太
「……こんな俺でも、年に一度だけは“人間”になれる気がする。
母さん、今年も来たよ。」
(母の墓の近くで数人が線香をあげている。良太は人目を避け、彼らが去るのを待つ)
良太
「……ようやく行ったか。」
(慣れた手つきで雑草を抜き、水をかけ、花を供える)
(線香を立てて手を合わせる)
ふと、隣の墓に目を向ける。
良太
「……新しいな。去年はなかったよな。」
(花の多さに気づき、ぽつり)
「……ちゃんと愛されてたんだな。」
(墓石に刻まれた名前を見て、息をのむ)
良太
「……歌原レイラ!? あの“レイラ”か?」
(動揺した声)
「亡くなって、まだ2週間くらいだよな……?
あんな伝説級のモデルが、こんな庶民の霊園に?
普通、高級霊園とかに建てるもんじゃないのか?」
(母の墓で使った残りの線香を一本取り出す)
(火をつけて、静かにレイラの墓前に立てる)
(周囲の雑草を刈り、墓石を拭く)
良太
「挨拶、気持ちです。
……母と仲良くしてやってください。」
(手を合わせ、目を閉じる)
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良太
「若くして亡くなるなんて、どれほど無念だったろう。
……歌原レイラ。伝説のカリスマモデルが三十手前で亡くなり、
働きもせず腐ってる俺が生きてる。
世の中、公平じゃないな。」
(脳裏をよぎるネット記事の断片)
> “女性が選ぶなりたい顔ランキング、殿堂入り。”
“生まれ変わるならこの人の身体ランキング、殿堂入り。”
“SNSではデジタル神格化されたアイコン。”
“日本の歴代総理よりも海外での検索数が多かった。”
良太
「……そんな彼女が、母さんの隣に。
もう少し、いい場所に建ててやれよ……」
(空が曇り、風が止まる)
(カラスが頭上を横切る)
(白い閃光が走り、耳鳴りのようなノイズ)
(足元が一瞬ぐらつく)
——その瞬間、視界が白く弾けた。
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第26話へ続く
あとがき
ようやく、物語が“墓標”から動き出しました。
『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』
第25話《伝説と無職》は、43歳無職・与那嶺良太の「再起動前夜」を描いた回です。
伝説と無職。
この正反対のふたつが交わる瞬間こそ、『RE:LAY』という物語の始まり。
生きる意味を失った男と、死んでもなお誰かを導こうとする女。
この出会いが、やがて“生き様としての美”を問う第二章の核になります。
次回、第26話《死者、現世にダイブす》。
お待たせしました──幽霊レイラ、登場です。




