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第24話 《無能な投資家》





0 売却の話




──これは、


歌原彩が《UTAHARA OFFICE》の社長に就任する、五日前のこと。




(朝。春の光が差し込む歌原家。


父・歌原和人が電話を肩に挟み、新聞を片手にコーヒーを啜っている。)




和人


「レイラの個人事務所の売却、進んでるか?」




代理人(電話越し)


「《UTAHARA OFFICE》ですね。都心から少し離れていますが新築で、ブランド価値もあります。しばらく待てば買い手は──」




和人(食い気味に)


「待たなくていい。すぐ動け。金は早いほど価値がある。」




代理人


「……ただ、存続という選択肢もございます。ブランドの影響力を維持すれば、来期は──」




和人あきれたように


「レイラがいない会社に何の価値がある。


 あれは“あの娘がいたから”成り立ってたんだ。死んだ時点で看板は終わりだ。」




代理人


「……わかりました。売却方向で進めます。」




(通話が切れる。カーテンが揺れる。階段を上がる少女の影──彩。


和人は無言でその背中を見送る。


光は暖かいのに、部屋の空気はどこか冷たい。)






---




1 報告の電話




(五日後の午後。高級ホテルのラウンジ。


和人はタブレットで株価を眺め、テーブルの上にはウイスキーのグラス。)




和人


「この株も買い時だな……」




(着信音。代理人からの電話。)




和人


「売却の件か。進展は?」




代理人


「……少々問題が発生しました。」




和人


「何だ?」




代理人


「会社の代表取締役が、現在“歌原彩”さんになっています。


 所有権の処分権限が移っており、現時点では売却できません。」




和人


「はあ!? 未成年だぞ! どうやってそんな登記が通るんだ!」




代理人


「正規の委任状と印鑑証明が提出されています。手続きに不備はありません。


 法的には有効です。」




(和人、グラスを乱暴にテーブルに叩きつける。)




和人


「勝手な真似を……! あの小娘、何様のつもりだ!」




(立ち上がり、コートを掴んで部屋を出る。ホテルの自動ドアが閉まる音。)






---




2 父と娘




(夜。歌原家リビング。照明は落ち、テーブルの上に一枚の書類──登記謄本。)




和人がドアを開ける。


彩は立ったまま、それを見つめている。




和人


「お前、勝手に会社の代表になったそうだな。」





「うん。お姉ちゃんの事務所は、売らせない。」




和人


「未成年が何を言ってる。維持にどれだけ金がかかるか、わかってるのか?」




彩(静かに)


「わからないよ。……でも、それでも残すって決めたの。」




和人


「勝手なこと言うな! あれは親の資産だ!」




彩(首を振り)


「違う。あれは“お姉ちゃんの人生”だよ。


 お金に変えようとしても、もう無駄だから。──社長は、私だから。」




(和人、言葉を失う。拳が震える。)




和人(低く)


「……誰にそんな入れ知恵をされた。」




まっすぐ


「誰のでもない。自分で決めたの。」




(沈黙。時計の針の音だけが響く。)




和人


「……許さん。」




(背を向けて去る。彩は動かない。)






---




3 翌日・代理人事務所




(翌日午前。スーツ姿の和人がデスクに座る。顔は険しい。)




和人


「今の状況でも売却できる手立てはないのか?」




代理人


「理屈の上では、未成年の行為は“取り消し”が可能です。


 ただし、親権者が自分の利益目的でそれを行えば、訴訟になります。」




和人


「構わん。進めろ。」




(代理人、しばらく沈黙。)




代理人


「……本当にそれでよろしいのですか?


 《UTAHARA OFFICE》は現時点で黒字です。香水ライン、コスメブランド、CM契約も継続。


 SNS広告を含めれば、来期の見込みは年商十億以上になります。」




和人


「……何だと?」




代理人


「亡くなられたレイラさんのブランド価値が、いまだに市場を動かしているんです。


 正直、売るより“維持”した方が利益は大きい。」




和人(小さく)


「……あいつ、そこまで計算してたのか。」




代理人(心の声)


(計算も何も、少し調べれば誰でもわかる話だ……)






---




4 策略という名の延命




(沈黙のあと、代理人が書類を閉じ、視線を上げる。)




代理人


「とはいえ、今“取り消す”のは得策ではありません、歌原様。」




和人


「何だと?」




代理人


「この件がマスコミに知れれば、“亡きレイラの妹から父が会社を奪った”と報じられます。


世論は必ず彩さんに同情します。


それに、歌原レイラさんと親権を巡って家庭裁判所で三年に及ぶ争いをしていた経緯は、すでにマスコミを通じて世間の周知です。


“確執のある父親が娘の会社を奪った”──それだけで投資家は離れます。」






和人


「……じゃあどうする。」




代理人


「逆に利用するのです。“未成年社長”という話題性を。


 世間の注目を集め、ブランド価値を押し上げる。


 会社が安定して黒字に転じた時点で、未成年者取消手続きで代表権を取り戻す。


 そして会社を売却──利益を確定させる。」




(少し間を置き、静かに続ける。)




「投資家は離れます。しかし、最終的に売却で得られる金は、


 彼らの信用を失うリスクを上回る額になります。


 つまり、“信頼”ではなく“資産”を残す戦略です。」




和人


「……つまり、あの小娘を、利用するわけだ。」




代理人


「会社のためです、歌原様。」




(和人はグラスを掴み、無言でウイスキーを喉に流し込む。)




その液体は、春の光を受けて金色に輝いた。


だが、その瞳に映っていたのは、もはや光ではなく、濁った影だった。






---




5 ナレーション




──それから五日後。




歌原彩は正式に、《UTAHARA OFFICE》の代表取締役として名を刻んだ。


父・和人は静かにそれを見届けた。


止めなかったのではない。──泳がせたのだ。




未成年社長という話題性は、世間の注目を集め、ブランドを膨張させる。


やがて会社の価値が天井に達した時、


和人は“未成年者取消”の権利を行使し、


社長の座を奪い取るつもりでいる。




彼の計算では、それが最も効率のいい売り抜け方だった。




──だが、数字で動く者は、数字では測れない何かを見落とす。




亡き姉が遺した灯は、


いま、妹の手で確かに燃えはじめていた。




そして、


《白の革命》は、ここから始まる。




第25話へ続く

あとがき


金の計算しか信じない父と、

数字では測れない光を信じた娘。

第24話《無能な投資家》は、そんな“価値の断層”を描いた回でした。


そして皮肉なことに――

二人を隔てながらも結びつけているのは、

亡きレイラという存在が遺した“ブランドという幻影”。

その輝きは、今なお生者たちを縛り、動かし続けています。


次回――

いよいよ『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』、

タイトル回収へ向けた展開に進みます。

どうぞお楽しみに。

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