第21話 《交差する空》第一章《最後の約束》最終話
レイラの死から7日後。
(成田国際空港・出発ロビー。午前8時過ぎ。
高い天窓から朝光が降り注ぎ、行き交う人々の靴音が絶え間なく響く。)
(車椅子に座る少女──赤西心音〈ここね・12〉。
父・赤西誠司〈34〉と母・聡実〈32〉が寄り添う。
搭乗ゲート前、家族の会話は小さく、温かい。)
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心音
「ねぇパパ。手術が終わったら、たくさん歩きたいの。」
誠司
「いいね。どこを歩きたい?」
心音
「広い海のそば。風の中で、ワンピースを着てみたい。
……光の中を歩いたら、きっと気持ちいいだろうな。」
(聡実がふっと微笑む。その袖口の色に、心音の視線がとまる。)
心音
「ママ、その服きれい。やさしい色だね。」
聡実
「これ? ありがとう。**薄紅色**っていうの。」
心音
「うす……くれない?」
聡実
「そう。春の花みたいな色。
心音もきっと、この色が似合うわ。」
心音
「じゃあ、手術が終わったら──この色のワンピースを着て歩きたい!」
(聡実が笑い、誠司が頷く。)
誠司
「きっと、光の中でいちばんきれいに見える。」
(心音が嬉しそうに頷く。
聡実はその笑顔を見つめながらも、どこか落ち着かない視線をしている。)
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聡実(心の声)
《どうして、あのお金を急に用意できたの?
そんな貯金、なかったはず……。
聞きたい。でも──聞いたら壊れてしまいそうで怖い。》
誠司
「……気になるか?」
聡実
「……いいの。今は、心音のことだけ考えたい。」
誠司
「……先月の“お客様”だ。店の常連でな。
“返さなくていいから使え”って、封筒を置いていった。
俺が“本気で守りたいものがある”って言ったら、笑ってたよ。」
(聡実は小さく息を吐き、ほどけるように笑う。)
聡実
「そんな奇跡みたいなこと……あるのね。」
誠司
「ああ。奇跡だ。」
(誠司の声は静かで、どこか祈りのようだった。
彼自身も信じ切れていない現実を、ただ守りたいもののために信じようとしていた。)
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心音
「だからね、泣かないで。
今度は、わたしが光の中を歩いてみせるから。」
(聡実の瞳が揺れ、誠司は言葉を失い、ただ娘の頭を撫でた。)
(搭乗アナウンスが流れる。)
アナウンス
『〇〇航空ご利用、ロサンゼルス行きのお客様──ご搭乗口までお越しください。』
(聡実が深呼吸をして、車椅子を押す。)
聡実
「行こう、心音。未来が待ってる。」
心音
「うん!」
(三人は静かに出発ゲートへ向かう。
その背に、やっと掴んだ“明日”の光が射していた。)
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(同時刻・到着ロビー。
人々のざわめきの中、報道陣が列を成して待ち構えている。)
(ゲートが開き、長身の男が現れる。
黒のスーツ、灰色のトレンチ──
アレッサンドロ・ノルディ、48歳。
世界的デザイナーにして、“構築美の女神”レイラを世に送り出した男。)
(その名がアナウンスに流れた瞬間、ロビー全体がざわつく。)
通行人A
「……ノルディだ。」
通行人B
「レイラを“真実の形”って呼んだ人だよな。
あの訃報、世界中が悲しんでた。」
(報道カメラが一斉に閃光を放つ。
フラッシュの海。押し寄せる記者たち。)
記者
「ミスター・ノルディ!
レイラさんの死について、今のお気持ちは!?」
(ノルディは一瞬、立ち止まり、帽子の庇を下げる。
その手には、白い花束。)
ノルディ
「She was not my muse. She was the truth itself.」
(彼女はミューズではない。真実そのものだった。)
(静寂。
記者たちの言葉が止まる。
ノルディは花束を胸に抱え、無言で出口へ向かう。)
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(到着ロビーと出発ロビーは、ガラス一枚を隔てて並んでいる。)
(片側では、黒衣のノルディが喪の空気を纏い。
もう片側では、白い光の中を進む赤西家の三人。
心音の瞳には、母の薄紅が柔らかく映っている。)
(誠司が手荷物を確認して立ち止まる。
その背後を、ノルディの影がゆっくりと通り過ぎる。)
(ガラス越しに、二つの姿が一瞬、重なる。)
ノルディ(心の声)
《……レイラ。君の残した祈りが、まだこの世界を動かしている。》
(ノルディは足を止め、ガラスの向こうに見える少女を見つめる。
心音は、まっすぐに前を見て笑っていた。
その笑顔は、確かに“誰かの祈り”に導かれていた。)
(花束を握るノルディの指が、震える。)
ノルディ
「Grazie, Reira……」
(ありがとう、レイラ。)
(心音の車椅子が、ゆっくりとゲートの奥へと消えていく。
カメラのフラッシュがノルディを照らし、
その影がガラスの向こうの家族と一瞬、交錯した。)
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(ナレーション)
> 同じ空港に、二つの風が吹いていた。
一つは、終わりを見送る風。
もう一つは、始まりを運ぶ風。
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レイラの死から七日後。
世界は静かに、再び動き始めた。
そして──
海を夢見た少女・赤西心音は、
やがてもう一人の主人公として、
歌原彩と同じ空を歩くことになる。
その足元には、白に熱を灯す薄紅が、たしかに芽吹いていた。
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黒は祈りに沈み、白は未来を照らし、そして薄紅が歩き出す。
美の物語は、ここから色を変えて続いていく。──第一章了。
あとがき
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
第一章《最後の約束》、これにて完結です。
レイラの生と死を通して描かれた「祈りの物語」は、
次の章へと静かにバトンを渡しました。
そしていよいよ──
物語は第二章《白の革命》へ。
高校を卒業した歌原彩が、いよいよ芸能界へ足を踏み入れます。
そこで出会うライバルたち、試練、そして“本物の美”との対峙。
彩がどんな覚悟で、どんな光を放っていくのか──どうか見届けてください。
引き続き、『リレイ』の世界をよろしくお願いいたします。
第一章《最後の約束》──完
第二章《白の革命》へ続く




