第2話 《檻の中の虚像》
春の光が差し込む窓辺。
彩は十二歳、中学一年生になったばかり。
その傍らに立つ姉──歌原レイラ、二十四歳。
死まで、あと四年。
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1. スキャンダル
あれから六年。
私はモデルとして、誰よりも強く、誰よりも美しく光を放ってきた。
アジアの街角、空港、巨大ビルボード。
電車の広告にまで私の姿は刷り込まれ、名も容姿も「記号」と化していた。
だが今、モデル歌原レイラの歩みを大きく揺るがす試練が訪れていた。
ローテーブルに広げられた週刊誌。
《人気モデル・歌原レイラ、売れっ子俳優と“お泊まり密会”?》
記事に映るのは、確かに私だ。
恋愛? だからどうした。
独身同士の交際を、まるで犯罪のように扱う。
パリでもニューヨークでも、恋愛はモデルの価値を貶めない。
仕事に支障をきたさなければ、尊重される個人の選択。
──それが当たり前だった。
だがこの国では、愛することすら“スキャンダル”と呼ばれる。
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2. 彩の戦い
スマホに罵詈雑言が並ぶ。
「昔から嫌いだった」
「全部作り物」
「スポンサーに抗議しろ」
指が画面をスクロールするたび、毒だけが突き刺さる。
フォロワーの大半は支えてくれる。
それでも、ごくわずかな雑音こそスポンサーに届き、企業は火種を恐れる。
会見の壇上。
無数のフラッシュが一斉に焚かれ、視界が白く塗り潰される。
気づけば私は、仕事に注ぐ時間すら奪われた「弁明する人形」として立っていた。
……その夜。
リビングの灯りの下、ソファに沈み込む彩。
中学に上がったばかり。ようやく手にしたスマホ。
小さな画面に、今は無数の言葉が降り注いでいた。
――「作り物の女」「スポンサーに抗議しろ」
応援の声の方が多いはず。
けれど、彩の目には毒だけが鮮やかに突き刺さって見える。
涙は出ない。
胸の奥で煮え立つ怒りだけが渦を巻いていた。
「……ふざけないで」
慣れない指先がぎこちなく画面をなぞる。
一文字ずつ確かめるように、拙い手で打ち込んでいく。
「おねーちゃんは、そんな人じゃない」
「嘘ばっかり書くな」
誤字交じりの反論。
だがその一撃一撃は、幼い戦士の矢のように全力で放たれていた。
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3. 妹の顔
その時、スタッフからの一報。
画面を開いた瞬間、心臓が冷たく跳ねた。
――彩の顔。
関係のないはずの中学一年の妹の写真が、悪意ある言葉と共に拡散されていたのだ。
《妹もどうせ同じだろ》
《家族ごと偽り》
《遺伝子レベルで嘘》
胸の奥で、何かが鋭く裂ける。
レイラ(心の声)
(……私だけなら、スルーして終わらせた。
虚像だと割り切れば済む。
だが――妹が巻き込まれるなら、見て見ぬふりはできない)
視界が熱を帯びる。
守られるべき彩が、私の影のせいで晒されている。
レイラ(心の声)
(許さない。
これ以上、何も奪わせない。
守らなければ──私が)
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4. 姉の決意
レイラは静かに彩の背後へ歩み寄る。
そっと肩に手を置くと、妹は振り返り、怒りを滲ませた声で告げた。
彩
「おねーちゃん……わたしが守るから……!」
その幼さの奥に、鋭い決意が宿っていた。
レイラは微笑んで首を振る。
その笑みは優しく、しかし強い。
レイラ
「守られるわけにはいかないの。……守るのは、私の方」
レイラ(心の声)
(――動かなきゃ。この流れを変えなきゃ。
彩が安心して立てる場所を作る。
搾取でも虚像でもない、真っ白な舞台を。
そのために、私は世界の頂点に立つ。
彩の目標にふさわしい姉として)
窓の外には都会の夜景。
煌めく光の群れを見つめ、レイラは小さく息を吐いた。
レイラ
「彩は、私が必ず守る」
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――第3話へ続く。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第2話では、レイラが「スキャンダル」という形で社会的に追い詰められる様子と、幼い彩が必死に姉を守ろうとする姿を描きました。
実は本作はしばらくのあいだ──レイラがまだ生きていた頃を描いていきます。
妹を娘のように愛し、未来を託そうとする姉レイラ。
その愛と献身、そしてトップモデルとしての軌跡を、どうか見届けてください。
やがて訪れる運命を知っているからこそ、一つひとつの瞬間がより切なく、尊いものとして響いてくるはずです。
次回、第3話では──
まさかの急展開が訪れる。
彩とレイラの日常が、一瞬で色を変える瞬間をお見逃しなく。
お楽しみに。




