第14話《置き去りの手紙》
歌原レイラ(28)──死まで、あと18日。
彩(15・高1)──春、5月1日。
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0. プロローグ
(夜の歌舞伎町。雨上がりのアスファルトにネオンが滲む。
遠くのサイレンが、街の底で微かに鳴っている。)
──光と影の狭間で、ひとつの運命が静かにほどけはじめていた。
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1. 《Club RAZE》従業員更衣室(閉店後)
(白い蛍光灯の音。金属ロッカーの匂い。
赤西は鏡の前でネクタイを外し、乾いた指を揉む。疲労が滲む。)
(背後から軽い口笛。若いNo.2・西尾が現れ、ロッカーに寄りかかる。)
西尾
「“歌原の陽子”、来なくなったんだろ?
あの人がいたから《RAZE》も持ってた。
惚れた女に離れられたホストは──落ちるの早ぇよ。」
(赤西、黙って息を吐く。)
赤西(低く)
「……落ちても、立ってりゃいい。」
西尾
「家族がいるんだろ。妻と娘。
でも、この仕事に“やり直し”なんてねぇぞ。」
(沈黙。鏡越しに見える自分の顔。
白髪が一本、光を拾う。)
西尾(声を潜めて)
「──“歌原レイラの母親”だ。
まだ使える。金が尽きたなら、流せばいい。
便利屋も紹介する。薬でも人でも、動かせる。」
(赤西、拳を握る。
だが鏡の中の瞳は、迷いと怒りの境に揺れている。)
ナレーション(微かに)
「誇りを失えば、生き残れる。
──だがその瞬間、魂は終わる。」
――黒画。
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2. 歌原家・彩の部屋(朝)
(机の上、小さな封筒とカード。
制服姿の彩がペンを持ち、丁寧に文字を綴る。)
カードの文字(手書き)
> お姉ちゃんへ
勉強もモデルの練習も頑張ります。
いつもありがとう。
(書き終えると胸に当て、静かに微笑む。
下の余白を見つめ、ペン先を浮かせる。)
心の声(彩)
──ここに、似顔絵を描きたいな。
(時計を見る。登校時間。
小さく舌を出して笑い、封筒を鞄へしまう。)
(机のカレンダー。5月20日、赤い丸。)
心の声(彩)
──もう少しで、一緒に暮らせる。
(鞄を肩に掛け、扉を閉める。)
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3. 玄関
(スニーカーを履く音。
その拍子に、カードが鞄の隙間から滑り落ちる。)
(彩は気づかない。足音が遠ざかる。
玄関には朝の光と、取り残された一枚の封筒。)
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4. リビング(直後)
(ソファで寝ていた父・和人が目を覚ます。
だるそうに天井を見上げ、立ち上がる。)
和人(独り言)
「……朝っぱらからうるせぇな。
──こんな音も、今月までか。」
(玄関に向かう途中、床の封筒に気づく。拾い上げて表面を見る。)
和人
「……金じゃねぇのか。」
(靴箱の上に投げる。封筒は奥に滑り落ち、見えなくなる。)
(わずかにためらい、覗き込みかけて──やめる。)
和人
「……くだらねぇ。大事ならまた書くだろ。」
(ドアが閉まる。静寂。
カレンダーの5月20日の赤丸が、朝日に滲む。)
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ナレーション
「──誰にも届かぬまま、ただそこに残された。
小さな“ありがとう”は、やがて運命を揺るがす《置き去りの手紙》となる。」
――黒画。
第15話へ続く
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
第14話《置き去りの手紙》では、ほんの小さな感謝のカードが、誰にも届かぬまま取り残されました。無垢な思いが「手紙」として残るか、「証拠」として利用されるか──その差は、登場人物たちの未来を決定づけてしまうかもしれません。
物語の裏では、すでにそのカードをめぐる“別の思惑”が動き出しています。無邪気な文字の行方が、誰かの手に渡ったとき……それは愛情の証にも、凶器にもなる。後に探偵・白坂が直面する禁忌の選択は、この小さな紙片から始まるのです。
次回は舞台を変えて、歌原レイラが「個人事務所の社長」として見せる一面を描きます。華やかな表舞台だけではない、組織を率いる者としての孤独や強さ──その仕事ぶりが、妹・彩の未来にどう繋がっていくのか。ぜひご期待ください。




