第19話 《これ飲んで、頑張って》
──その一行が、彼女の命を奪った──
歌原レイラ(28)──死まで、あと0日。
彩(15・高1)──春/5月19日。
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0:プロローグ
(夜明け前。
スタジオの屋上には薄い霧。
街のざわめきが遠くに聞こえる。)
レイラ(心の声)
《今日も朝が来る。
……あと何回、この光を見られるんだろう。》
(ヘアメイクのライトが点灯。
その白が、まるで天井から降る光のように彼女を包む。)
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1:ロケ現場/早朝
(現場はすでに稼働中。
スタッフの笑い声と、カメラのシャッター音。
レイラは椅子に腰掛け、台本を静かに読み込んでいる。
喧騒の中、ふと──“静寂”が紛れ込んだ。)
スタッフ
「歌原さん、差し入れ届いてます。妹さんからです。」
レイラ
「……彩が? 今日は学校のはずじゃ……」
スタッフ
「今朝、事務所のドアノブにかけてあったそうです。
マネージャーが気づいて持ってきてくれました。
“お姉ちゃんに渡してほしい”ってメモ付きで。」
(レイラ、わずかに頬を緩める。)
レイラ(心の声)
《……あの子らしい。早起きして、律儀に置いていったのね。》
(紙袋を受け取る。手触りに、かすかな温もりが残っている。
中には栄養ドリンクと、小さなカード。)
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> 『お姉ちゃんへ
勉強もモデルの練習も頑張ります。
いつもありがとう。
これ飲んで頑張って!
彩より』
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レイラ(心の声)
《……相変わらず、丸い字。可愛いわね。》
(微笑んで、キャップを外す。
ごくり──液体が喉を通る音。)
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2:異変
(わずかに眉を寄せる。)
レイラ(心の声)
《……あれ……?》
(視界が滲む。
照明が異様に眩しい。手が震える。)
レイラ
「……おかしい、これ……」
(足元が揺らぎ、膝をつく。
周囲の声が遠ざかり、音が泡のように弾けて消える。)
(机の上のカードに、震える指先が触れる。
紙の繊維がわずかに湿っている──涙か、それとも汗か。)
(末尾の行。インクの色がわずかに濃く、
筆圧も浅い。光にかざすと、文字の輪郭がわずかにずれて見えた。)
レイラ(心の声)
《“これ飲んで頑張って”……末尾だけ、彩の字じゃない……まさか、》
(視界がゆらぐ。指先の滲みと文字の滲みが重なり、
言葉の境目が溶けていく。)
(喉の奥が焼けるように詰まり、
握ったカードがしっとりと熱を帯びた。)
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3:最期
(レイラ、カードを胸に抱えたまま机の端に這い寄る。
震える手で携帯を探り、探偵・白坂の番号を押す。)
白坂(通話の向こう)
「レイラさん? どうしました? 何か伝え忘れでも?」
レイラ(息を詰まらせながら)
「……カ…ード……」
(白坂の息が止まる音。)
白坂
「カード? ──どういう……」
(返答はない。
レイラの指が携帯から滑り落ちる。
カードは胸の中に抱き込まれ、
そのまま静かに息が止まった。)
(スタジオの外では朝の光。
まだ誰も気づかないまま、
一つの“証拠”が彼女の腕の中で眠っていた。)
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ナレーション(静かに)
──“手紙”が、
彼女の腕の中でひっそりと息を潜める。
まるで、託せる人に渡るその日まで、
誰にも見つからないように──
レイラの願いと共に。
──第20話へ続く。
あとがき
静かな朝の光の中で、レイラの物語がひとつの区切りを迎えました。
それは“死”という終わりではなく、想いを託す瞬間でもあります。
彼女が電話をかけたのは、妹ではなく探偵・白坂。
それは「感情よりも理性で、彩を守る」という最期の判断でした。
愛しているからこそ距離を置き、守りたいからこそ沈黙を選ぶ。
その矛盾こそが、レイラという人間の芯です。
「これ飲んで、頑張って」──その一行が奪った命は、
同時に**次の物語を動かす“灯”**でもあります。
白坂の視点から見た「死の現場」。
どうか、この静けさを抱いたまま次の扉へ。
レイラが残した“信頼”の先に、物語は新しい息を吹き返します。




